100. 砕
砕きたい。
砕きたい。
鳥頭を砕きたい。
あの日、あの時、あの瞬間。
私と流海の世界を壊したお前を、砕きたい。
ウォー・ハンマーを回し、両手で握る。ハンマーを振り上げて足を踏み込めば、朧は青刃のナイフを握り締めた。
落としたハンマーがナイフとぶつかる。斜め下を向いた刃先は絶妙な加減で私の力を受け流し、朧の片手には銃が構えられていた。
開いた私の腹部を銃口が狙っている。それでも私は恐れることなく、鎖が鳴る音を聞いていた。
朧の銃口が甲高い音と共に逸らされる。弾丸は私の腹部横を過ぎ、音を拾う機能を麻痺させた。
視界に映ったのは銃口の軌道を変えた矢。クロスボウに矢が追加装填される音を聞き、私は口角を思い切り上げた。
下がったウォー・ハンマーの握り方を即座に変える。頭の部分を真横に向けて、二の腕に力を込めた。
朧の膝を真横から砕こうとする。膝を壊せば動きの幅は激減する。
しかし、全力で振ったウォー・ハンマーは何も砕かない。
朧は真上に跳躍し、宙で反動をつけた足を私のこめかみに叩き入れようとした。
後ろ、遅い、前、下、しゃがめ。
頭は即座に判断する。私がするべき動きか、自分がどうすれば怪我を負わないか。
ヤマイが学ばせたこと。身につけたくなくとも身に纏ってしまったこと。
頭で判断するよりも先に膝は曲がり、朧の右回し蹴りが頭上を横切る。相手の左足は着地する寸前であり、ウォー・ハンマーはすぐに動かせる状態にはなかった。
空振りによって体のバランスが若干崩れる。私が躱した足を床に着いた朧は、回転の勢いのまま軸足だった方を浮かせた。
後ろ回し蹴りがしゃがんだ私の首を狙う。私はウォー・ハンマーの頭を床につけ、片割れが動く気配を感じた。
目配せはいらない。指示も合図もいらない。だって私達は、二人で一人なのだから。
朧の脛にクロスボウの矢が突き刺さる。蹴りが止まることはなかったが、反射的に怯んだ隙が私を動かす時間になる。
上がっていたウォー・ハンマーの石突部分を掌で下に押す。そうすればハンマーの頭が勢いよく跳ね、矢に貫かれた朧の脛を叩き上げた。私はより深く膝を曲げ、再度蹴りを躱してみせた。
一人では躱せなかったものだって、流海がいれば当たらない。それを強く感じたと思った時、私の顔は自然と笑みを深めていた。
体勢の崩れた朧は後ろに重心を移動させる。ナイフを持った手を床につき、後転する動きだ。
後転倒立のような一瞬の時だって、戦いに休みはない。朧の銃口は、私と流海の間を狙っていた。
柔軟性どうなってやがる、とか。体幹お化けか、とか思う前に。私は灰色のおさげを思い出し、銃口の前に体を入れた。
銃口からして、私、流海、小夜が一直線の状態になったと分かる。無理やり体をねじ入れた私はハンマーを動かす余裕もなく、朧は引き金を引いた。
肩と耳の間を銃弾が過ぎたと思った時、後方で金属音が響く。弾かれるように、笑って振り返れば、クロスボウの本体に傷を入れた流海がいた。
「流海‼」
「っ、平気‼」
笑顔で片割れを心配する。なんと不格好で、なんとチグハグな姿だと言われようとも、それが私の在り方だから。
流海は弾丸の痕が残ったクロスボウを確認し、背後で狼狽えている小夜も見た。少女は濡れた包帯のせいで視界がない。どれだけ小夜が周りの空気を読めても、目まぐるしい周囲の変化に追いつけていないのは明白だった。
「さ、よ‼」
「ぉに、おにぃちゃんっ」
伊吹が嘉音の相手をしながら妹を気にかける。私と流海も兄妹の動向を見てしまい、その間に朧は体勢を整えた。
左足に刺さった矢をそのままに、鳥頭は右足に重心を乗せる。
喉仏を押さえる素振りをした男は、伊吹に対して銃を向けた。
「伊吹‼」
叫んだって遅い。走ったって間に合わない。
私の声を聞いた伊吹は、右肩から血を弾けさせた。
血飛沫が嫌に目について、伊吹の顔に脂汗が滲む様すら見て取れる。朧の舌打ちも聞こえて、嘉音はリングダガーを振りかぶった。
駄目だ、私だと間に合わない。
寒気と吐き気が背筋を這って、流海がクロスボウを構えた感覚を捉える。
それでも嘉音の腕の方が早いと分かって、肩を押さえた伊吹は表情を歪めていた。
けれども、静かに。
嘉音の前腕を打ち抜いた矢がある。
細く、凛として、それでも空気を切り裂く勢いで。
ロング・ボウの矢が嘉音の腕に命中したと分かった時、私は伊吹の体を抱えて床を転がっていた。
数秒遅れた嘉音は動きを変えて、右の前腕を押さえる。伊吹を抱えた私は視線を走らせ、弓の名手を見た。
目を見開いている朝凪は、既に次の矢を構えている。
誰よりも凛として、彼女の周りの空気だけが清らかな気さえする。
彼女の背後に飛び掛かる黒が二つあろうとも、誰も朝凪の集中を止めることは出来ない。
少女の背後に立った黒髪は、いつだって彼女しか見ていないのだから。
螢の鉤爪と空牙の暗器を、竜胆のサーベルが受け止める。背中合わせの竜胆と朝凪は互いを見ることなく、少女は次の矢を放った。
リングダガーを左手に持ち替えた嘉音が矢を叩き折る。砕けた矢を踏んだペストマスクは、苛立たし気にこちらへ嘴を向けた。
私の腕に伊吹の血が付く。弾丸は掠めたというより抉ったと表現する方が正しく、白い衣装は赤黒く染まった。
これは一度止血をしないといけないレベル。右手でトンファーを握り締めてはいるが、それは戦うためというより、痛みをどこかへ逃がしたい行為に見えてしまった。
故意に口角を上げた私は流海を見る。片割れは、しゃがみ込んでしまった小夜の前に膝をついていた。少女を背に隠す流海は私に視線をくれる。
今まで戦ったことがないであろう小夜をこの場にいさせるのは、あまりにも危険だ。近くにいるならば恐らく伊吹の方が安心できる。兄妹揃えば手当てもできるだろう。
判断して、微笑む私は流海と頷き合い、伊吹に声をかけた。
「伊吹、動けますか。貴方は一度小夜を連れてこの場を……伊吹?」
肩を持つ伊吹の異変に、そこで気づく。
目を見開いて汗を浮かべた灰色は、浅く早い呼吸で朧を見つめていた。
関節が震えており、触れる私にすら心音が聞こえそうな焦り。明らかに動揺している伊吹は、銃で撃たれたことに焦っているわけではなさそうだった。
「あぁ、揺らいでる、やっぱりお前は弱虫だね」
「次は、間違えない」
嘉音と朧が伊吹を見ている。伊吹は自分の肩を押さえつけて、両手からトンファーが落ちた。
過呼吸になりそうな伊吹は、撃たれたことに怯えているのではない。朧に撃たれたという事実に怯えている。
私はそう感じてしまい、血の滲む灰色を抱き続けた。
「黙りなさい、汚れた殲滅団。個を主張し始めた貴方達の正義など、既に霞みきっているでしょう」
「そうだよ。そうだね。だから君を殺すんだ、涙」
「涙と流海は、俺の中で最も汚い染みになる」
「己の正しさを刻むために」
「清らかさを取り戻すために」
「「潔く死ね」」
反吐が出そうな主張に対し、私は伊吹を抱き締める。ウォー・ハンマーを立てて持ち、微笑みは流海に向けた。目で頷いた流海は小夜を抱えて、距離を取らせようとする。
しかし片割れの足元を朧が撃ち、震えた小夜と警戒した流海は動けなくなった。
私は喉の奥で苛立ちを呑み、嘉音はペストマスクを煩わしそうに触っている。
「俺は俺の意思で、涙というヤマイを選んで殺す。君さえいなくなれば、俺の世界も正義も修繕される」
「馬鹿なことを。たった一人に揺るがされる世界など、元より不安定だったんですよ。私が死んだとしても、次の私になりえる誰かに貴方はいつか出会うでしょうね」
「涙以上に厄介なヤマイなんて、俺の残り時間では出会えないよ。それくらい分かるさ」
私の眉間に皺が寄る。嘉音の奥では竜胆と螢の刃が共に折れ、空牙の太腿を朝凪の矢が貫いていた。
戦いの音が止まる。それでも緊張は途切れない中で、黒い鳥頭達はどこか達観した空気を纏っていた。
「嘉音、お前はまた余計なことを言うつもりか」
「別に良いでしょ。こうして喋ってる方が、呼吸が楽なんだから」
喉を掻いた嘉音は、苛立つような朧も意に介さない。私は伊吹を支える手の方でハンマーを握り、片手は鞄からガーゼを引きずり出した。
白い医療道具を赤く染めて、伊吹の肩を押さえつける。未だに鼓動が早い灰色を落ち着かせなければ、本気で過呼吸になりそうだと危惧しながら。
「伊吹、大きく息を吸ってください。平気です、貴方は一人で戦っていません」
伊吹の体が驚いたように震える。目を閉じた灰色は努めて呼吸を深くし、血の付いた手袋を私の手とガーゼに重ねた。
「大丈夫、貴方は息をしています。生きてます。朧は確かに強いですが、最強ではない。あれは歪んだ思考に辿り着いた鳥頭ですよ。だから、落ち着いて、大丈夫です」
伊吹は深く震える呼吸を繰り返す。灰色は私の首元に頭を寄せ、流海の空気がひりついたと感じた。
大丈夫だよ流海、伊吹に肩を貸すのは一時だけだ。
横目に微笑めば、流海は口を結んで小夜を庇い続けていた。義務のように膝を着いている流海だが、どんな思考でも、年下の女の子の為に動けるのは素晴らしい。満点。
相も変わらず流海を見る私に対して、伊吹は掠れた声で謝罪した。
「わるぃ……すぐ、おちつく、だいじょうぶ、大丈夫だ、悪い」
「いいえ。冷静さが戻ったならば結構です」
「……るぃ、」
「あ゛ぁ゛、気持ち悪い」
嘉音が勢いよく喉を掻き、私と伊吹の会話を遮る。ペストマスクはリングダガーを回し、矢が刺さったままの右腕からは血が垂れていた。
私は少しでも伊吹が落ち着き、小夜を遠ざける時間を作るためにも、嘉音に疑問を投げる。
「……残り時間とは何ですか、嘉音」
嘉音はそこで指を止め、ペストマスクの奥から私を凝視した。
「残り時間は、残り時間さ。俺達が死ぬまでの時間」
「まるで死期を悟るような言い方を」
「死ぬ時は決まってるでしょ。二十年だ」
「……は?」
当然のような嘉音の発言に、気持ち悪さが肺に溜まる。私は思わず流海に視線を向け、口角は引きつった。片割れは小さく首を横に振り、嘉音が冗談を言っていないと教えられる。
朝凪と竜胆にも目を向ける。二人の頭には疑問符が散っており、背後に立っていた螢と空牙は武器を構えることもしなかった。
可愛いらしい螢の声は、純粋さを纏ったまま並べられる。
「生まれ、選別を生き残って、二十年。それはとても名誉な時、ですよね? 次代へ繋ぐ為に自分を捧げられる年になるんですから」
「なに、言ってるの?」
竜胆の目が螢に向かう。小柄なペストマスクは、折れてしまった鉤爪を撫でていた。
「二十になった者は、エリュシオンの第三層、最上階にて祝福の踊りを行い、捧げの薬を飲み干します。呼吸が止まったその後は、下の者達が体を捌き、次代の者を作るため根に下ろします」
「えりゅ……しおん? 第三層って、根って、君達は何を言ってるんだよ!」
顔色を悪くした竜胆が声を上ずらせる。私の脳裏には、朝陽と夕陽の声が蘇った。
――母親って、なに?
空牙は暗器をつけた手で腹部を触り、当たり前のように思考を並べた。
「女の体と男の体、次代を作る種は根で混ざる。清らかな体から残った者達が取り上げて、我らの主が砂時計の中で混ぜてくださる。残りの肉片は大地に撒いて、栄養に。すべては我らの主がアテナを清く保つために、ってな」
冷や汗が浮かぶ。吐き気が喉奥で渦巻いてくる。
それは、命を強制的に作る動きではないか。
――双子ってなに?
それは、まるで、物のように命を摘んで生産する行為ではないか。
――胎ってなに?
不可思議そうな双子は知らなかった。知る筈がなかった。
だって、コイツらは、この、ペストマスク達は――母親からも、胎からも、生まれないのだから。
「根の砂時計から生まれ、選別をされる。きちんと身体が形成されている者、歩ける者、走れる者、喋れる者、物事を考えられる者。弾かれた木偶は物を作り、選ばれ続けた者は殲滅団になれる」
――第七条、清い体を維持せねばならない
あぁ、やめろ、反吐が出る。
何が美しい世界だ。何が清らかな世界だ。
お前たちの、その、世界は!!
「最初は名前もないんだ。でも、選ばれ続ければ名前を貰える、武器を与えられる。他人と識別できる小さな個性を付けられる」
減っていった嘉音のピアス。取り上げられた薙刀。
頭に木霊する嘉音の言葉が、今になって理解できた。
――前までは個性の没収だけで済んでたけど、今は薙刀も使えなくなったんだよね。このままだと俺は殲滅団の立場も没収されるか、最悪は名前のない奴に逆戻りだ
「そんな世界、息もできなくて当然だ」
流海の言葉に嘉音は首を傾ける。ペストマスクは私の方を向き続け、朧の銃口は常に流海を狙っていた。
「できるさ。選ばれ、二十の時を重ねて、綺麗な体のひと欠片までも美しい世界に、次代に、捧げられるんだから。これ以上のことはない」
「私と空牙はあと五年だね」
「だな。頑張るぞ」
「俺と朧は二年だね。まさか目前にして、こんなヤマイ達に出会うと思ってなかったけど」
「……そうだな」
朧は嘆息しながら「ここで清算する」と呟いている。
私は奥歯を噛み締めて、抱える伊吹は呟いていた。
「狂ってやがる」
「狂ってるのは君達だ。俺達は、強く、清らかで、美しい殲滅団なんだから」
「なら、どうしてアレスに来るんですか」
今まで黙っていた朝凪が、悲痛に染まった声を上げる。ロング・ボウを握り締める彼女は、青くした顔にごちゃ混ぜになった感情を浮かべていた。
「綺麗な世界に居続けたらいいではないですか。綺麗な貴方達が汚れているという私達に近づく意味なんてないじゃないですか。ヤマイを、傷つける意味なんてないじゃないですか。私達が一体、何をしたって言うんですかッ!」
「これは創造主様のご意思です」
朝凪に対して、さも当たり前と言わんばかりに螢が告げる。震えた朝凪は肩で呼吸をしながら螢に目を向け、小さなペストマスクは朧と嘉音を確認した。
螢の続きを語るのは、息苦しそうな嘉音である。
「汚れたアレスを浄化して、再びアテナと一つにする。かつて慈悲によって分け与えた大地を、空を、元の状態に戻すことが望まれたんだ」
「だから俺達はヤマイを殺す。アテナで生まれ、アテナから追い出されたヤマイは、分け与えられたアレスを汚すばかりするのだから。我らが主は待つ時は過ぎたと開眼された」
「ヤマイを持たない木偶は無害だ。だから手は下さない。アイツらはアテナとアレスが一つに戻った時、勝手に喘いで勝手に死ぬと主は言われた。手を下す価値もないのだと」
朧と空牙の言葉が頭を抜けそうになる。私の内情は鋭利な刃物で叩かれ続け、この場にいる白装束は、誰もが言葉を失った。
並べられた、壮大で、激しい事実が感情を殴る。私達の心を砕こうとする。
だって、そんなの、あまりにも……勝手が過ぎる。
「アテナで生まれたなんて、私達は知らない」
「もう何百年も前のことだからね」
「ならば、何百年も前に、アテナでヤマイが生まれた時、殺してしまえばよかったのに」
「最初はもちろん殺したさ。ある日とつぜん現れた、ヤマイという存在を。今の涙みたいにアテナを侮辱する者達を。でも、殺しても殺してもまた湧いてくる。だから主は世界を二つに分けたんだ。患った者を閉じ込める世界と、患わなかった者を守る世界に」
「灰汁を取って、保身に走ったと?」
「違うよ。呼吸ができないヤマイを哀れに思われた主の慈悲だ。広い大地を分け与え、療養すればヤマイも無くなりアテナに戻ってくると思っていたのに」
「お前達は治らなかった。アテナに反発し続けて、アテナこそ汚いのだと拒み続けて。いつしかヤマイでない者も現れ始めたのに、誰もアテナに戻れる者はいなかった」
「だから殲滅団が浄化する。慈悲に応えなかった害たるヤマイを、殺し、浄化して、分けた世界を一つに戻す。それが俺達、殲滅団の正義だ」
嘉音と朧から、目まぐるしく情報が流し込まれる。口を無理やり開けられて、漏斗で食べ物を流し込まれるような、拒否したいのにできない感覚。
気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪い。
伊吹が体を離したのを合図に、私は立ち上がる。ウォー・ハンマーを握り締めて、砕くための武器を向けて。
「やっぱり、アテナは綺麗すぎて、汚いですね」
朧の銃口が微かに揺れる。
嘉音のリングダガーは照明を反射し、螢と空牙は構えかけた武器を下ろした。
「どうして、涙さんはアテナを汚いと思うんですか?」
ペストマスクを押さえた螢に問いかけられる。私は嘉音の嘴にウォー・ハンマーを向けて、まだ十五歳だと知った少女に伝えた。
「アテナは余りにも、息苦しい。ニ十歳で死ぬことが決まってる? 死んだら体を捌かれて、実験のように命を創って、選別して。そんな世界は愚かだ、命の冒涜だ」
「そんな……」
「汚れたヤマイに何が分かる」
言葉を止めた螢に変わり、嘉音が声を強くする。私は震える内臓を落ち着かせ、敬語の剥がれた会話をした。
「分かりたくもない。主が、創造主が、我らの主がと言うばかりのお前達のことも、ヤマイだから汚いのだと決めつけたお前達のことも、私は何も分かりたくないし、相容れない」
「涙はいつも、俺達の正義を否定する」
「それは正義じゃない。お前達のそれはただの命令で、お前達の意志は後付けだ」
「君達の正義だって同じだろ」
「一緒にするなよ屑共が」
私の正義とお前達の正義は違う。一緒である筈がない。お前らの正義と同じ場所に、私達の気持ちを落とすな反吐が出る。
「私は、私の心に従って、私の想いに従って、選んで、進んで、戦ってきた。私達が持った正義は、私達の中から湧き出て、固まり、私達の道になる」
螢が鉤爪を握り締める。空牙は黙ってこちらを見据え、嘉音と朧の武器が揺れた。
朧は感情を殺すように、低い声を吐く。
「追い出されたお前達の正義に何の価値がある」
「私達は追い出されたんじゃない。かつてのヤマイは、自ら出て行ったんだ。違う自分達を淘汰するお前達と、違うことを許さず解決策なく追い出したお前達と、共になんていられないから」
「今まで無知だったくせに、知ったように語るなよ」
「分かるさ。アテナにいたって明日はない。幸せなんて訪れない」
ウォー・ハンマーを回して朧のペストマスクに叩き込もうとする。そうすれば割り込んだリングダガーに遮られ、私の腕に痺れが走った。
嘉音の左二の腕にクロスボウの矢が刺さる。見れば片割れが小夜を背にしたまま武器を構え、口を開いていた。
「僕は、涙と一緒に幸せになりたい」
あぁ、そうだ、そうだよね、私の愛しい片割れ君。
「私は、流海を治して、流海と幸せな明日が欲しい」
螢が動きかけるが、それより早く朝凪が少女に鏃を定めた。
「私は、美しさに取りつかれた自分を変えたくて」
暗器を構えた空牙には、竜胆が一本だけになったサーベルを向ける。
「俺は、俺を見捨てなかった人だけを救える人でありたい」
トンファーを拾う音がする。血を止めてガーゼを捨てた伊吹は、ゆっくりと立ち上がった。
「俺は、自分が傍にいたいと想った奴の近くに、居続けたいだけだ」
私の視線は小夜に向かう。流海の後ろにしゃがみ込んでいる少女は、泣き出しそうな声で発していた。
「私、誰かに必要とされたくて、役に立てる人に、なりたいから!」
だから、走ってくれたのか。
だから、届けてくれたのか。
知って、受け止めて、私と流海の声は揃った。
「「ありがとう」」
そうすれば、小夜は泣くんだ。濡れた包帯の下で、鼻を啜って、それでも周りを知ろうとして。
螢と空牙は窓際に後退する。怯んだように、恐れるように。
朧は震えた手を押さえるように銃を抱え、その行動はブレていた。
嘉音が無理に動かした腕でリングダガーを振り下ろす。私はウォー・ハンマーでナイフを弾き、そのまま一歩を踏み込んだ。
哀れな殲滅団。
哀れな子ども。
そんなお前達に、私達は殺せない。
「与えられた正義に溺れたお前達に、私達が殺せる訳ないだろ。私達の心が、殺せる訳がないだろ!!」
憤りも、悔しさも、歯がゆさも。全部を乗せてハンマーを叩き落とす。
最初は朧にと思っていたけど、邪魔するばかりのお前でも悪くない。
私の最期が欲しいなら、お前の最期が私に与えられる可能性もあるんだろ。
なぁ、嘉音。
ウォー・ハンマーを嘉音のペストマスクに叩き込む。
額に直撃した鈍器はマスクに亀裂を入れ、欠片を落とし、砕け散った。
嘉音の左目が露になる。
黒い髪が揺れて、見開かれた眉間を血が伝った。
そこで見たのは――黒い瞳。
灰色ではない、純粋な黒に染まった左目。
私は砕けたマスクの欠片を踏んで、顔を押さえた嘉音の呻きを聞いた。
お前に、私の心は砕けない。
***
次話は日曜日に投稿します。




