15話:開戦前日
12月23日。
「うー、緊張するっす。おなか痛いっす」
最後の定例会議が終わった夕方。ギルドの皆と合流するとモカがお腹を抱えている。
「大丈夫か?」
このゲームで腹を壊したことはないが、気分的な問題だろう。
「うー、こ、これはあれっすね」
モカがしゃきっと背筋を伸ばして、後ろにいたセーレを見上げる。
「セーレさん、手合わせしましょう!」
「はい」
「どういう気分転換」
思わずツッコミを入れてしまうが、そういえば俺もハルメリアのイベントの前にやったことを思い出す。
「いやいや。だって、セーレさんと比べればブラックナイツなんて大したことないと思うっすから、耐性をつけておけばいいと思うっす」
「なるほど?」
というわけで、皆でぞろぞろと闘技場に向かう。
「モカさん、素手にしますか? それとも……」
セーレがレーヴァテインを手にして、冷ややかに笑う。
「こっ、こわ!」
モカが怯えて後退る。
「で、でも……。そうっすね。武器ありでお願いするっす」
「では……。一分間オレから逃げてください」
「お、おおおう。やってやるっすよ!」
「どなたか開始の合図をお願いいたします」
モカとセーレが闘技場の対角線上の端と端に立つ。他のメンバーは巻き添えをくらわないように遠巻きに離れて待機する。
「じゃー、3、2、1、スタート!」
マリンが合図をすると、セーレが猛スピードでモカに向かって行く。かなり距離があったにも関わらず、一瞬で間合いを詰められてモカが悲鳴を上げながら逃げている。
モカもなかなか機敏な動きを見せているが、進行方向を読まれて右往左往している。
そして、セーレの大剣がブンと振られる。
「ひぃ……!」
大剣はモカの首にぎりぎり当たるか当たらないくらいで留められている。
「あばばばば、死ぬかと思ったっす」
モカがその場に尻もちをつく。
「さすがにオレもモカさんの首は落としたくないですよ」
「や、やっさし~……」
「もう一度やりますか?」
「……はいっす」
「俺も混ざっていい?」
明日に備えて、俺も少しトレーニングをしたくなって申し出る。
「はい。では、オレはモカさんを狙いますので、レオさんはそれを妨害してください。時間はさっきと同じ一分で」
セーレとモカが闘技場の両端に立って、俺が中央に立つ。
「3、2、1、スタート!」
マリンの合図でセーレが走り始める。その進路を妨害するように俺も走る。
「セイクリッドチェーン!」
引き寄せスキルを使う。エフェクトは出たもののレジストされて、セーレを捕まえることはできない。想定の範囲内だったので、すぐさま次の行動に移る。
「シールドストライク!」
あっさり避けられて、セーレはモカの方に走って行く。
「ぎゃー!」
モカを追い回すセーレを俺が追いかける。
「ジャスティスショット!」
セーレの背後から遠距離攻撃を飛ばすが、声で動きがバレたのだろう。セーレは右にすっと移動してこちらを見もせずに避ける。
「チートすぎんだろ!」
文句を言いながらセーレを追いかけるが、俺が追いつくより早くセーレがモカの首根っこを掴んでから、俺の方に放り投げてくる。
「うわっとと」
慌てて剣を放り投げ、その手でモカを受け止めて、ゆっくりと地面に下ろす。
「うーん。二十秒いかないくらいですか? やる気あります?」
セーレが鼻で笑う。
「きーっ! もう一戦っす!」
「おう、やったろーじゃねーかー!」
モカと二人してセーレの挑発に乗ってしまう。
「次、逃げきれたらモカさんのお願い一つ聞いて差し上げましょうか」
「ほっほーう……。じゃあ、ボクが逃げきれたらセーレさん、フリルたっぷりの甘ロリ着てもらうっすよ!」
「えっ、何それ! わたしも参加していい!?」
「わ、私も~!」
「わしも」
それまで観戦していたマリンとシオンとバルテルが話に食いつく。
「まぁ……いいですけど」
セーレは皆の反応に、少し呆れた表情をしつつも承諾する。
「それでは、わたくしがタイムキーパーを務めさせていただきます」
唯一話に乗ってこなかったクッキーが言う。クッキーはたぶんセーレには多少なりとも危害を加えたくないのだろう。
防衛側は俺を先頭にバルテル、シオン、マリン、モカの順で立つ。
安全性を考慮して、皆は武器のグレードを少し下げたものにして装備し直す。
「それでは……。3、2、1、スタート!」
クッキーの合図で、セーレと俺が走り出す。
デバフは当たらないだろうということで剣と盾だけで牽制するも、あっさり避けられ、後ろに控えていたバルテルがセーレに向かって鈍器を大きく水平に振る。セーレは、それを飛んで避けてバルテルの頭を蹴って、跳躍していく。
「ふごっ」
蹴られた反動で、バルテルはバランスを崩して前のめりに倒れる。今度はバルテルの後ろにいたシオンが、飛んでいるセーレの足に向かって槍を振り上げるが、セーレはその槍を蹴り飛ばして、地面に着地する。
「きゃぁっ!?」
槍に加わった衝撃で、シオンは倒れこそしなかったが、わたわたとしている。
セーレが二人の相手をしている間に俺はセーレの背後回り込んで、無言でシールドを構えて突進する。しかし、その動きも気づかれてセーレがぐるりとその場で一回転して大剣を振り抜く。
「いってぇ……!」
俺は弾き飛ばされて、後ろにいたバルテルに受け止められる。左肩に鈍い痛みが走って盾を取り落としそうになる。
「アローレイン!」
セーレに向かって、マリンの矢が雨のごとく降り注ぐが、セーレはそれを大剣で振り払ってそのままモカの方に走って行く。
「バーストショットぉ!」
マリンが放つ範囲攻撃をセーレが軽やかなステップで避ける。
「レギンレイヴー!」
そのセーレを狙って、シオンが槍を構えて突撃していく。
「ジャスティスショット!」
俺もセーレの回避の予測地点めがけて遠距離攻撃を飛ばすが、剣で弾かれる。皆、完全にやる気でスキルをガンガン使っているが、セーレにダメージを与えることはできないでいる。
皆が応戦している間にモカは離れたところに逃げていき、距離を取っている。そして、そのモカとセーレの間に、バルテルが進行方向を遮るように構えて立って、俺もその隣に並ぶ。
「残り十秒です」
これは、いけるのでは? そう思った瞬間、マリンとシオンの猛攻を抜けたセーレが俺たちの方に向かってくる。そして、セーレから容赦のない突進攻撃を仕掛けられて、俺とバルテルは吹き飛ばされた。
「5、4……」
そして、セーレがモカの前に迫る。
「これで、終わり……」
「3」
「ライト!」
「2」
「へ?」
セーレが間抜けな声をだして、モカの攻撃を顔面に食らう。モカが攻撃するとは、全く予想していなかったのだろう。
「1」
それでも、セーレは体勢を崩さずに手を伸ばしてモカを捕まえようとする。しかし、光で目をやられたのか寸でのところでモカを捉えることはできなかった。
「0」
クッキーのコールで、モカが闘技場の壁に背を預けて、ずるずると座り込む。
「いやー。怖かったっす……」
「え、嘘。オレが……負け……?」
セーレは信じられないという様子で呆然としている。
「あんた、5対1で何言ってんのよー! だいたい手抜いてたでしょ!? 慢心もいいところでしょ!」
マリンの言葉も耳に入らない様子でセーレは、項垂れている。
「えーっと、ヒールくれないかな?」
死ぬほどでもないが、セーレに吹き飛ばされて全身が痛い。
「お、おお。ごめんっす。セイクリッドヒール」
モカのヒールが皆に降り注ぐ。
「えへへー。それじゃー、ギルドハウスいきましょー」
シオンがルンルンの笑顔でセーレの腕を引っ張る。
「……はい」
ギルドハウスに着くと、さっそくセーレがピンク色の生地に白いフリルがふんだんに盛り込まれたロリータ服を着せられている。耳の上にはピンク色の大きなリボンがつけられている。
「ぶわーっはっはっはっは」
マリンが品のない声で大爆笑をしている。
さすがにこれはセーレのイメージと合わなさ過ぎて、俺も笑ってしまう。
「うーん。メイクで目元いじったらどうっすかね」
モカがセーレの顔を見て、大真面目に考えている。
「……好きにしてください」
セーレは、まだ放心状態なのかされるがままだ。
「あっ、わたしメイク道具持ってるよ!」
マリンも積極的だ。
「そうだなぁ。目つき鋭いから……」
「マリンさんメイク上手いっすね~」
セーレに施しているメイクを見ながらモカがきゃっきゃとはしゃぐ。
「わぁ~。なんか普通のメイクと違うね」
「コスでよくやるの~。ここにアイラインひくと、目が大きく見えるでしょー?」
「ふむふむ」
「ウィッグもあったらな~」
わいわいとしている女性陣とモカを眺めながら、バルテルが楽しそうにビールを飲んでいて、クッキーはオロオロと皆の様子を眺めている。
「まぁ、セーレには悪いけど、いい息抜きになったよな」
「そうじゃのう」
ひとしきり楽しんでから、早めの夕食を終えると、皆ぞろぞろと寝室に消えて行く。
セーレだけまだ飲み物を飲んでいて、ため息をついている。メイクは時間経過で消えてしまって、今はいつも通りの顔になって部屋着姿だ。
「今日はおつかれさん」
「ほんと疲れました」
セーレが何度目かのため息をつく。
「しかし、お前が本気だったら一瞬で終わってただろうなぁ」
「んー……。手加減しようと思っていたわけでもないのですが、武器あると下手したら大怪我させちゃうな。って思ったら……まぁ自然と」
「俺とバルテルさん吹き飛ばされましたけど?」
「二人は防御力高いのでいいでしょう」
「解せない。……そういえば、名前忘れたけど、以前レイドに襲われてた村に行った時」
「モラクスですね」
「そう。そんな名前。あの時、敵に絡まれてる俺に無敵使えって言って、それで俺ごと敵斬った時あったじゃん? あの時、お前の表情わりとびびってたよな~」
「……そんな昔のことよく覚えてますね」
「いやー。見たことない顔してたから印象に残ってて。それで、仲間思いで優しいとこあるんだろうな~って思った」
「そ、そう……」
セーレは少し恥ずかしそうにして飲み物に口を付けて、それから立ち上がる。
「それじゃ、今日は寝ますね。おやすみなさい」
「ああ。明日は頑張ろうな。おやすみ」




