3話:廃人のフレンドは廃人
ギルドでダンジョンに行った翌日の昼過ぎ。天気のいい休日ではあったが、新しい環境でゲームのやる気も出てログインする。
「こんにちはー」
「ちわっす」
「ちわー」
モカとバルテルがログインしていてすぐに返事が返ってくる。クッキーもログインしているが、反応がないのできっと製作で放置しているのだろう。そう思ってギルドハウス内を歩いてみると錬金部屋にクッキーがいた。
「二人とも狩り行ってます?」
「わしはこれからリアル用事あるから夜まで放置」
「ボクはオークション見張ってるっす」
「何か欲しいの出てるの?」
「はいっす。いつもより安いから欲しいなーって」
モカは収集癖があり衣装持ちで、可愛い衣装には目がない。
「なんの防具?」
「うさみみケープっす」
いかにもモカが好きそうな名前のその装備は、半年くらい前に実装されたもので、性能も悪くはなく見た目でも人気だの装備だ。ただし、非常にレアなドロップで入手はし辛い。
「ああ、それ今買わんほうがええよ」
バルテルが口をはさむ。
「そうなんすか?」
「現物かレシピかわからないんじゃが、新狩場でドロップあるみたいじゃから、これからどんどん下がっていくと思うよ」
「へぇぇ。じゃあ入札やめとこっ! ありがとー」
「どういたしまして。そいじゃ、離席~。おつ~」
「おつっす」
「おつかれさまー」
「モカ、どっか行く?」
「そうっすねー」
相談をしようとしたところで、目の前にセーレが出現する。
「こんにちは~」
「こん~」
「こんにちは」
セーレは一言挨拶をすると、一瞬でギルドハウスからテレポートで消えていく。
ゲームにログインする前からやることが決めているのだろうか、行動に迷いがない。そして、ログインしていない時間もちゃんとあるんだな。と、人間らしさを発見してなぜだか少し安堵する。
「レオさん、モカさん」
「はい」
「はい」
セーレに呼ばれて、二人仲良く返事をする。
「パーティー空きありますけど来ますか? フレパーティーなので編成偏ってますけど」
断る理由などない。
「行きますー」
「いくいく! 少しでも経験値入るならどこでもいいっすー」
「では、フレから勧誘行きますので」
しばらくすると知らない名前の人からパーティーの勧誘が来る。入ると、セーレ以外にすでに三人いた。初対面になる人々の職業アイコンを見ると、エンチャンター、ヒーラー、ヒーラー、さらにモカが加入してヒーラーが三人になる。事前に聞いた通りものすごい偏りだが、もしかしたら難易度の高い狩場という可能性もある。
「よろしく~」
「よろー」
「よろしくです~」
先にいる人たちが挨拶をする。すでに狩場にいるのか皆のHPやMPのバーが左右に揺れている。バフの状況を見るとセーレはすでに合流しているらしい。眺めているとそのうちのヒーラーの一人のHPが一瞬で消える。
「あっ!」
「エリシアねえさま~。アサシンは引いちゃだめですよぅ」
「へへっ、すまんすまん」
「起こしますね~」
エリシアというヒーラーに話しかけていたのは、メロンと言う名前のヒーラーで、俺でも知っている名前だった。ゲームで一、二を争う戦争ギルドのイーリアスに所属する超廃人ヒーラーで、前のギルドでもよく話題に上がった。ソーサラー並みの攻撃力を持ち、戦場では硬すぎて放置されるヒーラーとして有名なプレイヤーだ。レベルもセーレと同じ93で、本人以外の何物でもない。他の二人は91で、まぁもう見慣れた数字である。モカからは、高レベルヒーラーがいてお腹が痛くなりそうという囁きが来たが、陰ながら応援させていただきますと返した。
「えーっと、どこに行けばいいですか?」
「地下墓地の地下三階の大部屋です」
リコリスという名前のエンチャンターが発言する。言われた場所は新狩場で行ったことのない場所だった。
「とりあえず向かってみます」
モカと二人で、目的地の入口まではテレポートで移動して中に向かう。入口にNPCがいたものの、クエストはレベルが足りません。と言われて、受けることができなかった。
マップを見つつ移動すれば、道中はすでに人でいっぱいの人気狩場なようだ。おかげで敵に絡まれることもなくすいすいと通ることができた。石造りの建物内は薄暗く、重苦しい雰囲気の音楽が流れている。下るにつれてアンデッドが多くなっていく。
「おっ、きたきた」
「お待たせしました」
合流してみるとセーレ以外は三人ともエルフ女性で、色々と偏ったパーティーだなと改めて思う。エリシアとリコリスは、それぞれ別のギルドで知らない名前なので少人数の狩りギルドだろうか。高レベルでも知らない人はたくさんいるものだ。
「盾さま……!」
メロンがこちらに寄ってきてお辞儀をするので、俺もお辞儀を返す。メロンの髪は長い金髪で左耳の上に花のアクセサリーをつけている。
「盾さまが来たということは、隣の部屋のレイドつまみ食いいかがでしょうか」
わくわくとした雰囲気でメロンが言う。レイドはつまみ食いできるレベルなのだろうか。
「ほーい」
エリシアが気軽に返事をしながら部屋からできて、セーレとリコリスもエリシアの後から出てくる。エリシアは緩やかなウェーブのかかった長い銀髪に羽飾りをつけていて、リコリスは短めのボブヘアーの金髪で毛先は軽く巻いてあり、同じエルフ女性でも並ぶとそれぞれ印象が違う。
「えっと、俺レベル低いしあまり装備整ってないんですけど……」
「ヒーラーいっぱいいるので大丈夫です!」
メロンの周囲にキラーンと星が飛ぶ。よほどレイドが食べたいらしい。
「人気狩場なのに、レイドは残ってるんすね」
「はい! 超射程長い範囲攻撃で前衛どころか弓や魔法職もばったばった死ぬので! おまけに各種デバフもついてきます!」
嬉々とした様子でメロンが言う。
「そ、そうですか」
「私メインヒーラーしますね。モカさまは、デバフ解除メインでお願いします~。ねえさまはヒールとデバフ解除の補助お願いします」
「あいよ」
「は、はいっ」
「俺はやることありますか?」
「途中で子が沸くので、他にタゲが行かないようにしていただければ大丈夫です~。あっ、セレさまにいったのは無視していいです」
「わかりました」
隣の部屋に移動すれば、死神騎士という名のレイドがいる。全身黒の甲冑で双眸は赤く光り、黒いマントの裏地は血のように赤い。そして、同じ色の甲冑を纏った馬に跨り、血のこびりついた大鎌を手にしている。
「それじゃ、やっちゃいましょー」
メロンの合図で、レイドが開始される。ヒーラー陣はヒールの最大射程より遠くにいて、必要な時だけ近づくという動きで支援をしている。
聞いた通り範囲がとても痛い。範囲をくらうと俺とセーレのHPが三割程度、リコリスのHPが七割程度減って、その上でスタンや、毒、呪いなど様々なデバフがかかる。
頻度は高くないとは言え、後衛に当たれば恐らく即死だろう。
「ぎゃふっ」
そんなことを想っていると、デバフを解除しに近寄ってきたモカが、範囲攻撃の巻き添えをもらって一撃で倒れる。
「次の範囲のあとにおこすね~」
と、エリシアがタイミングを見計らってモカを復活させる。
「ありっす」
モカは、起き上がるなりそそくさと範囲外に走って逃げていく。
ヒーラー複数なだけあって、死神騎士の部下が出現してもHPに危なげはなく、緊急時もすぐにリカバリーがきいて安定感が半端ない。メロンのヒールはオーバーヒールもなく、エリシアもヒール被りは少なく他の二人のスキルのディレイに合わせて的確な補助を入れている。
盾職としては、ぜひともフレンド登録したい人物たちである。
そして、特に危なげもなくレイド討伐は終わる。
「ドロップびみょー」
エリシアの言葉を見て内容を確認すると、素材とレシピしか落ちていなかった。しかし、そのレシピ名には見覚えがあった。
「あーっ! うさみみケープのレシピ!」
「作るんですか? あげますよ」
レシピを獲得したリコリスが言う。
「わーい! 買い取ります!」
「じゃあ50kで」
「え」
50kとは、おそらくこのグレードのレシピをNPCに直接売却した時の価格だ。
「現物が30M超えですよ」
「そうなんですか? まぁ面倒なんで50kでいいです。普段からそんなもんですし」
「いやでも……」
「いーよいーよ、もらっときなよ」
「そうです、そうです。貰える物は貰っておきましょう!」
「え、えと、じゃあ……ありがとうございますっす」
エリシアとメロンに押されて、モカがリコリスからレシピを受け取る。
「どういたしましてー」
「じゃ、狩りしましょう!」
止まっていると死んでしまうのだろうか、メロンが先ほどの部屋に走っていく。
狩りはさすがのヒーラー三人だけあって、HPもMPも減る気配はなく、ヒーラーも一緒に攻撃魔法を撃っていて、ひたすら雑談をしている。
めちゃくちゃ経験値が増えるので、モカとともに課金アイテムの経験値倍増スクロールを投入してしまった。
「そういえば、セレさま。今日はマリンさまはいないのですか?」
「薄い本のイベントに行くって言っていました」
「薄い本……」
「あー、そういえば最近なんかはまってるって言ってたね。最近流行りの漫画だったかアニメだったか」
メロンとエリシアはよく喋る。セーレやリコリスは話しかけられたら返すというタイプのようであまり喋らない。
「皆さん、仲いいっすねー」
モカも最初は遠慮していたようだが、今は普通に会話に参加している。
「ふふふっ、照れますね」
「セーレさんとメロンさんって、まとめによくでてたから、もっと怖い人なのかと思ってたっす」
おいおい、モカくんそこは口に出さない方がいいんじゃないかと思いつつ、口から出てしまった言葉は消えない。
「あははっ。言われとる~」
「むー。ああいうのはだいたい捏造ですっ! 私はか弱いヒーラーですよっ」
「いや、それはないっしょ」
「ねえさま~~」
「ごめんごめん。でも、最近笑ったのはセーレとメロンさん付き合ってるっていうネタ。あれ、めっちゃ笑った」
「ああ……ギルドでもネタにされました……。恋人とかいたことないのに……なぜ……」
「メロンさん可愛いから、彼氏とかすぐできそうやけどな~」
「うう……。でも、彼氏かゲームって言われたらゲームですぅぅぅ」
二人はモカの発言を気にもせず、微妙にプライバシーを漏らしながらそのまま雑談を続けていく。
「皆さんは、リアルで会ったことがあるんっすか?」
「たまにオフ会してるよー」
「へー」
「ぼくは関東組ではないのでさっぱり」
「あれ、リコさんこの前関東きてなかったっけ?」
「東京の本社行ってたので、一時的にーです。また実家に戻りました」
「なるなる」
「モカちゃんたちは、前ギルドでオフ会とかなかったの?」
「ボクは誘われた当時に未成年だったから参加できなかったっす……。飲み会だったんで……」
「俺も、仕事の都合で行かなかったな」
今の会話を見ると、行っていたら楽しかっただろうなぁと思う。
「そっかー。あっ、あたし夕飯の買い出しあるから半で抜けるね~」
「はーい。そういえば、皆さん何時まで大丈夫です?」
時間を確認すれば早いもので午後四時。三時間近く狩りをしていたことになる。
「ボクは適当にコンビニで済ませるんで、いつでもいいっす!」
さすがにモカは若いから元気だな、と思っているとリコリスが発言する。
「おじさんは疲れたので、あと一時間くらいがいいです」
「俺もそれくらいだと嬉しいです」
「では、一時間で解散しましょうか。私もお腹がすいてきました。ぐー」
そんなこんなで狩りは終わり、レベルも上がり、街に戻って荷物整理をする。
「レオさん、レオさん。やばくないですか」
「うん? 経験値?」
「いや、それもっすけど、いらないドロップアイテム売ったら、めちゃくちゃ金増えたっす。そりゃ数Mとか雑になるはずっすよ……」
「どれどれ……、お、おう……」
長時間狩りをしていたこともあるにはあるが、普通なら一週間かもうちょっとかかるのではという稼ぎが出ていた。
「ボク、もう普通の狩りに戻れないかもっす……」
「わかる……」
「しかし、メロンさんめっちゃいい人でしたね」
「ああ。話してみないとわからないもんだなー」
「あっ、そうだ。レオさん、オフで会わないっすか?」
「急だな」
「いやー。なんか、今日の話楽しそうだったし、もう成人したし居酒屋とかでもOKっすよ!」
まぁ、そこそこ長い付き合いだし、よく二人で通話をする仲だけあって会うのに抵抗もない。
「わかった。モカは家どこだっけ?」
「神奈川っす~。レオさん東京っすよね。よし、明日会いましょう」
「急だな!?」
ゲーム内通貨の数え方。1k=1,000、1M=1,000k