16話:モカの家
モカが購入したプリンセスと名前のついていた馬車は、白とピンクで構成されていて、フリルとドレープたっぷりという謳い文句が似合う華やかで可愛らしい馬車だ。一人では絶対乗りたくない。馬車の中は、座席は柔らかくて設備としてクッションが沢山置かれていて、床には柔らかな毛皮が敷かれている。
助けた三人も一緒に次の街まで乗せていくことになり、向い合せに座って皆で乗り込む。三人は少年を真ん中にして座って、俺たちは、俺、モカ、シオン、セーレの順で座る。
「うわー、ふかふか」
シオンが靴を脱いで足を下ろす。
「ああ。見た目はちょっと……だけど、疲れた体にはいいな」
俺も装備のスキンをラフなものに変更してから、背もたれにもたれかかってクッションを抱きしめる。
「見た目はちょっとってなんすかー!」
「そうですね。見た目は好みではありませんが、中の居心地は悪くないですね」
セーレも背もたれの様子を確かめてから深く腰掛ける。
「これだから野郎は!」
と、モカが言う。
「お前が言うなよ」
「わ、私は可愛いと思うよ~」
「わーん、シオンさん。ありがとー!」
などと会話をしている間に、向かいに座っていた三人は緊張が解けたのと疲労もあったからか寝てしまっている。
「うーん、ボクもちょっと……」
モカが俺にもたれかかってきたかと思えば、すぐに小さな寝息が聞こえ始める。自動走行になっているので、持ち主が寝てしまっても問題はないらしい。
「お疲れだねぇ……」
シオンがモカを見て微笑む。
「シオンさんも疲れてたら寝ていいよ。俺見張りしてるし、セーレも……って」
セーレの顔を見るとすでに目を閉じてスヤスヤと眠っていた。
「あらあら」
シオンは馬車にあったブランケットを眠っている皆にかけていく。
「ねぇ、レオさん」
「うん?」
「私、レオさんたちについてきちゃったけど……。あまり役にたってなくて、というか足手まといだよねぇ……」
「……まぁ、レベル的に見ればそうなるけど、もうそういう世界でもないと思う。俺はシオンさんいて助かってるよ」
「あー、えっと、フォローしてくれなくてもよくて……」
「いや、俺とモカとセーレの三人だったら、今頃喧嘩別れしててもおかしくないというか、ね? 俺の心労もやばいし」
「そう? 二人ともいい子だし、それはないんじゃないかなぁ」
「いや、ほんとに。俺、この二人が喧嘩したら仲裁とか無理だし」
「えーっ、それは私も難しいよ」
「でも、シオンさんいてよかったな。って思うことは結構あるからさ、逆に俺たちに愛想つかさない限りは、一緒にいてくれると助かるよ」
「……ありがとうね。でも、なんだかそう言われると、ちょっと恥ずかしいな」
「……お、俺も……恥ずかしいこと言ったな……。あの、変な意味で言ったわけじゃないから……ね?」
なんだか口説いているような言葉を使ってしまって、慌てて訂正する。
「わかってますよーっ。ふふっ」
見張っていると言ったものの、ふかふかのクッションとほどよい振動で、結局いつの間にか全員眠ってしまっていて、馬車が目的地に到着して停止した動きで目が覚める。
瞼を擦りながら馬車の外に出ると、一風変わった風景が広がっていた。
芸術の都ハルメリア。
そう呼ばれる都市は、緑豊かな地の大きな湖の上に円形に広がっている街だ。街の中に行くためには繊細なレリーフの施された白い橋を渡っていくこととなり、橋の先にある街の入口には片翼の天使の像が一対並んでいる。
ハルメリアの街は、白い壁に薄緑色の屋根の建物が立ち並び、家々の窓や庭には花が飾られて、どこからか音楽が流れてきていて華やかな雰囲気だ。街の中央には何かの記念碑と、それを囲むように聖人の像がいくつか並んでいる。
村で助けた三人とは入口で別れて、またいつもの四人で街を歩き始める。
「へぇ~、こうして見るとやっぱ綺麗っすねぇ」
モカが立ち止まって上を見上げる。芸術に関心のない俺でも見応えがある美しさだ。
「じゃあ、とりあえず宿を……」
「その必要はないっすよ!」
「うん?」
「ボクの家ここの街にあるっす」
「ああ、そういえばそうだったな」
まだ正常なゲームだった頃に、そんな話をしたことがある。確かに見た目にこだわるモカであれば、ここに家を持っているのは納得だ。
「わぁ~。モカちゃんのおうち楽しみ~」
顔を輝かせるシオンの横で、セーレは興味なさそうにしている。そりゃ、ハウジングやる気ゼロのプレイヤーにとっては人の家など興味ないだろう。
「こっちの方っすよ~」
ルンルンとモカが軽く急ぎ足で進んでいく。プレイヤーの居住区に入ると、庭先に花が咲いている家へと案内される。
「お邪魔しま~す」
モカに続いて、シオンが入っていく。
入ってすぐの部屋の内装は白い壁にマホガニーの家具が置かれていて、おしゃれな雰囲気だ。窓際にあるテーブルの上にはケーキスタンドと紅茶のセットの家具が置かれていて、テーブルの周りを囲む椅子の上の一つにはテディベアが置かれている。
「寝室は二階っす」
案内されると天蓋付きのベッドや化粧台が置かれている。
「ベッドいくつかストックがあるんで、後で配置変えるっす」
「いいなぁ。マイハウス」
「買うならお金出しますよ」
「だ、大丈夫。持ってても立ち寄るかどうかわからないから」
セーレの提案にシオンは慌てて手をわたわたとさせる。
「せっかくだし、お茶するっすか? あっ、時間的に夕飯っすかね」
昨日のクエスト以降、あまり食べていなかったが、さすがにお腹はすいてきている。今日通った村も凄惨な様子だったが、食事が喉を通らないというほどでもないのは、感覚が徐々に麻痺してきているのだろうか。
「じゃー。飯、何食う?」
「うーん……今日は、お米食べたい気分っすけど……」
「あっ、お寿司食べたいな~」
「たまにはお寿司もいいですね」
「ボクも~。ネタって種類選べるっすか?」
料理の製作ウィンドウを出して確かめる。
「えーっと……そこそこ種類あるけど、魚がないとダメだな……」
「釣り行くっすか? すぐそこの湖で釣れるはずっすよ」
「湖だと淡水魚? 何の魚がいるのかなぁ」
シオンが首を傾げながら聞く。
「なんでも釣れるっす。海のでも川のでも……。その辺はこのゲーム雑っすよね。ああでも、海だとクジラとかサメとか釣れるみたいなんで、一応違いはあるんっすかね」
シオンの分の釣り竿を購入して、皆で橋まで歩いて釣り糸を垂らす。
「セーレさんの釣り竿、最上級のやつじゃないっすか。釣りとかやらなさそうなのに、意外」
「釣りのイベントがあった時に買いました」
「なるほど~。リアルではやるんすか?」
「いいえ。ワカサギ釣りなら連れていかれたことはありましたが、寒かった記憶しかないですね……」
「ワカサギって……鳥っすか?」
「お魚だよー。寒いところで氷に穴開けて釣ったりするの」
シオンが代わりに答える。
「へーっ、面白そうっすけど、氷の上ってちょっと怖いかも」
「確かにちょっと怖いねー。モカちゃんとレオさんは魚釣りしたことある?」
「ボクはないっすー」
「俺はたまに行くけど結構楽しいよ。場所によっては釣ったの料理してくれるところもあるし」
「いいなぁ。新鮮で美味しそう。リアル戻ったら私も釣りやってみようかな」
「リアルかぁ……」
すでに忘れがちだが、どうなっているのだろう。
そして、リアルと違って魚はポンポン食いつくので、あっという間に釣った魚でインベントリがいっぱいになっていく。なんなら魚だけでなく蛸や海老まで釣れた。
「……よーし、いっぱい獲れたし戻るか」
「お魚お魚~」
シオンが嬉しそうに寿司を食べている。魚のネタならわりと何でも好きらしく、満遍なく食べている。
「レオさーん! 卵のお寿司欲しいっす! あ、あとカッパ巻きも。サビ抜きで!」
「魚を釣った意味とは」
「サーモンください」
「セーレ、お前はサーモンばっかだな」
「イクラも食べてますよ」
「元は同じだろ」
久々の寿司を楽しんで、皆が食べ終わった頃に追加で緑茶を出す。
「はぁ~あったかいお茶って落ち着くよねぇ」
「しみるっすねぇ」
この部屋の内装とはちょっと不釣り合いな光景だが、湯呑で温かいお茶をすすりながら、しみじみする。
「そーいや、楽器拾ってたっすけど、最近音楽聞いてないから、何か音楽聴きたいっすねぇ……」
「家具でジュークボックスとかなかったっけ?」
「うーん、ゲームの曲じゃないのがいいっす。セーレさんバイオリン弾けないっすか?」
「弾けますよ」
「そうっすよねー。バイオリンなんて……え?」
「習っていたので、多少は」
「ええっ」
「でもまぁ、しばらく弾いていませんので腕は大目に見てくださいね」
セーレは立ち上がって、バイオリンを手にして弾き始める。タイトルはわからないが、どこかで聞いたことのあるゆったりとしたクラシックの曲が流れ始める。
素人なので良し悪しはわからないが、聴いている限りは音色が耳に心地よく、演奏するセーレの姿は優雅で品がある。
「はぁ~……意外な特技があるもんっすねぇ……」
「それは褒めているのですか?」
演奏を終えたセーレが、首を傾げる。
「うん。セーレさん、戦闘バカの狂戦士だと思ってたっすから!」
「へぇ……」
「どうどうどう」
「ふふっ、怒ってはいませんよ」
二人の間に割って入ると、セーレが微笑む。
「バイオリン、別に好きではなかったと思っていたのですが……。久々に弾いてみると楽しいものですね」
「嫌いでやめちゃったっすか?」
「プロを目指していたわけでもありませんでしたし、自然消滅ですかね。せっかくなのでもう一曲、何か弾きましょうか」
「アニソンいけるっすか?」
「うーん、アニメは見ませんが……マリンに薦められた曲ならわかるかも……」
結局その後は、一曲といわず皆のリクエストでセーレは何曲か曲を披露してくれた。
「いや~……セーレさんのイメージかわったっす。めちゃ上手かったっすよね? 複雑な曲も弾いてたし」
セーレは演奏の後で風呂に入ってしまったので、この場には不在だ。
「私、昔ピアノ習ってたけど、即興で弾くなんて無理だなぁ。というか、実家帰った時に弾いてみたらぜんっぜん弾けなくなってて、バイエルからやり直さないと無理だぁ~ってなったよ……」
「ボクもピアノ少し習ったけど、すぐやめたっすね」
「俺もギターかベースやろうと思ったけど、コード覚える時点で挫折したわ」
「バンドマンでも目指したかったんすか?」
「そういうわけでもないけど、弾けたらかっこいいかなーって……」
若気の至りというやつだ。あまり聞かれると恥ずかしい。
「でも、特技あるっていいっすよね」
「モカちゃんも絵上手だし、お裁縫得意なんでしょ? すごいよ~」
「え、えへへっ。照れるっす」
「私は何もないなぁ……」
「じゃー、一緒にコスプレするっすか?」
「え、ええええ。年齢的にちょっと……」
「大丈夫、レオさんも一緒にやればいいっす」
「巻き込むなよ」
「いいじゃないっすかー。そういえば、マリンさんと今度一緒にコスの合わせしようねーって話してたんすけど……はぁ……」
順調にいけば、あと一日か二日あればカーリスに着くはずだ。
「会えるといいねぇ」




