9話:不穏な兆し2
トーナメントが行われる日になり、観戦しに闘技場へと赴く。バルテルとシオンも一緒だ。
「シオンさん、大丈夫?」
不安そうな表情で観客席に座っているシオンに聞く。
「無理だったら途中で帰るから大丈夫」
バルテルもそれほど楽しみには見えない。観客席はハルメリアの劇場と席数はあまりかわらないようだが、入場制限がないにも関わらず、ハルメリアの時ほど盛況ではない。
時間までに八割席が埋まればいいくらいだ。
闘技場の外には、以前ハルメリアに貸し出されていたスクリーンが配置されていたが、その周囲にも人はまばらだった。
「レオくんはなんで見に来たの?」
「うーん……。単純に応援に来たというのもあるけど……。この世界、いつ何が起こるかわからないし、対人も勉強……って言ったらあれだけど、耐性つけておきたいというか」
「そうじゃのう。わしも、若い子にあまり無理させたくもないから、何かあった時には動けるようにしておきたいよね。まぁ、その若い子が出場してしまっているから、なんかすでにアレじゃけど」
バルテルの言葉に、ははは。と力なく笑う。
開始時間になると、見知らぬプレイヤーが二人、それぞれ別の門から出てきて、開始位置に着いて戦いを始める。観戦は、初めは拒否感が強かったものの、距離が離れているのもあって、しばらくすればリアルな映画でも見ているような感覚に陥ってくる。死んでも生き返るという前提があるから、芝居の延長線上に見えてしまうのもあるのだろう。
何組か見ていると、先に攻撃を受けてしまった方がだいたい負けている。痛みで動きが鈍くなったり、そのまま戦意喪失したりしてしまうのだ。死んだところで生き返るのだ。必死で足掻くようなプレイヤーはほぼいない。
「これじゃと遠距離職が有利かのう……」
見ていると、バルテルの言った通り、ホークアイやソーサラーのプレイヤーの勝率が高い。
しばらくしてセーレが現れる。対人特化の赤と黒の鎧に身を包んでいる。相手はホークアイ。弓を使う遠距離職だ。
開始の合図が鳴り響いた瞬間、ホークアイはスキルを放つがセーレは避けもせずに突進し、剣で矢をいなして勢いのまま相手の肩から大剣で袈裟斬りにして、そのまま追撃を叩き込む。瞬く間に相手のHPはなくなりセーレの勝利となる。待機していたヒーラーがきて、負けた方にリザレクションをして回収していく。
躊躇のない攻撃だったが、早めに片がついたほうが相手も楽というものだろう。
しばらく倒した相手を眺めていたセーレが、ふと上を見上げる。それがちょうどこちらの観客席の位置で目が合う。セーレは目をぱちくりとさせている。観戦に来ると思っていなかったのだろう。軽く手を振ると、セーレも軽く手を上げる。
またしばらく他のプレイヤーの戦闘を眺めていると後ろから声がかかる。
「隣いいかな?」
声でアキレウスだとわかる。
「どうぞ」
「失礼するよ」
特に話をするでもなく、そのまま観戦を続けてセーレの出番を待つ。出場者は意外と多く、順番が回ってくるまで時間がかかる。
セーレの次の相手はソーサラー。魔法を使う遠距離職だ。
相手のソーサラーは開幕で、雷の魔法をセーレに向けて放つが、セーレはその攻撃を受けながら相手に向かって走って行く。HPが減っても勢いがまるで落ちないセーレを前に、ソーサラーは焦りながらも自身中心の火の範囲魔法を展開する。普通の相手なら避けるだろうが、セーレはそのまま突進攻撃をする。攻撃で吹き飛んで倒れかけたソーサラーに向かって、セーレが大剣を水平に振り抜く。防御力の低いソーサラーの胴が真っ二つになって、上と下が分かれて地面に落ちて、地面を赤く染めていく。
「いやぁ、あの子はやはり怖いね。敵に回したくないものだよ」
アキレウスが呟く。
「敵に回す予定があるんですか?」
「まさか。なんとしてでも味方にしておきたいね。まぁ、手元には置いておけないのは承知しているけれども。ほどよい距離感でいたいよね」
「じゃあ、あんまりおちょくらない方がいいんじゃないですか?」
「ふふふ。君も言葉に遠慮がなくなってきたね」
それから他のプレイヤーの試合が続いて、次のセーレの相手はパラディン。俺やアキレウスと同じ盾職だ。
二人して少し身を乗り出す。
パラディンはセーレの攻撃が直撃する寸前に、無敵スキルを使って攻撃に転じるが、その動きは予想できていたのか、セーレは軽やかに身をかわして大幅に距離を取る。そして、無敵が切れるタイミングに合わせて武器を弓に持ち替えて攻撃し始める。それがピンポイントで相手の顔面を狙いにいっている。パラディンは姿勢を低くして盾で防御しながらセーレに近づこうとするも、セーレの退く動きの方が早い。
「うわぁ。アレやだなぁ……」
アキレウスが呟く。
パラディンは防御しているもののセーレの攻撃力を前に、あっという間に盾や鎧が削れていき、最終的には盾が砕け散る。
「ああいう風になるんだ……」
今まで、そこまでダメージを受けたことがなかったので初めてみる光景だ。
盾のなくなったパラディンはスキルがろくに使えずに、剣を持ってセーレに走っていくが、大剣に持ち変えたセーレに鎧ごと叩き潰されて、その場に倒れる。
さすがに他のクラスより防御力はあるので、他のプレイヤーよりは長生きしたが、それだけだった。
「あれ、どうやったらパラで勝てると思う?」
アキレウスの問いに首を傾げる。
「早い段階で、引き寄せしてスタンいれて無敵で殴る……かなぁ。無敵解けたら反射かスクラムいれてホールドで……」
「うんうん。他のアタッカー相手ならそれで正解なんだけど、セーレ君にデバフはほとんど入らないんだよね。さっきのもたぶん引き寄せレジストされてたね。さらに言うと、僕の火力でもセーレ君のHP削りきれないからパラではお手上げだよ。他の物理職は余裕で食えるのに、やっぱスペックおかしいよね?」
アキレウスのスペックも相当化け物のはずだが、アキレウスでダメとなるとどうしようもない。一対一は諦めるしかない。
「そうですね……。まぁスキルや装備云々の前に、セーレの反応速度がおかしくて俺は無理かな……」
「それもあるね。野性的かと思えば理性的だし、読めないんだよね。あと、スキル言わずに使えるのやばいね。予測できないよ」
そういえば、常人はスキルを再現して使うなどという曲芸はなかなかできない。
トーナメントは順調に進み、出場者で残っているのは見覚えのある名前の強豪プレイヤーばかりになっていく。
準決勝になり、サマナーが現れる。サマナーは、本体を狙いに行くか召喚獣を狙いにいくかを臨機応変に判断しなければならず、上手い相手だととても苦労する。
だが、セーレの場合はその辺を見ていると鮮やかだ。
「惚れ惚れするよネ」
サマナーもここまで勝ち残っただけあって動きはいい方なのだが、セーレ相手では後手後手だ。サマナーと召喚獣が範囲攻撃で同時に沈んで準決勝は終了した。
決勝戦は、またホークアイが対戦相手となる。
「彼はブラックナイツのエースアタッカーだね」
弓を持ったエルフの男のプレイヤーの名前には俺でも見覚えがある。名前はミストラル。ホークアイではトップクラスのアタッカーだ。並のプレイヤーなら、戦場でミストラルに狙われたら、ミストラルの位置を確認する頃には死んでいるだろう。
戦闘が始まり、ミストラルの攻撃がセーレに向かう。セーレは先ほどのようには突撃せずに、距離を取って身を躱してから、上下左右にランダムに動きながら相手との距離を詰めていく。上下の動作が入る辺りが、理解の範疇を超えている。
ミストラルも反応が早く距離を詰められればバックステップで逃げる。
しかし、セーレが距離を詰める方が早い。そして、そろそろセーレの大剣の射程範囲内に入るというところで、ミストラルの弓が視界から消えて、耳慣れない音が聞こえる。
「え、何?」
シオンが思わず呟く。
「あれは……」
アキレウスが身を乗り出して険しい顔をしている。
ミストラルが手にしているものは弓ではなくなっていて、それから微かに硝煙の匂いが漂ってきて、セーレの足元には血が滴っている。
「銃……?」
会場がざわめき始める。
まさしく、ミストラルが手にしていたのは木と鉄でできた散弾銃のようで、そこから二発目が発射されてセーレの脇腹に当たってセーレはバランスを崩す。
「え、新武器?」
周囲からは驚きの声が漏れる。この世界に銃はこれまでなかった。
三発目がセーレの左肩を抉って、さらに何発も銃声が響いてセーレの左の指が一本飛んだように見えた。
「セーレさん!」
セーレの動きは完全に止まっている。残り三割以下になったセーレのHPを見て、シオンが悲鳴を上げる。
そこへまたミストラルが銃の引き金を引く。セーレはもう動くことはできないかと思ったものの、次の銃弾は横に避けてセーレの頬をわずかに掠めただけで過ぎ去っていく。
「ふぅん。威力はまぁまぁですけど……。この距離でも命中精度……そんなに高くないんですね。それとも使う人の腕が悪いのかな?」
セーレのその言葉の後に、ミストラルがさらに銃を撃とうとするが、何も起こらない。
「弾切れですか?」
ミストラルが慌てて、武器を弓に持ち変えるがセーレのスキルの方が早かった。
「それじゃ、お疲れ様です。……グラウンド・ゼロ」
HP30%以下で使用可能な、ベルセルクの高威力範囲攻撃の黒く禍々しいエフェクトが発生して、ミストラルが一撃で地面に倒れる。
銃も予想外だったが、ミストラルのHPが一撃で0になったのは強烈なインパクトがある。
決着がついたというのに、会場はしんと静まり返っている。
しばらくして司会がセーレの勝利を告げると、会場がざわざわとし始める。
「やっぱ、やべーなあの人……。ミストラルが即死って……」
「わざと瀕死まで減らしてグラゼロいれたのかな……頭おかしくない? 痛覚ないの?」
「それにしても、銃って……」
「銃より、セーレのがこえーよ。近づかんとこ」
そんな会話が聞こえてくる。
ちらりと横のアキレウスを見ると、苦虫を噛み潰したたような顔をしている。
「あれは……よくないね」
「銃のことですか?」
「ああ、おそらくプレイヤー製だ」
アキレウスが俺にだけに聞こえる程度のボリュームで囁いた。
「それでは、勝利者インタビューを。セーレさんいかがでしょう」
「そうですね。オレを倒したいのなら、せめてガトリングガンくらいは用意してきて欲しいですね」
セーレが冷ややかな表情で、右手で自分の首を斬るような挑発的な仕草をする。
「は、はい。ありがとうございました。賞品はこちらになります」
司会はびびりながらセーレに賞品を渡す。セーレはそれを受け取ると、すたすたと退場していく。
「迎えにいこっか」
シオンとバルテルに話しかけるが、シオンが立ち上がらない。
「シオンさん?」
「こ、腰が抜けて……」
セーレを迎えに行き、その足でイーリアスの城に立ち寄る。
「せっかくだから、お茶でも飲んで行ってくれたまえよ」
セーレに約束の品を渡し終えたアキレウスがそう発言する。
アキレウスからケーキと紅茶を振舞われるが、あまり食べたい気分でもない。ケーキを出したアキレウス本人も口をつけないでいる。
「いや、しかしセーレ君が勝ってくれてよかったよ。銃を持ったプレイヤーが勝利したとなったら、大ごとだからね……」
「そうじゃのう。ブラックナイツとしてはアレで勝利を収めて、自分たちの脅威を知らしめたかったのかもしれんの」
「でしょうね。さて、あの銃ですが恐らくは物理攻撃扱いですね。弾を装填する動作は見えなかったのでその辺はオートでしょう。硬直時間は5秒。ミストラルが持っていたとすると弓のパッシブは乗る可能性はありますけど……命中イマイチだったからそうでもないのか、作りが粗悪なのかな」
「……うん。銃より君の方が脅威かな」
「でも、知りたかった情報でしょう?」
「そうだね。ありがとう」
そう言うと、アキレウスは大きくため息をつく。
「どうかしましたか?」
「いや、心配したんだよ。僕のせいで君の名声に傷がついたら困るからね」
「そうですね。オレの名声に傷がつくと、オレの利用価値が下がりますよね」
「ああいや、ええと、ごめんね? 普通に君の身体の心配もしたんだよ」
「そう?」
そう言うと、セーレが目の前のチーズケーキを食べ始める。
「本当なのだけれどなぁ」
アキレウスはケーキを食べるセーレの様子を、頬杖をついて困った表情で眺めている。
「銃あるってことは……大砲や爆弾も作ってるのかな……」
シオンがポツリと呟く。
「そうだね。むしろ銃よりそちらの方が作りやすいのではないかと思うよ」
「そうですよねぇ。おっきな花火作れるくらいだから、その辺は余裕ですよねぇ」
「……シオン君。それ、悪意無しで言ってるのかな?」
ぽやんとした様子のシオンに、アキレウスが苦笑いを浮かべる。
シオンの言い草は、イーリアスも近いものを開発していただろうという意味にも取れる。
「なんのことでしょう? でも、あまりセーレさんに危ないことさせないでほしいです」
「ははっ、善処するよ」
セーレがチーズケーキを食べ終わるのを待って、城を後にする。
別れ際にアキレウスが「女の子は怖いね」と、ポツリと漏らしていた。




