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104. 議

 

「アレスはアテナから切り離された世界でございます」

 

 そう口火を切ったのは桜小梅である。桜色の少女はいつになく感情の読めない顔で前に座り、淡々と確認してきた。

 

「こちらに関しては、皆様アテナの戦闘員の方からお伺いしたでよろしかったでしょうか?」

 

「いいよ。アテナにいたけど、そこでヤマイを発症した人は切り離されて、アレスに落とされたんだって」

 

 頷いた竜胆の声に微かな不機嫌が乗る。言葉にすることで理解した事実に、納得は出来ていないというご様子だ。


  「アレスでヤマイが完治しなかったから、殲滅団(ニケ)が動いてアレスの浄化に動いてる。それで分けてた世界を元に戻すんだってさ」

 

 続く流海の声は平坦だった。何事も隠して受け入れてきたからこそ、痛む心臓を隠すことだって片割れは得意である。

 

「アレスがあったのは一時の救済、だなんて、笑えますね」

 

「その救済の時間は終わった。だから僕達は殺されるんだね」

 

 私の声に流海の言葉が並んでいく。視界の中では、一人立っている棗が優雅に舞った。

 

「あぁ、嫌いだな、全部嫌い」

 

 彼女の目は全てを嫌悪して、全てに愛想が尽きたような色をする。青みがかった黒髪は動きに合わせて揺れ、少女の表情を隠していった。

 

「パナケイアの創立には、アテナの動きが関連しています」

 

 淡々と桜が続ける。彼女の両親や家系がパナケイアに関係している筈だが、彼女はこちらが心配しそうになるほど冷静だ。それは冷静を装っているのか、芯から冷静なのか、はかりかねてしまうよ。

 

「パナケイアの本部にはアレスとアテナの歴史が残っているそうです。そこからヘルスは、ヤマイのせいで美しい世界から追い出されたのだと知りました」

 

「だからパナケイアはヤマイを使()()ことを考えたんだ。実働部隊(ワイルドハント)を作り、アテナへ赴かせ、情報を得て、実働部隊(ワイルドハント)のヤマイを研究した」

 

「私達はモルモットだったんだよ。使えるヤマイと使えないヤマイの選別。戦闘能力に適応力、任務の参加率と遂行率。諸々を評価されて、その選別も佳境に入ってたんだって」

 

 柊の目からは桜同様に感情が読めない。対する棗からは先程以上に嫌悪が滲み出た。目の前にパナケイアの職員がいれば噛みつきそうな空気である。狂犬かな。

 

「その中でも、核になるのは流海だった」

 

 眠たげな椿の言葉を聞いて、私の背筋が反応する。流海は目を閉じたまま暫し間を取り、自分の位置づけを口にした。

 

「アテナの空気を吸って、初めて生還した例なんでしょ」

 

 流海の言葉に、返るは無言。それは何よりも明確な肯定だから、片割れは瞼を震わせた。その奥では伊吹が机上で拳を握っている。

 

「空穂弟は貴重だったらしい。アテナの空気を吸ったヤマイがどうなるか。どれだけ活動できるのか、いつから不調が加速するのか。それらのデータが取れることは即ち、ヤマイをアテナに送り込んだ時にどれだけ活動できるかの目安に出来る」

 

 あぁ、潰せばよかった。

 

 踏み締めた瓦礫と、その下に挟まれていた職員達を思い出す。私はいつも後悔ばかり、間違えてばかりだな。

 

 私の感情は沸々と煮え、肩を震わせた桜を視界の端に見た。

 

「その殺気を仕舞え、空穂姉。お嬢に毒だ」

 

「構いませんわ。彼女の反応は当然のことですもの」

 

 私を射抜く青い瞳。私は顎を上げて視線を逸らし、立てかけたウォー・ハンマーを見た。

 

 これ、砕くのは別に鳥頭でなくとも良かったんだな。

 

 思案する私の隣で、問いかけたのは朝凪だ。

 

「マッキ誘発実験については、どうだったんですか?」

 

「マッキ誘発実験はその名の通りでした。アテナの武器にヤマイを進行させる薬がついていると知ったパナケイアは、それをヤマイに投与して、アテナでマッキにさせることができないか考えたのです」

 

「マッキを送り込めば厄災を呼べる。それが出来ればアテナの戦闘員達を一掃できる。流海君はマッキ達が活動できうる時間を測る材料になる。それがパナケイアの見解だってさ」

 

 棗が資料を両手で掴む。踊る少女は勢いよく紙の束を宙に投げ捨て、私達の頭上で紙吹雪が舞った。

 

 一枚一枚に記載されたのは、ヤマイを(ないがし)ろにする研究。

 

 流海や私の資料に、伊吹兄妹、朝凪に竜胆、棗、椿、柊、桜の資料まで揃っている。皇や猫先生の資料が目に留まったと思ったら、見たことないヤマイ達の資料も共に舞い落ちた。

 

「空穂双子や伊吹兄妹はマッキ誘発実験、及びアテナ進行計画でも重要視されるヤマイだった。印数五以上のヤマイはそれだけのリストも作られている」

 

「汚い手を使って、美しい世界が手に入る訳も無いだろうに」

 

 竜胆の声に冷たさが増していく。蜂蜜色の瞳は凍てつく光りを浮かべ、桜が口を開いた。

 

実働部隊(ワイルドハント)及び補助員は、私達だけではございません。各パナケイアに実働部隊(ワイルドハント)は存在しています。しかし彼らはマッキ誘発実験も、アテナの計画についても知らないままでございます」

 

 凛とした桜の声に全員の視線が集中する。少女は机の上で両手の指を握り合わせると、揺るがぬ瞳で前を見た。

 

「この情報を知った以上、桜家という以前に一人のヤマイとして、無視することは出来ません。私はこの後、パナケイアの第一支部(ほんぶ)に向かいます」

 

「それで、桜さんが実験や計画をやめろと言えば止まるとでも?」

 

「今の私では止まりません。しかし、両親から当主権を貰った私であれば資金の供給を止められます」

 

 目を閉じた流海を桜は凝視する。空気を察した流海からは「へぇ」と相槌が漏れ、私は目の前に落ちた資料を握り潰した。

 

「金回りが無くなれば研究も止めざるを得ない、と?」

 

「そうですわ。しかしそれは一時しのぎにしかなりません。今の私に当主権を譲っていただくためには、少々手荒な行いもしなければなりませんし」

 

 そこで桜が一呼吸置く。今の彼女の台詞は、親を他人だと思っている口調だ。

 

 自分を産んだだけ。自分と同じ家にいただけ。自分と同じ苗字だっただけ。

 

 まるでそれだけだと言わんばかりの桜と、母を知らない嘉音達が重なって見えた。

 

 こねくり回すように作られたならば、二足で立つことが出来ない者だっているのだろう。選別とはそれだ、個性を貰うとはある種の褒美だ。

 

 ――涙、笑ってて

 

 ねぇ、お母さん。

 

 私は、嘉音達を憐れに思っていると同時に、桜のことも憐れんでいるのだと気づいてしまった。

 

 そんなこと、口が裂けても言えないのだけれど。

 

 桜は両手を握り直すと、口角を少しだけ震えさせた。

 

「これは、一つの仮定から作った提案です」

 

 桜色の瞳が芯の通った光りを浮かべる。

 

「先程お聞きしました。アテナの戦闘員の方がアレスでも呼吸可能になっているのだとすれば、それはヤマイになりかけていると仮定します」

 

「……アテナで呼吸できない奴らがヤマイと呼ばれ、追い出されたんですからね」

 

 桜の言葉を補足することで肯定する。小さく頷いた彼女は、私と確かに目を合わせていた。

 

「アレスの問題は、相容れないヘルスとヤマイが共に生活している事。そしてアテナの問題は、アテナで息の出来ない者を決して許さない事、でございます」

 

「だったら?」

 

「ならば、分かれてしまえばいいんです」

 

 桜の指に力が入る。並べられる言葉は元に戻らないと知りながら。それは一種の、演説だ。

 

「砂時計のように、どちらかに溜まろうとするから争いは終わらないのです。ヤマイの呼吸が許されないのです。ならば、ヤマイだけの世界を創ってしまえばいいと思いませんか?」

 

 立ち上がった桜色は、床に散らばった資料を棗と共に踏み締める。そこで初めて感じたのだ。あの、穏やかな桜色から、確かな怒気を。

 

 あぁ、この子はヤマイの為に怒ってる。自分達の為に、怒ってる。

 

 親を、社会を、歴史を、世界を、怒って憎んで、煮えている。

 

 貴方は、お淑やかなだけのお嬢様ではなかったらしい。苛烈で、芯のある、一人の女の子で、一人のヤマイなんだな。

 

「アレスの中にヤマイだけの環境を創ってしまえばいいんです。私が桜家当主になり、病院や薬品開発の仕事を引き継ぎ、金銭的な援助と共に土台を作るとお約束いたします。何がなんでも成し遂げます。ヘルスとヤマイは共に居てはいけません。水と油が交わることなど望んではいけなかったのですから」

 

 桜は戸棚から金属製の砂時計を取り出し、机に置く。その中央の括れた部分に触れた彼女は、怒りによる思考の躍動を感じていると思わせてきた。

 

私達ヤマイだけのオリフィスを作るべきです。流動的で、平和的な。ヘルスとヤマイを隔絶し、理解ある者とは交流を。私達がいるせいでアテナに戻されないのならば、離れてしまえばいいのです。戻りたいのならばヘルスだけで勝手に戻って頂いて構わないのですから」

 

「私達のオリフィス、ねぇ」

 

 棗が砂時計をひっくり返す。片側に寄っていた砂は下になった方へ流れ始め、括れた部分(オリフィス)を通って移動する。

 

「ここで必要になるのは、アテナにヤマイ殲滅を止めてもらうことですわ」

 

 桜の目が再び私に向く。私の手はウォー・ハンマーを取り、もう片手は流海と机の下で握った。

 

 名前の呼べない少女は、私を見て言葉をくれる。私に言っているのだと教えてくれる。

 

「貴方は、アテナの戦闘員の方とお話をされていましたわね。今日関わった方達と意思疎通が最もできるのは、貴方だと思っています」

 

 桜が何を言いたいのか察してみせる。私は流海の手を握り締めて、桜に確認した。

 

「私に、殲滅団(ニケ)の説得をしろと言うことですか」

 

「……難しい事だとは重々承知しております。貴方お一人に背負わせる気も勿論ございません」

 

 遠回しの頷きを貰う。私は砂時計の砂が落ちる様を見て、言葉を考えた。

 

 これは、ある種の反乱だ。

 

 言いなりだったヤマイ達に事実を伝え、ヤマイだけの世界を創るのだと、小さな一人の少女が口にした。

 

 相容れないならば共にいるべきではない。傷つけあって、憎み合うだけならば一緒にいてはいけない。

 

 口にするのは簡単でも、その過程が途方もない事だとは分かっている。

 

 これは街造りであり、国造りだ。

 

 その大きな片棒の一つを私に任せようとしている。……勝手に貴方を売った私に、何も知らずに任せようとしている。

 

 私は砂が落ち切った光景を見て、小さく首を横に振った。

 

「少し時間をください。今すぐ返事をすることは出来ません。今日は余りにも……多くに思考を混ぜられ過ぎました」

 

「……そうですわね」

 

 桜が肩から力を抜く。棗は桜色の隣で伸びをし、椿も小さく欠伸をした。朝凪や小夜の体から緊張が抜けたのも伝わり、今日の会議がお開きになる空気に変わる。

 

「申し訳ございません。今日は昼間から、皆さま考え通しでしたものね。まずは休息が一番ですわ」

 

 笑いそうになったであろう桜から視線を逸らす。彼女は明るい声で「ベッドルームへご案内いたします!」と手を合わせてくれた。

 

「お客様用のベッドルームは沢山ございますの! 部屋分けはどういたしましょう。あ、自動で寝返りを打たせるマットレスもございますのでご安心くださいませ!」

 

「ほんと!? うれしー! 助かるー!」

 

「俺、雲雀と一緒の部屋がいい」

 

「私も鶯と一緒が良いな~!」

 

「お泊り会ですわね、お泊り会! 気分が高揚してまいりました!」

 

「お嬢、落ち着いて下さい。各部屋を確認してきますから」

 

「それは私もご一緒致します! 行きますわよー!」

 

 それは、悲しい空元気に見える。きっと四人は私達が来る前から今の話をして、気持ちを決めていた筈だ。

 

 私は四肢から力の抜ける思いになる。私の手を繋ぎとめてくれた流海は肩に頭を乗せてくれた。

 

「撲、涙と一緒の部屋がいい」

 

「私も流海と一緒の部屋がいいな」

 

「私も二人と同じ部屋がいーです!」

 

「おい、小夜」

 

「でしたら六人部屋がございますのよ、そちらはいかがでしょうか!」

 

 喜々とした空気の桜に連れられ、私は朝凪達も確認する。紫がかった彼女は目を瞬かせて、柔らかく私の袖を掴んでいた。……ほっほぉ。

 

「では、乗り込んだ六人で一部屋使わせていただきますか」

 

「は、はい」

 

「ほんとにお泊り会みたいだね」

 

「嬉しーね、お兄ちゃん」

 

「……おう」

 

 ワイワイと声がよく上がる中、流海が「二人部屋じゃないんだ」と呟くのを聞く。私は小さく笑ってしまい、楽しそうな桜と呆れた柊に部屋を案内された。

 

 そこは確かに六個のベッドが並んだ清楚な部屋で、なんでこんな部屋があるのか等とは聞かなかった。二人部屋、三人部屋もあるとのことで、いろんな客人が泊っていくことが想定されているんでしょうね。お金持ち分からない。

 

「わぁい、私窓際がいいでーす!」

 

「小夜、走るなって」

 

「小梅さんの家、いろんなお部屋があるのね」

 

「驚いちゃうね」

 

「どんな人数のお客様にも対応する為ですわ」

 

 胸を張る桜を見て、私は少し袖を握ってみる。桜色の目は何度か瞬きし、私は思ったままを口にした。

 

「即答できなくて、ごめんなさい」

 

 桜の目が丸くなる。かと思えば、彼女は私の胸に顔をうずめて、肩を小刻みに揺らしていた。

 

 あぁ、笑ってる。この子は今、笑ってる。それは私が見てはいけないものだ。

 

「お気になさらないでくださいませ。今日の貴方は頑張りすぎでございます。今はどうぞ、お休みください」


 桜の声に服と肌が振動して、ちょっとだけくすぐったい。彼女は口を引き締めて顔を上げると、「皆様どうぞ、ごゆっくり」と柊を連れて部屋を離れて行った。

 

 私の体からドッと力が抜ける。今にもベッドに倒れこみたい体は流海を探し、片割れは最も廊下側のベッドに腰かけていた。上着を脱いで靴も脱いだ流海。彼の隣に、私も同じように腰かけた。

 

「るか~」

 

「はぁい、涙」

 

 流海に抱きしめてもらい、頭と背中を撫でてもらう。その温度に微睡みは加速し、私の手は催促するように流海の服を引いた。

 

「……おい、ベッドあるぞ、人数分」

 

「私と流海は一つのベッドで構いませんので」

 

「僕もう眠い」

 

「私も眠い」

 

「「おやすみー」」

 

「おいおい待ておい」

 

 伊吹の静止をよそに、私と流海は一つのベッドに横になる。流海の体に顔を埋めて目を閉じれば、呼吸が酷く落ち着いた。

 

 あぁ、ここだ、ここが好き。流海の胸の中が、安心する。

 

 目を閉じた私達を覗き込む空気がある。眠たい私達は既に瞼を上げることが出来ず、伊吹のため息も聞こえた気がした。

 

「……セミダブルに二人で寝るか? 普通」

 

「んー、まぁ、二人にとってはこれが通常運転ってことで」

 

「涙さんと流海さんですし」

 

「まじか……」

 

「電気消してもいいですかー?」

 

 間延びした小夜の声に返事が届き、瞼を透かしていた明かりが暗くなる。私は流海の鎖骨に額を寄せて、片割れを抱き締めた。

 

 目覚めた時を考えながら。私がどうすることが、流海の為になるのかと考えながら。

 

「大丈夫だよ、涙。僕もいる」

 

 小さな声が鼓膜を揺らしてくれる。私の後頭部を柔く撫でてくれる片割れも、考えてくれているのだと伝わった。

 

 私は微かに頷いて、流海との隙間を無くそうとする。そんな私達を、微睡みは夢へと引きずり込んだ。


壊して、壊して、創り直そうと謳うのだ。


***

次話は土曜日に投稿予定です。

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