28話:西へ4
サティハラに到着して、シオンの友人がいるギルドハウスを皆で訪ねる。
最初に来た時は不安ばかりで、雨もあったから少し重い雰囲気だったなぁと思い出す。今日は、晴れていて爽やかだ。
「いるかなぁ……」
シオンが不安そうにギルドハウスの扉を叩く。と言っても、手紙をやりとりしているはずなので、単にいるか留守かの心配だけといった軽い様子だ。しばらくすると、中から知らないプレイヤーが出てくる。
「こんにちは」
「こんにちはー。……若鶏の軟骨唐揚げさんいますか?」
「あー。わかさんね。ちょっと待ってて」
ほどなくして、シオンの友人である若鶏の軟骨唐揚げが姿を現す。
「わー、シオン久しぶり~!」
「うん、久しぶり」
「レベル上がった?」
「うん、今95だよ~」
「……は?」
若鶏の軟骨唐揚げがフリーズする。そりゃそうだ。
「えっ、待って、おかしくない? 95はおかしいでしょ?」
「ええっ、うちのギルドだと私が一番レベル低いよ?」
「いやいや。どういうギルドなの」
「少人数狩りギルド……?」
シオンがこちらを振り返る。
なんだか居たたまれない気持ちになって、セーレ以外の皆が目を逸らす。
唯一目を逸らさなかったセーレが頷いている。
「はい、よく狩りに行きます」
「う、うーん。まぁ、そういうことにしておくよ」
それから、若鶏の軟骨唐揚げがセーレのことをじろじろ見る。
「いや、ほんとシオンの好きそうな顔してるわ……。シオンって、毎度セーレさんのこと手紙に書いてくるんだよね」
「ちょっと、わかちゃんやめてよー!」
シオンが慌てて若鶏の軟骨唐揚げの口を塞ぐ。
「何を書いていらっしゃるのですか?」
「ひーみーつー!」
「そうだねー。だいたい、いつもセーレさんが可愛……うぐっ」
若鶏の軟骨唐揚げがシオンに口をむぎゅっとされている。
「シオンさん、それいつも言ってないっすか? 今更隠す意味あるっす?」
「それとこれとは話が違うのー! わかちゃんこれあげるから!」
シオンが若鶏の軟骨唐揚げにBL本を渡す。
「えっ、なにこれ。どこに売ってたの?」
「ハルメリア」
「わー。他にもある?」
「小説あるよー。でも一冊しかなくて、まだ読んでないから……」
「えー、じゃあ、今度買いに行ってくるわ」
「こういうところが、オタク特有のフットワークの軽さだよね」
「じゃあ、俺たちは宿行ってるから」
「あー。うち泊まっていきなよ。部屋余ってるし」
というわけで今日は若鶏の軟骨唐揚げの所属しているギルドハウスにお世話になることになった。
「お客さん来るって久しぶり~」
ギルドハウスの中には若鶏の軟骨唐揚げ以外のプレイヤーが五名。こちらと同じくらいの規模のようだ。皆、服は普段着のようなスキンにしてるのでクラスやレベルはわからない。
軽く自己紹介をして、適当に近くにいるプレイヤーと話を始める。
「普段カーリスなんですね。やっぱり人多いですか?」
「そうですねー。結構人多くて、規模はまちまちですけどイベントも月に何回かありますね」
「いいなぁ。行こうかなーって思ったことあるけど、ちょっと距離がね。行ってもコルドくらいかな」
「ですよねー。うちも普段はそんなに遠出しないです」
「ライブは見たかったなー」
「……う、うん。面白かったですよ」
出演していたことが伝わっているかはわからないが、出演していないふりをして頷く。
「またやらないのかなぁ」
「それはわからないですけど、ハルメリアにカラオケできてましたよ。それと、黒猫のオーケストラコンサートも開催されてるみたいです」
「へぇ~。でも、やっぱ遠く行くのは怖いな」
「馬車あれば結構……あー、いや。敵出ることあるから、ちょっと危ないかもね」
つい最近バイコーンに追いかけられたことを思い出す。
「ですよね。わかさんはたまに出かけてるけど、俺はあんまり遠くには行きたくないなぁ」
そう思うのは、ごく一般的な感覚だろう。リアルでも猛獣が出るようなところや、治安の悪いところには近づきたくはない。
こちらでも敵がでたら怖いのは当たり前で、俺たちの感覚の方がずれているのだろう。
だいたいの元凶をちらりと見ると、セーレは交流する気はないのか端の方でクッキーとお茶を飲んでいる。そして、別の会話が耳に入ってくる。
「バルテルさんって、製作計算機公開されてましたよね?」
バルテルの前に柴犬のようなモッフルがいて一緒に話している。
「そうじゃよ。よく名前覚えてたね」
「ブログも見てて~」
「えー。なんか恥ずかしい」
そういえば、俺もそのツールを利用したことがある気がする。意外と皆のことでまだ知らないこともあるものだ。
「えっ、あれ作ったのバルテルさんだったっすか? めっちゃお世話になったっすよ~」
「まいどー。でも、データの更新はわしじゃけど、元のコード書いてくれたのはセーレくんなんだよね」
「セーレさんプログラマーかなんかっすか?」
「違います」
「じゃあ、リアル何やってる人っすか?」
モカの問いにセーレがめんどくさそうに俺を見てくる。
「はいはい、モカ。その辺で」
「えーっ」
「そういえば、マリンくんもゲームのブログやってたよね」
「わたしのはブログじゃないってー。SNSだって」
「おじさん違いがわからない」
「マリンさん、リアル戻れたらアカウント教えて欲しいっすー」
「いいよー。戻れたら、ね」
マリンは、少し含みのある言い方をして頷く。
ひとしきりワイワイとして、食事をとって寝室を借りると、同室のモカがウィッグを被って遊んでいる。今はサラサラの水色の髪だ。髪型一つで結構イメージが変わるものだ。
「シオンさんもリア友いていいっすよね」
「うん。リアルからの繋がりある人いるとちょっと羨ましいよな」
昔は、俺にも一緒にゲームをプレイする間柄の友人がいたことを思い出したが、このゲームを一緒にプレイすることはなかった。
もし、一緒にプレイできていたら、この世界で行動を共にできていたら。と考えないこともない。
「でも、レオさんたちとはリア友より、よっぽど仲良くなれたと思うっすよ。友だちってより、なんかもう家族みたいな感じっすけど」
「確かに、一緒に住んでるもんなぁ。ルームシェアってリアルだと無理だと思ってたけど、意外といけそうな気がしてきた」
「おっ、じゃあボクとシェアするっすか?」
モカがベッドに両手で頬杖をついて俺を見上げてくる。
「いやー。お前はいいかな……」
「なんでっすかー!」
「私生活だらしなさそう」
「えーっ、その通りっすけど……。じゃー、一緒に暮らすなら誰がいいっすか?」
「いや、そう言われると特には……」
女性陣とシェアするわけにもいかないし、クッキーはセーレの執事だし、バルテルは戸建ての実家暮らしだったはずだ。モカは、前述の通りだ。
「……もし、リアル戻れたら皆とこうやって会うこともなくなるんだなーって思うと、ちょっと寂しいっす」
「まぁ、たまにオフ会とかすればいいんじゃないかな」
「そうっすね~。シオンさんのリアル気になる……。あっ、クッキーさんが一番気になるっすねぇ」
「確かに」
ビジュアルも声も想像がつかなくて、しばらくクッキーの話題でモカと盛り上がった。
翌日はリステルに向けて馬を走らせる。以前は途中でアルヴァラを経由したが、狩場を突っ切って直接リステルに行こうということになった。
「イエーイ、流鏑馬!」
マリンが馬に乗りながら、前方の雑魚を弓でどんどん倒していき、漏れたものはセーレとシオンが適当に剣と槍で倒していく。
「うちのお姉さんたち怖いっす」
「敵に回したら勝てねーなぁ」
「ワンチャン、耐久パで頑張れば行けるかもっすよ」
「無理無理。瞬間火力で蒸発するって。ていうか、お前が落ちたら終わるし」
セーレとマリンはこの世界ではトップクラスの攻撃力だ。シオンは二人には劣るものの一般人とは言い難いくらいには強くなったし、シオンのデバフをかけられた上から他二人の攻撃を受けたらやばい。
「はっ……そうっすね……」
単純な距離の問題で移動に時間はかかったものの、敵のレベルが低いエリアなので大した障害もなくリステルの村に着く。
リステルは、この世界になって最初に訪れた牧歌的な風景が広がる村だ。
三人で困惑しつつも出発したのが、もう何年も前のように感じる。
あの時は村が妙に広く感じたものだが、改めて見ればそれほど大きくもない。
他のプレイヤーは、大きい街に移動してしまったのか見当たらず、NPCだけの長閑な雰囲気になっている。
「懐かしいな……」
「今日は、ここで泊まりっすかね」
「えーっと、セーレの家は家具ないよな……」
「わたしの家もここにあるよー」
「いや、マリンの家はダメでしょ。オレ家具買ってくるからそっちで」
「えーひどい」
「何がダメなんすか?」
セーレに、見たらわかると言われてマリンの家を訪れる。
扉を開いて、そして閉じた。
「ひどいな」
「これはダメっすね」
「マリンちゃんこれはダメだよ~」
「えー!?」
マリンの家は足の踏み場のない、カオス空間だった。
置けるスペースには全て物を置きました。という感じで、大量の家具が置かれていた。文字通り足の踏み場もないし、置かれた家具には統一性の欠片もないのが残念さに拍車をかけている。
ギルドハウスのマリンの部屋もあまり綺麗ではなかったが、それに輪をかけてひどい有様だ。
「マリンの部屋はリアルでも汚いから仕方ないかな」
「セーレぇえええ」
というわけでセーレの家に行く。相変わらず、ガランとしていて何もない。ある意味配置しがいのある家だ。
「えーっと、机……」
セーレが机を配置する。
「ちょっと、セーレ。そこに置くとドア通れない」
「あ、そっか……。でも、なんかマリンに言われるとイラっとする」
「どういう意味よ! って、あーだめ、そこだと椅子置けないでしょ」
マリンに文句を言われながらセーレが家具を配置していく。
「そういえば、壁紙も買ってきました」
セーレの言葉で家の壁紙が木の板からコンクリートになる。
「拷問部屋かよ」
「それは却下っす」
「あんたのセンスどーなってんのよ」
「頑丈そうかなって」
「セーレ様、こちらをご利用くださいませ」
クッキーが何かを渡したらしく、壁紙が白基調の清潔感のあるものに変わる。窓も青いカーテン付きの物に変わって、床には白地に紺の模様が入ったラグと、その付近に白いソファが配置される。
多少時間はかかったものの、くつろげそうな部屋ができた。生活感がなさすぎるのは少し落ち着かないが、ホテルと思えばいいだろう。
そして、現在のギルドハウスの配置はきっとクッキーかバルテルが整えたのだろうな。と思った。
夜になって、各々寝室として用意された部屋に入って行く中、シオンがまだ本を広げたままソファに座っている。
「夜更かしって珍しいね」
「本あればいくらでも読んじゃうよ~。まぁ、あんまりすぐに読んじゃうと楽しみなくなっちゃうから、今日はこの辺にしようかなぁ」
そう言って、シオンは本を閉じる。
「こっちの世界も楽しいこと増えてきて、なんだかこのままリアル帰れなくても、なんとかなっちゃいそう……」
「そうだなぁ。まぁ、すでになんとかなっていると言えばなんとかなってるよな」
「わかちゃん以外の友だちに会えないの寂しいなーとか最初思ったけど、会ってない友だちって結局年単位で会ってないから、その辺も妥協できちゃうなって」
「実家も帰らない年あるしなぁ……。こっちだと、たぶん不老不死っぽくはあるし、生活費とか全く気にしないでいいから、その辺はストレスないよね」
シオンとは、同い年というのもあるが、たぶんリアルの生活環境が近いだろうから、リアルのことを考える時の感覚はギルドのメンバーの中で一番近いと思う。
「そうなんだよねー。でも……、これが何年か、十年くらいして、いきなりなんらかの理由でリアルに戻ったりとかしたら、大変そうだなぁって」
シオンが言った内容は、今まで考えたことがないわけでもなかったが、十年などという単位では考えたことがなかったなと思う。
そして、諸々の可能性を改めて想像してみる。
例えば、向こうでこちらと同じだけ時間が経過していたら。
現実では身体を動かしているかどうかもわからないから、自分は寝たきりになっているかもしれない。
元気に動けたとしても、戻るまでに相当時間がかかってしまっては、年齢は四十、五十となっている可能性は十分ある。いきなり歳を取った自分の顔や身体を想像するのは穏やかではない。周囲の人間も様変わりしているだろう。いつの間にか親が他界している可能性もあるかもしれない。
人以外にも、経済やインフラなど変わっていて当たり前だ。リアルの世界に取り残されたまま、そこから新たな生活にすぐに適応できるかと言われると怪しい。
それなら、いっそ戻れない方がいい。
リアルで時間が経過していなかったとしても、こちらの生活にすっかり染まってしまっていては、やはり様々な弊害があるだろう。
「あるいは……、リアルに戻れなくて百年二百年ってこの世界が続いていったらどうなるのかな……」
「あまり、考えたくないなぁ……」
不老不死に憧れがないわけでもないが、誰も死なない閉じた世界がずっと続くとしたら、その環境で精神状態がどうなっていくかなど想像できない。
「あはは……。嫌な話しちゃってごめんね」
「ううん。でも、戻るなら早めに……って感じだなぁ」
「そうだねぇ……」




