31. 裂
R15作品の表記もしていますが、一応事前にご連絡致します。解剖を見る場面がある為、人によっては少々グロテスクと感じられる表現があるかもしれません。何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。
人間とは恐ろしい生き物だと痛感する。
自分達が知らない事柄に関しては、分かるまで徹底的に追求しようとするのだから。
動物の生態に関してもそう。時には自然界に定点カメラを設置して観察し、時には雄と雌を引き合わせて交尾を観察し、時には死体を解剖してその中身すらも観察する。
植物の生態に関してもそう。どのような環境で植物が育つのか日々観察し、時には雄しべと雌しべの受粉を観察し、時には根や茎や葉をシャーレに乗せて観察する。
誰も行ったことが無い未開の地があれば足を踏み入れ、誰も見たことが無い景色を求めてカメラを回し、時にその事柄を証明する為にありとあらゆる手を尽くす。
それはここ――パナケイアでも同様だ。
死んだ人の肉を顕微鏡で見る行為は道徳的なのだろうか。
死人の内臓をホルマリン漬けにする行為は背徳的ではないのだろうか。
死体の皮膚や毛髪を採取する行為は人道的なのだろうか。
それら全てがヘルスの為になれば、正義に成り得てしまうのだろうか。
私は、マジックミラーの向こうで解剖されるアレスの戦闘員を見つめていた。
「体躯は俺より良かったし腕も良かった。ペストマスクを割った時に見えた顔は二十代後半ってとこだったかな」
隣に立っている皇が淡々と語った。棗と椿は道具室に行って不在の為、不本意ながらもコイツと二人きりの状況だ。
赤い瞳は解剖される死体を見つめていたから、私も解剖室へ視線を戻す。
「アレスの空気を吸っても、体が上手く動かなくなっても相手は俺達を殺すことを止めない。そういう風に育てられて、そうする事こそ正しいと信じてるんだろうよ」
死体から眼球が取り外される。それは一つしか受け皿には置かれず、もう一つと顎は粉砕されていることが見て取れた。隣に立つ男が持った狼牙棒の威力が分かる結果だ。
「だから俺も殺した。殺す覚悟があるってことは殺される覚悟もあるってことだろ?」
「そうでしょうね。殺される覚悟がないのに殺しに来るなんて愚の骨頂です」
「おぉ、意見が合うな」
皇が笑った気がする。だから私は解剖台だけを見つめて、頭の奥が冷えていった。
死体の肌は白い部分と黒ずんだ部分があった。あれはアレスの空気に毒された痕なのか。彼らにとってもこの世界はやはり毒なのか。
ならばどうして関わろうとする。どうして危険を冒してまで殺しに来る。こうして仕事を全うできずに殺されるのに。殺された後はその体を好き勝手に切り刻まれるのに。
死体の体から血液が抜かれ続ける。血の一滴も、肉の一欠けらも無駄にしないと言う姿勢が見えて項が冷えた。
彼に家族はいただろうか。彼に愛する者はいただろうか。彼の帰りを待つ者はいただろうか。
いたとしても私は、敗北した彼に同情しないけれど。
「なんだ、怖気づいたか?」
「まさか。自業自得でしょ」
家族がいても関係ない。愛する者がいるならマスクを砕かれた時点で帰還すれば良かったんだ。帰りを待つ者がいるなら殺しに来てはいけなかったんだ。
だからこれは彼が悪い。私達を殺しに来て、結果的に殺された無力な男が悪いのだ。
「私達は「殺したい」と言われたって「どうぞ」と命を差し出さない。こちらも死に物狂いで抵抗して、その結果彼は負けた。ミイラ取りがミイラになっただけですよ」
「そうだな。アイツらにとって俺達を殺すことが正義なら、俺達は生き残ることが正義だと思ってる。今回勝った正義は俺達だ」
「正義だなんて大きく言いますね」
「ならどう表す? 目標? 志? 何でもいいが、俺達は生きたいだけだ。殺されずに生きていたい。俺達ヤマイは害悪なんかじゃない。だからこうして勝って、生きることで俺達は悪ではないと証明する。俺達が生きることは正しいと主張する」
皇の手がマジックミラーに触れる。血が固まった五指はゆっくりと鏡面を引っ掻き、声は憎たらし気な低さを持っていた。
解剖室ではチェーンソーが回転を始め、死体の骨を切り始める。
「皇、貴方がどうして実働部隊に所属しているのか聞いても良いですか?」
「なんだ、嫌いな相手に興味が湧いたか?」
「嫌いと知りたくないは別物です。私達は仲間ではないけれど、同じ場所に所属するメンバーではあります。ならば最低限知っておく範囲がいるのかと。二度と貴方の邪魔はしたくないですし、私の邪魔もされたくないので」
「そうかい。なら先にお前の理由をちゃんと教えろ」
命令されて気分が地面を這い続ける。どうしてこの男はそう上から来るのだろうか。眉間に皺を寄せそうになったが一応堪えておいた。目の前で繰り広げられる人間の無慈悲さに比べれば、皇の態度など可愛いものだ。許してはないけど。
「弟の為です。あの子の体に入ってしまったアテナの毒を無力化する薬を作りたいから、私は実働部隊へ入りました。仕事をすればメディシンも貰えて、片割れの毒の進行を抑えられますし」
ウォー・ハンマーを握る手に力が入る。武器の重たい頭を床につければ、低い音が廊下に木霊した。
皇は少しだけ間を置いた後、平坦な声で回答する。
「やっぱり俺とは違うな」
「と、言うと?」
「俺は基本的にアテナへ行かないし、プラセボとかメディシンも正直どうでもいい。アレスに来るアテナの戦闘員を全員殺して、ヤマイが狙われない平和な日が来ればそれでいいからな」
私の心臓が一度だけ重く拍動する。隣に視線を向ければ、解剖室を見つめる皇の横顔があった。
「あいつらはヤマイを狙ってくる。ヘルスは狙わず、ヤマイだけを。そんなの許せねぇだろ。俺達は何も悪い事なんてしてねぇのに、悪いものだからって殺しに来るなんて。パナケイアも守ろうとするのはヘルスだけ。なら誰がヤマイを守る? 誰が俺を守ってくれる? そんなのいねぇだろ。俺を守れるのは俺だけだ。だから俺は実働部隊に入って、俺が狙われない平和な明日を求めてる」
あぁ……聞くべきではなかったな。
皇はヤマイである自分が狙われない普通を求めて実働部隊にいる。その為に血を被って、汚れて、汚れて、その口で「平和」を求めている。
誰かの為ではなく自分の為。ヤマイの為ではなく自分だけの為。自分が平和である為に危険に足を入れている。
だから流海は守られなかった。皇が守るのは自分だけだから。
理解してしまった私は、感情がドミノのように倒れていく感覚を持つ。止めようとしても止まらない。感情も、この口も、吐きたいと思ってしまった言葉さえも。
「……平和な明日が欲しいから、アテナの戦闘員を殺せる実働部隊にいると?」
「そうだな」
「平和の為の殺しですか」
「それをアレスでは正義って言うだろ?」
それは、なんて歪んだ正義だろう。
自分の為に他人を殺す。他人を殺すことで自分を正当化する。生きていたい自分を守る為に、殺しに来るアテナの戦闘員を手にかける。
けれども、それは酷く人間らしいとも思ったから。
私は目を伏せて、皇の腕時計が鳴る音を聞いた。
見れば男は腕時計のアラームを止めて息を吐いている。
「時間だ。今日の俺は店じまいだな」
「……まだ昼に差し掛かったところですか」
「ここからは相方の時間だからな」
皇が私の肩を軽く叩いてからマジックミラーに手を押しつける。すると彼の手が鏡面に沈み始めるから、私は少しだけ目を見開いてしまった。
「そう言えば俺のヤマイ知らなかったな。ま、相方に聞いといてくれよ」
「はぁ」
皇の右手が鏡面に沈んでいく。それと同時進行で鏡面には波紋が立ち、見知らぬ少女の右手が生えてきた。
状況を理解しきれていない私の内情が揺れる。
倒れた感情を起こせていない。皇の目的を聞いた私は、吐きたい言葉を持ってしまった。だってそうだ。彼と私は違って、私にとっては流海が絶対であるように、彼にとっては自分が絶対だった。
皇樒と言う男は、あの日、自分の正義を貫いただけだった。
それを責める道理があったか。知らなかった私は責められても、知ってしまった私も責め続けるのか。
揺れて、揺れて、嫌になる。私は私が嫌になり続ける。
弱い私を、怖がりな私を、正しくない私を嫌になる。私は自分が正しいと思う道を歩いていたいだけなのに、その道中で間違ったことをしたのではないかと強く思い始めてしまったから。
「……皇」
口にするのか。私は流海を傷つけた相手が許せないのに、許したくないのに。
赤い瞳がこちらを向く。鏡面には波紋が立ち続ける。
目の前が歪み続けている私は、足元が不安定な私は、深く吸った息を言葉に変えた。
「殴りかかったことは……私に、非がありました……ごめんなさい」
パナケイアで目覚めた時、皇に点滴スタンドで殴りかかった。
今日もコイツを許せなくて、流海が受けた痛みを味わってほしかった。
何も知らない流海を守らなかったコイツにはやはり憤りがある。許せないし許す気もない。生きたがりに手を貸した行為も悪いことだとは思っていない。
しかしその後に殴りかかったのは、少しだけ私が悪いのかもしれない。
私と皇の優先順位が違っただけで、私は私の意志を突き通しただけではあるが。
譲歩して、譲歩して、譲歩しきった結果、私も謝らなければいけない気がした。
釈然としないけど。納得はしてないけど。私はちょっとだけ悪者だった。だから謝らないと、流海に顔向けできない気がした。私は私を憤りで傷つけてしまう気がした。この内側にある靄が晴れない気がした。
結果的にはやっぱり、靄は濃くなっただけだけど。
「――俺こそ悪かったな、あの日は」
マジックミラーに足を押し込み、顔の半分も突っ込んで皇は沈み続ける。男が小さく零した言葉は私の鼓膜を揺らし、内面がガタついた。
やめろ、やめろ皇、やめてくれ。
「お前の弟を戦闘員に連れて行かれたこと、mm単位では悪いと思ってるよ」
まるでお前が良い人のように見えてしまうから。肺が締め付けられるから。だから黙れよ頼むから。
「だから、お相子だ」
……言い残して、皇は鏡面に消える。
代わりに出て来ていた右手の主は足を、体を、頭を鏡面から出して着地した。
狼牙棒が床に倒れて音がする。
私の目の前には――金髪に赤い双眼を持った少女が立っていた。
皇と同じように指先を赤黒く汚して、彼と同じ服装をして、右前腕部に巻かれた布さえも同じ存在。金の髪を一つに結い上げ、赤く大きな目は鮮やかで美しい。
左手の甲には印数二が刻まれており、彼女は私を見上げてきた。
「一応はじめましてかな……空穂涙ちゃん」
微笑まれると察して視線を逸らす。彼女の声はその姿に見合った高さを持っており、私の感情は倒れ続けた。ガタガタと、ガタガタと。
「あぁ、ごめんね、笑っちゃった。もう大丈夫だよ。我慢してるから」
「……ありがとうございます」
視線を戻せば本当に無表情になっている少女がいた。私はハンマーを握り直し、彼女は肩を竦めている。
「これが私達の症状、「鏡面に映る異性の自分と入れ替わる」ヤマイなんだ。鏡の中では眠ってるようなふわふわした感覚だけど、記憶は共有してるし怪我や服装だって全く一緒。六時間以内に交代しないと体調不良を起こすから、こうして時間が来たら交代してるんだ」
「ならば、貴方の名前も」
「そう――皇樒だよ」
左胸に手を置いて少女の皇が首を傾ける。上がりかけたような口角は堪えられ、私の中で重たい感情が沈殿した。
私は視線を下げてしまう。少しの沈黙が、永遠のように思えてしまった。
「……謝らせちゃってごめんね、涙ちゃん」
口を開いたのは少女の皇。私は顔を上げること無く、彼女が私の手を取る光景を見つめていた。
「大事な人を傷つけられて蔑ろにされたら、誰だって怒るし、許せないものだよ。だから涙ちゃんが私を嫌う理由もよく分かる」
彼女の言葉のせいで染みが生まれる。アテナで吐いて薄めてきた筈の染みが再び滲んできてしまう。
やめろ、やめてくれ、このままでは私は、自分の行動を後悔してしまうから。
「だから彼は驚いてたよ。涙ちゃんがさっき謝った事。謝られることなんて無いって思ってたから」
私の言葉を否定させるな。私ですら理解できてない感情をこれ以上掻き乱すな。やめろ、やめろ、もう黙れよ。
不満と不安と、悲しさと息苦しさと、苛立ちと劣等感と、嫉妬と願望と。
私の中にある多くの感情が殴り合って、せめぎ合って、ぐちゃぐちゃになる。全ての色が混ざって黒になってしまう。ぐちゃぐちゃでベチャベチャで、汚く私の呼吸を妨げる。
私の震えた指先を、皇は握り締めて離さなかった。
「涙ちゃんは荒々しくて、弟君のことしか考えてないように見せて、それでも、それでも思うよ。彼を通して見て、聞いたから。とっても少ない時間だけど」
やめろ、やめろ、やめろやめろやめてくれッ
私は喉が締め付けられて、叫び声が喉を這い上がった。
「涙ちゃんは――優しい子だね」
「やめろ黙れよッ!!」
頭に血が上って顔が熱くなる。一気に沸騰した血液は顔面に集中し、細い皇の腕を払い落とす。
皇は目を見開いて、私は肩で呼吸をした。
「知ったようなこと言うな。知ったかぶりなんて御免だ。私を知ろうとするな。私に踏み込むな。これ以上、私の感情を掻き乱すなッ」
――結果的に、私は逃げた。
皇に背を向けて、解剖室を見学できる廊下から飛び出して。
流海に会いたくて、沈みたくて、落ち着きたくて。
あぁ、皇に謝るなんて馬鹿なことをした。相手の考えに感化されて、私に非があったと思ってしまった。
恥ずかしくて、情けなくて、嫌になって苦しくて面倒くさくて、全部全部嫌になるッ
一瞬でも私が悪かったと思った。でもそれは流海の為に動いた自分を否定することになった。私は悪いのか、私は悪者だったか、違うだろ、違うだろ違うだろ!
私は大股に流海の病室へ向かい、無理やり口角を上げた。
扉を開ければハンドグリップを握る流海がベッドの上に居て、彼は今日も無表情をくれた。
「……涙」
私を見た流海が首を柔く傾げている。
私の視界は大きく歪み、滲み、感情はぐちゃぐちゃなままだった。
笑っているのに頬を熱いものが茹だっていく。怒りたいのに泪ばかりが流れて、叫びたいのに酸素が足りなくて。
ベッドから流海が立ち上がる。私の後ろでは扉が閉じて、片割れは私を抱き締めてくれた。
流海の胸に縋って奥歯を噛み締める。震える手で片割れの背に手を回せば、呼吸が浅くしか出来なくなった。
言葉が溢れてあやふやになる。感情が零れて滅茶苦茶になる。
私はもう、全ての鬱憤を止められない。
「ヘルスなんて嫌いだ。パナケイアも嫌いだ。アレスなんて大っ嫌いだッ! どうして私達を化け物だって言う奴らを守らないといけないんだ。ヘルスだって苦しめばいいのに、不幸になればいいのに、私達の幸せを願ってくれないならッ」
アテナで吐いた怒りの感情が棘になる。それを受け止めてくれる流海は黙って背中を摩ってくれた。
「周りが私を嫌いなら私だって周りを嫌いになれる。嫌いな奴なんてどうでもいい。勝手に苦しんで勝手に怪我して、勝手に遠ざかっていけば良いんだ。今まで通り、今までずっとそうだった。そうだったからここまで来られた。なのに、なのに、あぁなのにッ!」
子どもの純粋な針で刺されても我慢できた。大人の軽蔑の棘で貫かれても痛くなかった。ヘルスが私達を邪魔者扱いするならば、私だって相手を憎んで恨んで蔑ろに出来たんだからッ
気を付けるのはたった二人で良かったのに。あの、温かい先生達だけで良かったのに。
ここに来て、優しい言葉をを貰いすぎた。優しい人に触れすぎた。優しい人になんて気づきたくなかったのに。
「誰のことも心配したくない。心配されたくない。流海以外を思いたくない。流海以外を入り込ませたくない。仲良くなりたくない、大切にしたくない、心なんて許したくないッ」
自分を心配する棘は溶けてしまう。染みになってしまう。私に容易く浸透してしまう。
――涙さん
頼む、頼むから私を呼ぶな。
――私は、殲滅団の螢と言います!
私を知ろうとするな。自分を知らせようとするな。
――貴方の名前、教えてください!
敵なら敵らしくしてくれ。
――やっと出会えて嬉しいよ、とっても!
私に優しくしないでくれ。
――今日はアテナに行っちゃ駄目だって!
――涙さん、まだ怪我が治ってないですよ!
私のことを心配するな。
――お前はどう考えても働きすぎだ
――見てくださいませ! 次の試作が出来ましたの!
私のことを想ってくれるな。
――お前達は、悪い事なんてしてねぇよな
嫌だ、いやだ、嫌だ嫌だ嫌なんだッ
「仲良く、なったら、大切にしたら、ッ」
――涙、今日は怪我してないかい?
――無理するなよ
やめろ、やめろ、やめてくれ。もうやめてくれ。放っておいて、踏み込まないで、温かさを植え付けないでッ
だって、だって、だってもしも、それら全てを受け入れて認めてしまったらッ!
「――無くした時、耐えられないじゃないか……ッ!」
私のヤマイは周りを巻き込む。きっとみんないつか離れていく。
いいや、それだけではない。
もしも私の事故に巻き込んだら。被害者にさせたら、加害者にさせたら、怪我をさせたら、後遺症を残させたら――死なせたら!
血だらけの猫先生が私を見下ろしている。
傷だらけの柘榴先生が私に背を向ける。
行かないでと手を伸ばしても届かなくて。私には痛いしか残らなくて。
ヘルスと同じ視線を向けられたら、疎まれたら、蔑まれたら、拒絶されたらッ
「耐えられないんだよ……ッ」
だから仲良くなりたくない。優しくしてほしくない。入り込んでほしくない。
仲良くなってしまったら、優しさを受け入れてしまったら、入り込まれてしまったら、無くした寂しさに耐えられないから。
いつか無くしてしまうなら得たくない。取り残されたくない。離れて欲しくない。捨てられたくない、失いたくない、二度と、二度と、もう二度とッ
「……おかあさん」
貴女の笑顔が好きだった。
「おとうさん……」
貴方の笑顔が好きだった。
「ッ、ごめんなさい」
それを壊したのは――殺したのは、私だ。
流海から両親を奪ったのも、両親を事故に巻き込んだのも私だ。
それが二度と起きないとは限らない。心配してくれる朝凪達を巻き込むかもしれない。先生達を、私のヤマイが殺してしまうかもしれない。
だから、だから、だからだから私はだから、ッ
「――良いんだよ」
流海が私の背中を撫でてくれる。
頭に頬を寄せて、座り込んでしまっていた私をあやしてくれる。
私は嗚咽を噛み締めて、流海の胸に顔を埋めた。
「良いよ、涙は悪くない。でも不安だよね、嫌だよね。だからこのままでいよう。沢山の人と関わると涙がもたないから。落ち着いて、ゆっくり呼吸して」
流海が大きな呼吸をしてくれる。だから私も片割れの速度に合わせて、深く、ゆっくりと息をした。
あぁ、嫌だな、嫌だよ、もう全部嫌だ。
流海と呼吸を合わせて目を閉じる。朝も流した雫は鬱陶しいと思うのに、いつもいつも止め方が分からないのだ。
「涙、僕を見て。僕だけを見て」
両頬を流海に挟まれて顔を上げる。口角を無理に上げたせいで引きつったが、それを流海は笑わなかった。笑わないでくれた。
額を合わせて目を閉じる。笑って流海の手に自分の手を重ねておく。
愛しい片割れの温度に溺れていく。誰のことも見るべきではないと言い聞かされる。
「苦しくなるから閉じていよう。僕らは僕らの世界だけにいよう。誰も巻き込まないように、離れて行っても大丈夫なように。大丈夫、僕は、僕だけは涙とずっと一緒にいるから……僕も早く実働部隊に入るよう努力するから、ね?」
「あぁ、あぁ、流海、流海、ごめん、ごめん流海、ごめん、ごめんなさい、ごめん、ごめん、私が弱くて、駄目だから、だから、」
「涙」
壊れたラジオのように言葉が溢れる。流海はそんな私を宥めて、頬に唇を寄せてくれた。
大丈夫だよと囁いて、怖くないよと鼻先を寄せて。
私は瞼が重たくなるまで、片割れの温度と声に溺れていた。
優しさが毒になる。
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次話は金曜日に投稿致します。




