19話:船旅1
皆が揃って準備が整い、若鶏の軟骨唐揚げに見送られて船に乗る。
船は小さな定期便で、これで大きな港まで行って別の船に乗り換える予定だ。
「ボク、船初めて~」
モカが楽しそうに甲板をうろうろしている。
「落ちるなよー」
「お、落ちたら窒息……溺死っすかね……?」
「ありえるなぁ。溺れて死んだ人いるらしいし……」
その言葉を聞いたモカが、俺の近くにそそくさと寄ってくる。
「まぁ、よほどのことがなければ落ちないだろ」
「うん……」
船が波をかき分けてゆっくりと進み始める。
「本日天気晴朗なれども波高し~」
「なんですか? それ」
「昔の軍人さんのー……あっ、サメいるー」
「どこですか」
「あっちあっち」
シオンとセーレは並んで海面を見つめて、他愛のない話をしている。
「おおお落ちたらサメの餌になる可能性もあるんすか」
「そんなにびびるなって」
「でも~」
「結構時間かかるって話だから、食材の足しに釣りでもするかな」
そう言って釣り糸を垂らすと、一人でいるのが怖いのかモカがついてくる。
昼の鮮やかな青い空に青い海。水平には白い雲が浮かんでいて、風が心地よい。
「平和だなぁ……」
釣りをしたり雑談をしたりして過ごしていれば、次の港までの折り返し地点を過ぎる。インベントリが魚でいっぱいになって、使わなさそうなものを整理してまた釣ってとしていると、船の下に黒い影が見えてくる。
「うん……なんだろう?」
岩かとも思ったが、だいぶ沖の方だからそういう物でもなさそうだ。一旦釣りの手をやめて他の人に意見を求めようと振り返った瞬間、海面からぶわっと何かが飛び出してくる。
咄嗟に盾を構えて弾いたそれは、吸盤がびっしり並んだ巨大な青い触手だった。触手は軽く触れただけだったが、相当な重さがあって俺はバランスを崩す。その触手は二本、三本と海中から伸びてきて船に巻き付き始める。
「ぎゃー!?」
モカが悲鳴を上げて俺に抱き着いてくる。
セーレがシオンを抱き寄せて触手を斬っているが、イマイチ手応えはなさそうだ。
「あんちゃんたち、こっち!」
乗組員たちは手漕ぎの小さな船を海に下ろして乗り移っていく。
「行くぞ、モカ……うおおおっ!?」
移動しようと思った瞬間、船が音を立てて真ん中で真っ二つに折られて、モカと一緒に海に放りだされる。咄嗟のことでセーレたちの姿は確認できなかったが、俺とモカは海中に落ちた。
鎧では泳げないかとも思ったが意外にも海面に浮上でき、すぐ近くであっぷあっぷしているモカに手を伸ばす。
「これ」
流れていた船の破片らしき木の板をモカに渡す。
「ぷは……、な、なに。タコ? イカ?」
触手はまだ船の一部を破壊して回っているが全体像は見えないので、何の生き物かは判別がつかない。ひとまずあれの近くから離れようと泳ぎ始めるが、潮の流れで勝手に別の方向に流されていく。触手からは遠ざかっていったが、同時に乗組員たちのボートからも離れていく。
「ど、どーなるんすかこれぇ……!」
どれほど流されたかはわからない。かなり長い間海を漂って、気づけばどこかの島の浅瀬について陸に上がることができた。しかし、近くに人影や建物はなさそうだ。
陸の方は南国風の木が生えている。
この世界のことだからそのうち乾いていくだろうが、海水に全身ぐっしょり濡れて気持ち悪いし水分を吸った服が重い。
「えーっと、ここは……もしや、む、無人島……とか?」
「まままさかそんなことは、ない……と思いたいっす」
「とりあえず、少し見て回ろうか」
「う、うん」
二人で白い砂浜の上を歩き始めるが、同じような風景が広がるばかりで、人工物の姿は発見できない。
「ガチで無人島っすか……ね……?」
モカが青ざめて口を開いた後に、海の方から物音がして振り返る。
「あーっ……もう」
シオンを担いだセーレが、海水で濡れた髪を鬱陶しそうにかき上げながらこちらに歩いてくる。
「せ、セーレさあああん!」
モカがセーレに駆け寄っていき、俺もそれに続く。
「シオンさんは大丈夫?」
「は、はひ……おかげさまで……」
セーレに支えられながら、シオンがよろよろと浜辺に立つ。
「同じところに流れ着いて、ひとまずよかったな」
安堵して胸をなでおろす。
「マップに位置が表示されていましたので、その辺は心配していませんでした」
「はっ」
動転してマップを見るのを忘れていた。改めてマップを開いてみると、ここには小さな島の絵が描かれているだけで、何の表記もない。
「やっぱ……無人島?」
「その可能性が高いですね」
「えええ、どうするっす……っくしゅん」
海水で冷えたのかモカがくしゃみをする。
「あーだいぶ冷えたもんな」
「そうですね。とりあえず火出しますよ」
セーレがソーサラーにクラスチェンジをして、近くに落ちていた流木に火をつけようとするも火の玉が派手に流木に当たってそのまま消し炭になる。
「……ちょっと練習します」
セーレは、黒に金糸の刺繍の入ったローブに着替えて火を出しているが、上手く調整できないのか爆破がおきたり火柱が上がったりしているだけだ。
「うーん、攻撃魔法だから……無理っぽいですね」
「あ、でもちょっとあったまったっす」
「では、MP無くなるまでとりあえず火出しておきますね」
そんなわけで、セーレのMPが尽きるまで派手な火柱で暖を取る。その間に服は乾いていって、だいぶマシになった。
「さて……」
マップを皆で眺めてため息をつく。
何度見ても、自分たちがいる場所は小さな無人島だ。周辺にもぽつぽつと同じような島はあるが、それだけだ。
モカが木の枝を拾って砂浜に地図を描き始める。
「今いるのがここ。こっちがカーリスとかある方の大陸。こっちはヴェルダバッシっすね」
ヴェルダバッシは大きめの島だが、ほぼほぼ砂漠になっている狩場で、大きな街は二か所。一応そこに行けば船は出ているはずだ。
「近いのはヴェルダの方……だけど」
泳いで行くには少々遠い距離で、途中で力尽きてしまう可能性が高い。
「救援は期待しない方がいいだろうから、脱出方法を考えるしかないが……」
「イカダとか作れないのかなぁ?」
シオンが遠慮がちに発言すると、皆が呟く。
「イカダなぁ……」
「イカダですか……」
「イカダっすかぁ……」
「な、なに……?」
「レシピ登録してる人―」
その場の全員が首を振る。
ひとまず島の内側なども探索を始める。効率は落ちるが、何があるかわからないので行動は全員一緒に、だ。
「いやー、なんもないな……」
建物の影はなく、見かけるのは小さな動物や虫程度だ。そして、何も見つけられないまま島の反対側にでてしまう。
「どうしようねぇ……」
「うーん、俺はもう思考放棄したい。セーレ何かない?」
「オレも考えたくないですが、そうですね。とりあえず、木は周辺にあるのでレシピはなくても何かは作れるかもしれませんね……」
「工作得意な人―」
セーレとシオンは首を横に振る。
「裁縫はするっすけど……うーん、工作は……パーツ作りくらいっすかね……」
「俺も学生の時に授業でやったくらいだなぁ」
「モカちゃん、イカダのレシピ作れないの? お洋服みたいに」
「既存であるやつは作れないみたいで、イカダはよくわからないから描けないっす……」
「そっかー……。丸太つなげるだけで浮くのかな……?」
「何か浮力あるものが必要だとかどこかで見たような……」
皆でため息をつく。
「とりあえず木でも切ってくるか」
採集用の装備を持って、使えそうな木……と言っても曖昧だが、ゲーム内でよく木材にされている木に近いものを伐採して皆で集める。
「今日は野宿かなぁ……」
日はまだ高いが、今日中に何かできるとも思えない。
「寝るなら屋根ほしいよな……」
「あっ、馬車呼べないっすかね」
モカが馬車を呼び出そうとするが、首を振る。寝袋はあるもののいざ使うとなると、それだけでは心もとない。
ひとまず風雨が凌げそうなものを作ろうということで、伐採した木を棒に加工して地面に打ち込む。そこにシオンが持っていた裁縫用の布を丈夫な生地に加工して仮設のテントを作る。
「ちょっと狭いけど……。ごめんね、シオンさん」
「えっ? 私?」
「男ばっかりでしょ」
同じ部屋で寝ることはあるが、さすがに今回は距離が近くなりすぎる。
「ああ。えーと……、うん大丈夫。ありがとう」
テントはできたものの、あれこれ試行錯誤しながらの慣れない作業だったので時間を食ってしまって、日が傾き始めている。
「腹減ったっすー」
「ああ、夕飯なぁ……魚介はいっぱいあるけど……。それ以外の卵とか小麦とかは持って二、三日分だな……。塩は無限に手に入りそうだけど」
「塩分過多で死んじゃうっすよぉ」
「オレ、果物とかないか探してきますね」
「あ、私もいく~」
「俺らも反対側探すか」
島は広くないし、危険もなさそうで合流も容易なのでセーレたちと反対側で採集を始める。
植物を採集してツールチップを確認すると、食に適しているかの評価が書いてあるものもあったので、美味そうなものをとりあえずストックしていく。
「まさか、サバイバルすることになるなんてな」
「幸い死にそうにはないっすけど……ここで一生は嫌っすよぉ」
「そうだな。無人島生活はやだな。もうちょっと文明発展してるところで暮らしたい」
この頃はリアルがどうなっているかを考えるのは皆やめてしまって、基準がだんだんこちら側に移ってきている気がする。
適当に食べられそうなものを集めて帰ると、セーレたちも戻ってきている。
「レオさんこれ調理してください」
セーレからトレードで鳥肉を渡される。
「あれ、鳥肉持ってたの?」
「飛んでたのを弓で獲りました」
「そ、そう」
調理はスキルでできるので、無人島にあまり似つかわしくない料理ができてくる。オリジナルレシピというところに、とってきた食材に小麦などを追加して製作スキルを使う。
「このフルーツサンド結構いけるね」
「ベリーのケーキもいいっすよ」
「うーん。このジュース砂糖の塊みたいです」
「一口ちょうだいっす」
「はい、全部差し上げます。レオさん緑茶あったらください」
なんだかんだわいわいと夕食はすぎて、夜間は見張りを一人立てて交代で寝ることになった。無人島の夜は静かなものかと思ったが、波の音に加えて、風で木々の葉が擦れる音、虫の音など意外と煩い。
見張りの時に、空を見上げれば満天の星空で美しい。幼い頃、流星群を見る度に星空を見上げたことがあったが、あの時にはこれほど星はなかった。




