45. 抉
「すまないね、こんな役を任せて」
「流海が言い出したんだろう?」
涙の病室の前。朝から看板の下敷きになった少女は病室に入り、その前には柘榴と蓮が立っていた。二人は壁際に立っている永愛といばらに声を掛け、高校生達は苦く笑ってしまう。
「いいえ……涙さんのことを一番知ってるのは流海君ですし」
「……荒治療だとは分かってます。それでも、やらないと」
彼らがこれから行う事。それは意図して涙をマッキに持ち込み、鎮静させると言うもの。
パナケイアはヤマイが進行している空穂涙によって、ヘルスに危害が及ぶことを恐れている。しかし完全にマッキ状態になっていない彼女にプラセボを使えば命が危うくなる。だが涙のヤマイは既にメディシンでは抑えきれない程に強くなり、抑制のしようがないのだ。
だからこその荒治療。
マッキになることが目に見えている彼女を、自分達のタイミングでマッキに進展させて鎮静させる。
彼女が日常に戻る為には一度マッキにしてプラセボを打たなければいけないから。
涙がいつも通りの人に戻る為には――化け物にならなくてはいけないのだ。
パナケイアの職員といばら達の間では意見の食い違いがある。ヘルスを守るか涙を救うか。しかし両者の目的を遂行させる為の過程は、結局は同じなのだ。
全員それを知っていた。知っているからこそ、心を痛めずにはいられなかった。
本来ここに蓮と柘榴がいる必要はない。パナケイアが指示を出したのは実働部隊と補助員だけであり、涙の引き金を引く役として声を掛けられても断ってよかったのだ。
それでも二人が断ることなどありはしない。蓮と柘榴は、涙と流海を見放すことは決してない。
扉の持ち手に指をかけた柘榴。いばらは彼女を見て聞かずにはいられなかった。
「どうしてお二人は、涙さんと流海さんの「先生」になったんですか?」
柘榴の指先が揺れる。蓮はヘアバンドに触れて、静かに目を伏せた。
いばらと永愛を見た二人は、悲し気に眉を下げて笑っている。
「……あの子達の両親が、私達の「先生」だったからさ」
「良い人達だった。とても……とてもな」
消え入りそうな声で答えた二人は病室へと消える。
いばらと永愛はそこで知った。涙と流海が、自分達を守ってくれる先生達に何を感じていたのか。
永愛は壁に後頭部を合わせ、いばらは閉じた扉を見つめていた。
「……寂しいわ」
永愛の視線がいばらに向く。彼は静かに少女を見つめ、今日も綺麗な彼女は顔を俯かせた。
「人の家の事だから、私が何か言うのは違うって分かってる。分かってるんだけどね……涙さん達の関係は、あまりにも……」
「……大丈夫、伝わるから」
言葉を止めたいばらに、永愛は微笑みを向ける。彼の笑顔に肩の力を抜いたいばらは、道具室の方向から歩いてくる樒と雲雀、鶯と朔夜を見た。彼らの少し前を歩くのは流海だ。彼の手にはナイフが握られており、その青白い刃は透明な薬でコーティングされている。流海が涙から預けられた、朧のナイフだ。
流海の視線はいばらと永愛を見ていない。誰もペストマスクは付けていないが、それで良いと流海自身が言ったのだ。
――誰もマスクを付けなくていいよ。僕は涙だけを見てるから
流海の言葉にいばらは違和感を覚えた。流海は笑顔しか見られないのに、と。彼の言葉はまるで、涙はマッキになっても笑い続けると確信しているようなのだ。
いばらと永愛は樒達に頷いてから扉をノックする。
それから部屋に入った二人は、ベッドに腰かけた涙を見た。
彼女の顔色は酷く悪い。顔も体も傷だらけであり、左足につけられたギプスは重く垂れている。右手も固められている彼女は床だけを凝視していた。
「朝凪と竜胆じゃないか。学校はどうしたんだい」
「んー……実は涙さんが心配で」
「サボっちゃいました」
「君達なぁ……」
それは決めていた会話。優しく優しく、涙の傷を抉る為。彼女がいつも必死に押さえている衝動を刺激する為。
「勉強より、涙さんが大切だと思ったので」
いばらは言葉を選ぶ。涙を傷つけてしまう優しい言葉を。優しさで友達になりたいと願った相手を傷つける。
そうすれば涙は左足を大きく揺らし、手が胸の中心を少しだけ掻いた。
いばらはその動作を見つめて、痛んだ自分の内情を無視してみせる。
「涙さん、今日はどうですか?」
「……変わり、ないですよ」
「それなら、良かったです」
そうすれば涙の側頭部に花瓶がぶつかり、いばらと永愛は肝が冷えた。
――笑った顔を想像しちゃうんだよ、優しい声で名前を呼ばれたら
流海の声が永愛といばらの中に響く。少女は鼻の奥に痛みを覚え、少年は奥歯を噛み締めた。
「疲れるでしょう、私を気遣うのは。嫌になるでしょう、辟易するでしょう……だから放っておいて良いですよ」
蓮と柘榴の心臓が締め付けられる。涙は今まで何も望まなかった。近づくことも無ければ遠ざかることもなく、出会った頃から決まった距離間であり続けた。
それが「先生」となった二人の考えだったから。涙と流海の親にはならない、両親にはなれない。双子の親の代わりにはなれないと、蓮と柘榴は思っていたから。
二人と双子は圧倒的に言葉が足りない。想いを口にすることをしていない。
だから今も柘榴は言葉ではなく態度で示した。涙の左側頭部を少女の手と一緒に押さえることで、心配していると伝えたくて。
「涙、涙、私達の声が聞こえるかい」
「傷に響く、落ち着け、大丈夫だから」
何の確証もない「大丈夫」を並べる。それが少女を傷つけて、我慢の火種の燃料となる。
涙は左足のギプスをベッドの枠へ叩きつけた。響く金属音は四人の心臓を揺らし、不安を掻き立てる。
幼い癇癪のようにも見える涙の態度。勢いよく怪我した足を叩きつける行動は自傷行為とも受け取れてしまい、いばらは揺れる点滴スタンドを押さえていた。
「涙さん点滴がッ、危ないですよ」
「足もそんな、悪化しちゃうから!」
いつまで涙に声が届くか二人は知らない。
どこまでいけば涙が化け物となるのか分からない。
彼女は化け物になることなど望んでいないのに、周りの安全の為に化け物にしろとパナケイアは言うのだ。
化け物になればヘルスに危害が及ぶから止めろと言われ、けれども彼女を戻す為には化け物にせねばならない。
この歯痒さを言葉に出来ない柘榴達は、涙の悲痛な叫びを受け止めた。
「そんなやさしい声を、ッかけるなよ!」
立ち上がって点滴スタンドを引きずる涙。その行動は怯えて逃げる子どものそれだから、蓮は叫んでしまうのだ。
「涙!」
「いやだ、いやだ、嫌になるッ! あなた達はどうしてそンなに優しいんだ! いつかきっとなくすのに、このままいけば居なくなるのに!!」
「ッ、落ち着きなさい涙、平気だ、平気だから」
「いいやもうだめダ! ひにひに駄目になっていく! 私はヤマイに侵食サれてる!! そんな私のそばに居つづけたいのなんて流海だけだ! あの子以外を信じることが怖いんだから、やさしくしてくれるなよ! だって心までは嘘つけないッ、いつかきっと嫌になる! 今もすでに嫌かもしれない!! 今まで私達をみすてなかった方がおかしいんだからッ!」
涙の言葉が掠れ、ズレていく。彼女の白目には黒が混ざり始め、照明器具が破裂した。砕けた窓硝子と爆発したテレビ。それらに傷つけられる涙を目に焼き付けて、柘榴と蓮はいばらと永愛を庇った。白衣と黒衣を翻して。
蓮の頬と柘榴の手の甲が傷ついてしまう。涙は目を見開いて、左手で頭を掻き毟った。
彼女の白目が染まっていく。黒く黒く、染まっていく。
「涙ッ!」
駆け出した蓮を見た涙の顔から血の気が失せる。傷だらけの少女は頭を抱え、必死に距離を取ろうと後退した。
「くるな、くルな、ちかヅクなッ!!」
振り上げられた涙の右腕。蓮は咄嗟にその腕を掴み、涙の目を見つめた。
白い部分が黒く侵食されていく。血だらけの少女を化け物にしていく。
胸が締め付けられた蓮は、少しでも少女の罪悪感を拭ってやりたくて、心の底から浮かぶ言葉を吐き出した。
「聞け涙! ヤマイの進行はお前の感情を暴れさせてる! 悪い方に悪い方に考えて、お前の理性を壊してるんだ! それに飲まれるなッ、お前は何も悪くない、俺達はお前を嫌だなんて思った事ない! 信じろ、涙!!」
「はナシて、いやダ、そばによるな、くルな、くるな、くるなよ!」
「涙! 頼むから聞いてくれ! 私達の声を、ッ、涙、涙!!」
少女が化け物になることを誰もが望んだわけではない。そうしなければ救えないから落とすのだ。
柘榴の視界が滲んでしまう。震える声で扉を開いてくれなかった少女が、まさか無くすことに怯えていたなど思いもしなかったから。
「涙さん!! ごめんなさい、ごめんなさいッ」
「ッ、俺達が、絶対止めるから!」
いばらと永愛の言葉を聞いて、樒達が部屋に入る。
プラセボを付けた武器を持ち、流海は頭を抱える片割れだけを凝視した。
「涙!!」
その呼びかけで涙の顔が上がる。
白目を完全に黒く染めて、血だらけの手で頭を抱えた少女。周囲の言葉を音として認識し始め、片割れのことすら理解できなくなっているのに。
マッキとなってしまっても、涙は流海に対して――笑ったのだ。
口角を上げて、血だらけの顔で。
その表情に雲雀達は奥歯を噛み、流海は一気に駆け出した。
涙は素早く視線を走らせて病室を出ようとする。
鶯は黒い上着からテレクを抜いた。片手に三本ずつナイフを握った少年は涙の進行方向に投擲し、パナケイアの中庭へ誘導する。
しかし、鶯の投げたテレクの軌道が曲がった。床に向かって投げられたそれは急角度で曲がり、涙の肩と腕を掠めたのだ。
鶯の喉は予想打にしていなかった結果に締め付けられ、テレクの進行が変化した現状に全員が息を呑む。
涙のヤマイは――笑顔を向けられると事故に遭うヤマイ。
怪我が増えた涙は、汚れた声で叫んでいる。
「わらうナ、わラウなよ!! イやだワらうなきえろよもういやダッ!! いヤだいやダちかよルナ!!」
血だらけの手で顔を覆った涙。彼女に今笑いかけている者はいないのに、彼女は笑うなと叫び続ける。
「わたシのアタまから、キエてくれ!!」
彼女を苦しめるのは記憶である。彼女が仕舞い込んでいた想い出。彼女の周りで増えていった空想。笑顔を見られなかった少女は頭の中に溢れてくる笑みを、枯れた声で拒絶した。
「ワタしに、わらわナいデ!!」
悲痛に顔を歪めた流海は、涙に向かって切りかかる。片割れを避けた少女が何を思い出しているか知りながら。思い出に苦しめられて傷ついていると知りながら。今にも泣きだしそうな顔で笑う涙は、流海から一気に距離を取った。
マッキは中庭側の窓硝子へ飛び込んでいく。割れた窓枠を飛び越えて、折れた左足を気にも留めずに。地上三階から身投げする。
そうすれば彼女が触れた窓枠は瞬時に折れて鋭利になり、後を追った流海の手が微かに傷ついた。流海は窓から飛び降りる瞬間、病室のカーテンを掴んで引き千切る。破れた端は鋭利になった窓枠に引っかかり、カーテンが伸び切った所で流海は建物の壁を蹴った。
涙は左足から着地してギプスが割れ、折れた骨が脹脛の皮膚を貫く。それでも彼女は地面を転がって即座に立ち上がり、動かない左足を引きずって中庭を駆けた。病室を背にして、一心不乱に逃げ出して。
受け身を取って着地をした流海は直ぐに涙の背を追い、三階の病室にいる樒達は涙のマッキを観察した。朔夜は鶯を確認し、フードを落とした緑髪の少年は目を見開いている。
「鶯、テレクにプラセボは付けてたな」
「そりゃ勿論。でも、掠めただけだから足りてない」
「色々ヤバイねー……あの状況で曲がったテレクにも驚いだけど、それを避けた涙ちゃんの反射神経も凄すぎる」
窓枠に足をかけた雲雀。少女は爪を噛み、樒は中庭を駆ける涙と流海を見た。血だらけで片足は使い物になっていないと言うのに、涙の速度は全く落ちない。全速力で走り続ける片割れに流海は歯痒さを覚え、姉が零した血痕を踏んだ。
「常時ヤマイが発動状態で本人も化け物並みの身体能力見せるとは、イカれてるねぇ短気ちゃん」
口角を上げた樒は狼牙棒の棘を壁に突き刺しながら窓から飛び降り、雲雀と鶯は中庭の木に飛び込む。朔夜は流海のカーテンを利用して中庭へ着地し、永愛といばらは直ぐに所定の位置へ駆け出した。
血が付いた窓枠を持った蓮と柘榴。二人は砕けた窓硝子を、滴る血液と共に握り締めた。
「……なぁ、どうしてだい猫柳」
柘榴の声は震えている。細い肩を揺らす彼女は、涙の傍に行っても無力だと分をわきまえている。だから彼女は、大人として駆け出さない。駆け出せない。
「どうしていつも、ヤマイの子ども達ばかり傷つくんだい。どうしてこんなにも私達は、無力なんだい」
苦い気持ちを堪えて、堪えて、噛み締めて。
蓮は雨を降らせそうな空を見上げて、柘榴に触れることはしなかった。
「……大人だからだよ、霧崎。傷ついて、諦めて、諦めて、全部無力に諦めた俺達は、あの子達みたいに駆け出すだけの勇気も自由も捨てちまった」
柘榴は唇を噛み締める。
蓮は空に向けていた視線を涙に向け、雨が降ることを望んでしまっていた。
流海達がつけたイヤホンからは葉介の声が流れる。涙のマッキ状態を共有できていない少年は既に照準を合わせていた。
「右足を狙う」
「ッ待て葉介!!」
朔夜の声と同時に響く銃声。
葉介はパナケイアの屋上から中庭を横断する涙を見つめ、発射された銃弾は確かに少女の右脹脛を撃ち抜く軌道にあった。
しかし、涙は印数五のヤマイである。
彼女のヤマイは、右脹脛を銃弾で撃ち抜かせはしない。
撃ち抜くならば――もっと致命傷になる場所だ。
本能が剥き出しとなった涙の眼球が動く。彼女は一瞬だけスピードを落とし、銃弾は涙の腹部を掠めて血が舞った。
葉介の青い瞳が見開かれて人差し指が震える。彼の狙いは完璧であったが、涙のヤマイがそれを許さなかった。
右の腹部を押さえた涙はそれでも走り続ける。遠くへ遠くへ、どこまでも遠くへ行くことを望むように。
葉介は再度照準を合わせるが銃弾は右足から強制的に逸れていく。今度は涙の肩を掠め、葉介の体温は一気に下がった。対して頭の熱は上がっていき、少年の視線が大きく揺れる。
「一度深呼吸を。立て直しなさい」
そんな葉介の頭を冷まさせる声がかかる。イヤホン越しの声は落ち着いており、涙の前には桜髪の少女が現れた。
両手の指から落とされているボーラ。ペストマスクを付けていない小梅は、苦い顔をしてボーラを揺らした。
「……どこならば、貴方の傷は一番浅く済むのでしょうか」
骨の砕けた左足を引きずりながら速度を上げる涙。彼女に対して小梅も駆け出し、体勢を低くした状態でボーラを回した。
小梅は涙の足首を狙ってボーラを投擲する。重りによって勢いよく回転するボーラは、主に捕縛や動きを停止させる為の武器である。小梅の改良を受けたボーラは打撃性能が格段に上昇しており、それに伴って絡まりつけば振りほどくのも一苦労である。
だから小梅は的を外さないように体勢を低くし、ギリギリまで距離を詰めた。彼女達は涙を殺したいのではなく、助けたいのだから。
しかし、やはりどうして涙のヤマイは優しくない。
小梅の放った二つのボーラが急速に軌道を変える。桜色の瞳を見開いた少女は、自分の武器が予想外の攻撃をしかけた結果に戦慄した。
一つは涙の額を引き裂いた。皮膚は破けて骨に亀裂が入り、それでも涙が意識を失うことは無い。裂けた額からは血飛沫が舞い、言葉にならない悲鳴がマッキから上がった。
もう一つは天を仰いだ涙の首に絡まりつく。重りの勢いと細く強化された縄が絡まり合って少女の気道を締め上げ、彼女は血を撒き散らしながら首を押さえる。的確に首を締め上げたボーラは涙の意識を眩ませ、そこで初めて足が止まった。
流海のナイフが涙の肩目掛けて叩き下ろされる。しかし少女は奥歯を噛んで振り返り、拳を握り締めた。
涙の拳が流海の額に叩きこまれる。理性を捨て去った少女の殴打は片割れを吹き飛ばし、涙は首に絡みついたボーラも引き千切った。
後転しながらも体勢を立て直した流海。少年の額からは血が流れ、瞳は笑っている片割れを見つめていた。
「チかヅくなっていっテルのに、ッそバによルなってイッテるのに!!」
小梅は新しいボーラを回して構えを取る。しかし少女は、涙に向かって武器を投げることが出来なかった。
葉介は涙の足に照準を合わせ続ける。しかし少年は、どれだけの自信を持っても引き金を引けなかった。
中庭に出たいばらはロング・ボウを構えて涙を見る。鶯はいばらの反対側に回ってテレクを持つが、投げ放つことはしなかった。
樒と雲雀は涙の背後に回って武器を構える。その顔にはいつも浮かんだ笑みは無く、周囲には張り詰めた空気が蔓延した。
朔夜は流海の腕を持って立ち上がらせ、隣にはサーベルを持った永愛が並んだ。
涙は四方八方を囲まれる。囲まれても尚、距離を取りたがるように狼狽える。
流海は涙だけを見つめた。頭や喉を掻き毟り、止めどなく血を流し続ける片割れを。
中庭に植えられた木々が揺れる。空を覆う黒雲からは低い轟が鳴り始め、建物の窓硝子には亀裂が入った。
「クルな、くるナくルなクルナ、ダれもいらないソばにヨルな」
自分の爪で涙が喉を掻き破る。血を溢れさせる少女はそれでも口角を上げ続けて、黒く染まった瞳で流海を見つめていた。
「わタしはもう、ダレもコろしたくナイんだよッ!!」
流海の肩が震える。
少しだけ目を伏せた少年はナイフを構え、自分達を抱き上げた――両親の思い出を噛み締めた。
「……誰も殺させないよ、涙」
ナイフを回した流海が地面を蹴る。
涙は片割れから逃げるように反対側へ駆け出し、樒と雲雀が飛び掛かった。
社会に見捨てられた子ども達を心配するのは……たった二人の大人だけ。
パナケイアの中庭に、大きな打撃音が響き渡った。
誰が為に血を流す。
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