35話:業風帝ウィンダイム
光が去ったあとに目を開くと、明るい青空の下に大きな草原が広がっている。
風が草の上を撫でていき、土と緑の臭いを運んでくる。
長い間、暗く閉塞感のあるところを移動してきたので、明るく瑞々しい自然の風景は解放感があって、鮮やかな青と緑に心が癒される。
「外出られた……?」
シオンがマップを開いて確認しているので、俺も開いて確認してみると洞窟の北の草原に表示がある。距離があるのか、マリンたちの位置はマップには表示されていない。
「この辺りは、ウィンダイムのいる草原ですね」
「その通り!」
セーレの言葉に、上空から声が降ってくる。
見上げれば、鳥に近い容姿の緑色の竜が空を飛んでいる。その竜は空を大きく旋回してから、俺たちの目の前に降りてくる。
竜の頭上にある名前は、業風帝ウィンダイム。
「クエストクリアおめでとう」
ウィンダイムが喋る。軽やかな風を思わせる少年の声だ。
「ずいぶんと悪趣味なクエストだったな」
「だーって、現実なんてろくなことないでしょ?」
「楽しいこともあるさ」
「そう? でも、この世界なら老いることもなくて、死んでも生き返る。働かなくても生きていけるよ?」
ウィンダイムが首を傾げている。
「確かに、それは魅力的だけれど、こっちの世界には足りないものも多いし、嫌なこともいくらでもある。さっきのクエストだっていけ好かないな」
わざわざ現実の嫌な部分を引っ張り出して、死んだ人間の姿を勝手に使ったことは腹立たしい。そして、セーレの精神をあそこまで追い詰めたのが許せない。
「ふーん。そうなの? 人間って面倒な生き物なんだね」
ウィンダイムは、他の竜と違って幼い雰囲気だ。
「ああ、面倒だよ。それで、相談なんだけど、フレイリッグ倒すの協力してくれないかな?」
一応聞いてみる。
「うーん。そうだなぁ。聞いてあげてもいいけど」
「けど?」
「この場の四人で殺し合いしてよ。そして、残り一人になったらお願い聞いてあげる」
雑談でもするような軽い調子でウィンダイムが言う。
「馬鹿馬鹿しい。帰ろう」
俺が言うと、セーレが首を振って大剣を抜く。モカがびびって後退るのが見える。
「いいえ、オレはこの竜倒してから帰ります」
セーレが剣の切っ先をウィンダイムに向ける。
「えー。君、物騒だなぁ」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「君、怒ってるの?」
「さぁ、どうでしょう? まぁ、以前からウィンダイム程度の難易度ならソロでも時間をかければ倒せるのではと思っていたのでいい機会です」
セーレがバフスクロールを使用する。ウィンダイムは一番最初に実装された竜で、プレイヤーのレベルに合わせて調整されたことはあるものの他の竜より難易度は低い。
「ボ、ボクも手伝うっす」
「私も」
モカとシオンにもバフのエフェクトが発生する。
「おいおい、皆……」
そう言いながら、俺もバフスクロールを使う。
ウィンダイムの態度には苛ついたし、悪趣味なクエストで味わった不快感もウィンダイムを殴れば多少すっきりするのではないかと思った。
「ジャスティスショット」
俺がスキルを使うと、セーレとシオンがバフとデバフをしてから、ウィンダイムに攻撃を始める。
「えっ、痛い痛い」
ウィンダイムが慌てて飛び立とうとするところに、セーレがウィンダイムの背中に飛び乗って上から攻撃を始め、シオンも槍で翼を攻撃し始める。
「ちょっと、やめてよー!」
竜巻のようなブレスが俺に飛んできて、よろめく。
痛い攻撃だったがクラーケンの攻撃より弱く感じるし、HPはすぐさまモカに回復されたので、俺もウィンダイムにデバフを入れて攻撃を始める。
「うん。なんとかなりそうだな」
そのまま皆でウィンダイムを攻撃し続ける。セーレを振り落とそうとウィンダイムが身体を振るが、セーレは全く気にした様子もなくウィンダイムを攻撃し続けている。
ウィンダイムは、翼を狙っているシオンのことも鬱陶しそうに前足で振り払おうとするが、動作が大きく予想もしやすいのでシオンはあっさり避ける。
「このペースですと二時間くらいですね。思ったより早いです」
「まぁ、景色もいいし、アダマンティアのとこのゴブリンよかましだな」
「えっ、えっ。アダマンティアのところ行ったの?」
「お前には関係ない」
バシンッと盾で、ウィンダイムの鼻の頭を叩く。
「やだー、アダマンティアのアイテムくれたら、フレイリッグのジジイ倒すの協力するからぁ~」
ウィンダイムが情けない声で鳴く。
「竜の言う協力ってあてにならないんだよね~」
シオンが、ウィンダイムの翼の付け根を攻撃しながら言う。
「それにアダマンティアのアイテムって、リングじゃないっすか。馬鹿にしてるんすか!?」
モカもウィンダイムを杖でポカポカと殴っている。モカが敵に近寄って攻撃に参加するとは珍しい。モカも鬱憤が溜まっているのだろう。
「えーん、本当に協力するするからぁ~。空からフレイリッグに攻撃してもいいし、なんなら僕を荷運びに使ってくれてもいいからぁ~」
「この世界で、一生オレたちにこき使われるという条件を飲むなら考えてもいいですよ」
セーレが、ウィンダイムに容赦のない攻撃を仕掛けながら言う。
「え、ええっ。それは……あ、痛い痛い」
「約束破ったら、こうして殴りにくるわけだな」
文句を言いながら暴れれているウィンダイムを攻撃し続けていると、HPが三割程度減ったところでウィンダイムは観念したように口を開く。
「条件飲むからぁ。もう殴るのやめてぇ」
まるで威厳のない竜の姿に、こいつは本当にあのウィンダイムなのだろうか、竜違いなのではないだろうか。と思ってしまう。
「どうする? セーレ」
「そうですねぇ……」
ウィンダイムにざくざくと剣を振り下ろしながらセーレが言う。目は冷ややかだ。
「そういえば、竜って倒しても復活するのでしょうか」
セーレの言葉に、ウィンダイムは危機感を感じたらしく動きを止める。
「えーん、もうアイテムいらないからお願い~」
「本当に?」
「本当に本当」
その言葉を聞くと、セーレがウィンダイムの背中から飛び降りて、シオンも攻撃を止めたので俺も下がる。
「ヒールお願い~」
「嫌っす。自然回復で頑張ればいいっす」
モカが、ツンと断る。
「人間冷たい」
「君の行いが悪いからだと思うなぁ」
シオンもウィンダイムに同情するような素振りは、まるでない。
「ごめんなさい」
ウィンダイムが深々と頭を下げる。
「しかし、イマイチ信用できないからどうするかな」
「こ、これあげるからぁ……」
ウィンダイムの前に、翼のレリーフがついたイヤリングが落ちる。
拾ってみると、ウィンダイムイヤリングと書かれている。効果は、風属性耐性アップ、移動速度アップ、クリティカルダメージアップ、麻痺耐性だ。
「シオンさんどうぞ」
拾ったウィンダイムイヤリングをシオンに渡す。
「えっ、いいの?」
「アタッカー向けだし、セーレはもう持ってるでしょ」
「はい」
「えへへ、じゃぁもらっちゃいます~」
嬉しそうにシオンがイヤリングを装備する。
「イヤリング一個だけっすか?」
「うう、一個しか持てない仕様なの」
「まぁ……仕様じゃ仕方ないか」
仕様と言われると、なぜか納得してしまう。
「さてと、どうしようかな。マリンさんたちと合流したいけど……。どこにいるんだろ」
「一緒に来てた人間? しばらく洞窟にいたけど帰ったみたいだよ」
「じゃー、リステルの村っすかね。クソ竜、乗せていってほしいっす」
「その言い方やめてよぉ」
そう言いつつも、ウィンダイムが地面に伏せるので、皆でぞろぞろと背中に乗る。
「振り落とされたりしないだろうな……」
若干不安はあったものの、ウィンダイムは俺たちを乗せてゆっくりと飛び立って村へと向かって移動していく。みるみる下界が遠ざかるが、ある程度高度があると怖いと言う気持ちはなくなる。
ウィンダイムは、馬車や船よりよほど早く移動していく。風が冷たいが、それは言っても仕方がない。
あっという間にリステル上空に来て、ウィンダイムが高度を下げる。
マリンが、セーレの家の前で俯いて座っているのが見える。
「先行ってます」
飛行中のウィンダイムの背中からセーレが飛び降りて、マリンに駆け寄っていく。
「他の人間も飛び降りる?」
「いや、他の人間さんは飛び降りないから、どこか空き地に下ろしてくれ」
セーレを人間の基準にされても困る。




