10話:海戦3
蟹の攻撃にひたすら耐えていると、蟹の数が徐々に減っていって、やがて最後の一匹が泡を吹いて力尽きる。
「ふぅ……」
思わず、安堵のため息をつく。
俺の様子を見ていたセーレが、顔の前に片手を上げてごめんという感じのポーズをしてから、上にいるミストラルに呼びかける。
「クラーケンのHP見えますか?」
「はい。残り半分くらいまで減っていま……」
ミストラルがそう言いかけた時、海から津波のような勢いのある水とともにクラーケンが甲板に飛んできて、クラーケンは一番高いマストの柱の中ほどに体当たりをする。
そして、めきっと嫌な音がする。
「げ……」
その柱の上部にある見張り台に乗っていたミストラルが慌てている様子が見える。
「こっち! 飛び降りて! そこいると海落ちるから早く!!」
ミストラルはセーレの言葉を聞くと、すぐに甲板へと飛び降りてくる。ミストラルが着地でよろめいたところをセーレが引っ張って柱から離れさせる。
「船の前方に避難してください!」
皆が慌ただしく移動していく。
柱は途中までは緩やかに曲がっていったが、ある程度曲がると自重で一気に折れて倒れ、船の他の箇所に繋がっていたロープが一緒に落ちたり、切れたりして周囲に散乱する。見張り台があった場所は左舷後方の手すりを突き破っていて、そのまま乗っていたら海に投げ出されていただろう。
船の真ん中がクラーケンに占拠され、後方に行けなくなってしまった影響で船の前方には皆が密集し、動けるスペースがより少なくなってしまった。
「下にいる人には出てこないように伝えて」
人が密集していて少々窮屈だが、ひとまずクラーケンを引き付けて殴り始める。
触手は俺を狙ってくるものの、激しく上下左右に動いて攻撃を寄せ付けず、アタッカーの攻撃が通り辛い。クラーケンの後ろに行きたいところだが、どう見ても通り抜けられそうもないし、無理に行こうとしても海に落とされそうだ。
そこまで考えて、近くにいたタケミカヅチに話しかける。
「うーん……。タケさん」
「おう?」
「俺をクラーケンの後ろまで投げ飛ばせない? 俺後ろに行った方が他の人動きやすいと思うんだけど」
「構えわねぇが……」
「ま、待つっすよー! そしたら、ヒール届かなくなるっす!」
「あーっ、そっか……」
さすがにヒールなしでは死んでしまう。
「じゃあ、嬢ちゃんも一緒に後ろ行けば解決か。セーレ、いいか?」
「バフの更新などにも支障がでるので、パーティー全員で移動しましょう」
「おう。そいじゃ失礼して」
タケミカヅチがモカをひょいと持ち上げて左肩に乗せる。
「ぎゃーっ!? 投げるのはやめて欲しいっすよ~!」
「運んでやるから安心しな」
タケミカヅチはクラーケンの攻撃の隙をついて、モカとは反対側の肩に俺を乗せて走り出し、クラーケンの前方の触手を蹴って飛ぶ。
「ひーっ、目玉でかいっす~!」
確かに至近距離でみるとかなり大きく、その目玉が俺の動きを追ってくる。
タケミカヅチは飛び上がったあと、さらにクラーケンの頭部の上を走り抜けて後方へと着地する。船の後方には舵があったが、クッキーは避難したのか姿は見当たらない。
「いやー。ぬるっとして、落ちるかと思ったぜ」
「怖いこと言わないで欲しいっす!」
「あ、ありがとうございました」
俺たちが到着した後から、セーレがバルテルとシオンを抱えてクラーケンを飛び越えてきて、犬まっしぐらがクラーケンによじ登りながら、わたわたと追いかけてくる。
「いやいや、これ飛び越えるとか無理でしょ!?」
犬まっしぐらの行動も他のプレイヤーなら十分躊躇しそうだが、犬まっしぐらも文句を言いつつ皆に合流する。
クラーケンがゆっくりと方向を変えて、再度俺に狙いを定めてくる。
「足元、気を付けて。バルテルさん、邪魔になりそうなもの移動させておいてもらえますか」
後方は先ほど柱が折れた影響で、あちこちに木片などが散乱している。
「あいよ」
バルテルが障害物になりそうなものを拾って海に放り投げていく。
クラーケンの攻撃は最初の頃に比べて激しく、長い二本の触手を鞭のようにしならせて勢いよく攻撃してくる。俺に当たらなかった触手の一撃が船の木の部分を粉砕する。
鎧の上からでもかなりのダメージになるだろう。無理に受けずに避けられるなら避けたいところだ。とは言え、そう上手く避けられるような攻撃でもなく、強力な一撃を喰らって、船の手すりへと吹き飛ばされる。
「……っ」
声にならない悲鳴が漏れ、背中の後ろではメキッと木の折れていく嫌な音がする。
ヒールをもらってもすぐには身体が反応できずに、身体がふわりと浮いて手すりとともに落下していく。
「レオさん!」
寸でのところでセーレが俺の手を掴んで落ちるのは免れたが、触手がセーレに向かうのが見える。
「ファランクス!」
攻撃の直前でスキルが間に合ってダメージは軽減できたが、衝撃でセーレが姿勢を崩す。セーレは俺の手は離さなかったもののクラーケンが近寄ってきて、退路を防いだ上で複数の触手による攻撃を仕掛けてくる。
「タケさん、パス!」
セーレが叫んで、俺を思いっきり内側に投げ飛ばす。
「うわー!?」
なかなかの勢いで空中を投げ飛ばされたのを途中でタケミカヅチにキャッチされて、床の上へと下ろされる。
「セーレ! 大丈夫……」
すぐさまセーレの無事を確認しようと振り向くと、長い触手に巻き付かれたセーレの姿が見える。そして、セーレを掴んだ触手は、そのままセーレを勢いよく振り回し始める。
そろそろ俺がかけた緊急回避スキルが切れる頃だ。
「おい、イカ野郎! お前の相手は俺だろ!」
セーレを振り回している長い触手に斬りかかるが、びくともしない。
他のパーティーメンバーも触手を攻撃し始める。しかし、クラーケンは相変わらずセーレを離そうとしない。
締め付けによってか、セーレのHPがじりじりと減りだす。
「セーレさん!」
モカがセーレにヒールをかける。ヒールが間に合わない減りではないが、このままの状態ではモカのMPが枯渇するのは時間の問題だ。
「ええい、離しなさーい!」
シオンがクラーケンに飛び乗ってクラーケンの片目を槍で突く。
「グギャッ」
クラーケンが耳障りな悲鳴を上げてセーレを床に叩きつけてから手放し、暴れ始める。
「うわわっ」
クラーケンに乗っていたシオンが弾き飛ばされて、空に投げ出される。それを、近くにいた犬まっしぐらが手を伸ばして、船の上に引き留める。
「ベネディクション!」
叩きつけられた瞬間にHPが二割ほどになっていたセーレにモカのヒールが飛ぶ。セーレの身体の下の船は、衝撃で一部底が抜けて下が見えるようになっている。
セーレは起き上がるが足元が覚束ない様子だ。
「セーレさん、まだどこか痛いっすか?」
「大丈夫?」
心配そうな様子でモカとバルテルが駆け寄る。
「いえ、痛くは……でも、ちょっと……振り回されて平衡感覚が……」
「少し休んで」
バルテルがセーレをクラーケンから離れたところへと連れて行く。
そのクラーケンはというと盛大に暴れていて、周囲の床や手すりを破壊して回っている。
さすがにこの状態のクラーケンには誰も近づかずに遠距離攻撃が飛んでいるが、触手に弾き飛ばされて効果はいまひとつのようだ。
俺もスキルを使ってみるが、こちらに矛先を変える様子は見られない。
「シオンくん、ちょっと」
セーレの横にいたバルテルがシオンを手招きする。
「私?」
「セーレくんが、大砲上に持ってこれないかって」
「えーっと、台車に乗ってたからいけるかな? 見てくるね」
シオンが船の後方にある扉から船内へと入っていく。
しばらくクラーケンは俺の方には来そうにもないので、座り込んでいるセーレのところへ向かう。
「セーレ、さっきは助けてくれてありがとう。大丈夫?」
「ええ、トロッコよりよほどやばいですね」
「おう……」
それは、何が何でも同じ目には遭いたくない。
セーレは顔を上げて、クラーケンを見上げる。
「船……どれくらいまで壊れても航行できるのでしょうか……」
「マスト一本だけなら大丈夫じゃないかのう……。舵やられたり、船底に穴空いたらやばいと思うけど……」
皆でクラーケンを眺めているとシオンが戻ってくる。
「大砲持ってこれそうなんだけど、そこの扉通れなさそう」
「タケさん」
「おうよ」
特に説明もなかったが、呼ばれただけで理解したのか、タケミカヅチが船の扉を外してから周囲の壁を壊す。
この際、多少壊れたところが増えたところで気にするほどでもないだろう。
船内から大砲が一門運ばれてくる。大砲は、スペース的に置けてもあともう一門くらいだ。
「そこ、穴空いてるから気を付けてね」
シオンの誘導でミミが大砲を移動させる。
「うわぁ。間近でみると大きいですね……。発射していいですか?」
「お願いします。危なくなったら退避してください」
回復したのかセーレが立ち上がって指示をする。
「はーい」
ズドンと、弾が発射されてクラーケンに直撃すると、クラーケンの動きが一瞬止まる。
再装填してもう一度発射したものがクラーケンに命中すれば、クラーケンの目がギョロリと大砲を見る。
「ぴゃっ」
ミミが一歩後ろに下がる。
「こっちだ」
スキルを使うとクラーケンは俺の方を見て、俺に向かって攻撃をし始める。
「よし……」
暴れまわるクラーケンが落ち着いたのはいいが、攻撃を受けることになるので安堵はできない。所々、足場に穴が開いていて足元も確認しないと危険だし、中央付近の手すりはほぼ破壊されてしまって残っていない。吹き飛ばされたら海に落ちて終わる。
「攻撃再開! ミミさんもそこからお願い」
「は、はいっ」
クラーケンのHPはなんだかんだで残り三割ほどにはなっているので、このままいけば討伐できそうだ。
しかし、このままではなかった。
海中から蟹が五匹飛んでくる。
「ブリリアントオーラ!」
蟹に向けて範囲スキルを使うが……。
「ごめん。遠いやつスキル届かない!」
蟹が二匹こちらに来ない。
「そっち連れていくね」
マリンの声が聞こえてくる。それから、ほどなくしてマリンがクラーケンによじ登ってこちら側に着地して、遅れて蟹が二匹クラーケンの隙間から現れる。
「ありがとう」
蟹のターゲットを受け取ってから無敵を入れる。
「あー。こっちからじゃ、向こう戻れないな……」
マリンがクラーケンを見ながら言う。
「マリンはミミさんの隣で弓撃ってて。二人とも蟹優先で」
「了解」
「はい」
他のパーティーはこちら側に来れないので、必然的に蟹の相手は自パーティーと他二名だけですることになる。
「もしかして、こっち来ない方がよかった……?」
自分の判断でこちらに来てしまったが、過ちだったのではないだろうか。
「それは、終わってからでないとわかりませんね。イージス切れたらスクラム入れてください」
「う、うん……」
無敵が切れて、別の防御アップスキルに切り替えるが、クラーケンの攻撃もあるのでなかなか痛い。ただ、思っていたよりは蟹が倒されるスピードは速い。高火力アタッカー複数に大砲があるからだろう。
アタッカーが蟹に攻撃しやすいように、じりじりと位置を変える。
穴だらけの足元を見て、ふと思い立つ。残り三匹のうちの一匹の蟹に盾をぶつけて穴の方向にはじくと、蟹の身体半分が穴にはまって動けなくなってジタバタとしている。
「よし」
他にもいい穴はないかと思ったが、小さすぎるか、大きすぎて下にいってしまいそうだったので、一匹だけに留める。もう一匹には自分のスキルのホールドを使って、一匹だけ相手にするようにする。
身動きの取れなくなっている蟹は後回しにされて、動いている蟹から先に倒されていく。
その辺は指示がなくとも、ゲーム内からの知識で自然に連携が取れている。
最後に残った穴にはまった蟹は、皆から袋叩きにされて終わる。
クラーケンの頭上を見上げれば、他のパーティーが削っていて残り二割まで減っている。
セーレたちもクラーケンに攻撃を始めれば、目に見えて減りが早くなる。




