ルキウス様の世界 ※リーウィアside
古代ローマ時代の5歳の女の子プリューラと8歳の男の子ルキウスのお話ですが、今回出番はありません。
2人の保護者対決です。
ローマの世界観、時代感など、現代とだいぶ違うところがあります。
「わたくしの父はクィンティス・センプロニウス・ロングスといいます。
元老院や執政官を多く輩出してきました、列記とした貴族の一員です。」
ここは、プリューラの家。
すぐ眼前に海の広がる砂浜にある、潮風漂う小さな家の中。
対面するはプリューラの父親、兄6人、仲介役に村長。
いったいこの狭い部屋で親子8人、普段どのように生活しているというのか...。
想像すらできない。
「それじゃあ、あんたは奴隷や使用人じゃないっつうことか」
プリューラの父親が、不躾に言う。
「ええ。その通りです。
縁があって、ルキウスさまの乳母をしておりました。
ルキウス様の祖父、ゲルマニクスさまとも戦友でしたし、カリグラさまの幼少の頃を父はよく知っています。」
今日は、プリューラの容体を父親のプリウスに説明をするため、という名目でプリューラの実家に来ている。
幸いにもプリューラの怪我はとても軽かった。
派手に出血していたので、大怪我と勘違いさせるのにもよかった。
もうすっかり元気いっぱいのプリューラのことがバレたら、多分帰宅させろと言うに違いない。
そこのところは、やんわりとだけ告げた。
もう少し、医者に見せたい、と。
そしてそれは、すんなりと信じた。
当然だ。
男やもめのこの家では、プリューラに手を掛けてやれるはずもない。どっちにしてもお互い利点しかないのだ。
この、ルキウス様に無礼千万な物言いをしたこの男から、正式にプリューラをこちらに身請けするため。
それが真の目的。
「そんなお貴族様が、いったいなんだって使用人のマネなんかしてやがった。
それこそ胡散くせぇ。」
戦闘モードバリバリね...。
警戒するのは悪いことではないけれど、もう少し上手に隠さなければ相当行きづらい人生だったでしょうに...。
「まぁ...。ホホホ。
それは酷い勘違いですわね?」
「勘違い?プリューラはたしかにあんたのことを侍女長っつってた」
「たしかにあの屋敷で、ルキウスさまの次に身分があるものとして、結果侍女長という役割りをしておりました。その役目をしていたら、奴隷、という思い込みでしょうか...。
ショックですわ...」
と、ヨヨヨと顔を隠す。
「そ、そうか!それは悪いことしちまったな、でも、あんたらも人が悪いと思うぜ?最初から言ってくれりゃあ俺らだってよ」
ふむ。
先程から、アワアワと喋るのはプリウス。
村長は黙して語らず。
落とすべきは村長のほうかもしれない。
警戒しておきましょう。
「そうですね、誤解をさせてしまったのは、お詫びします。それで、わたくしたちの身分のことは、誤解が全てとけたでしょうか?」
「身分ね、あんたの身分は分かったよ。
態度や口調みてりゃ、なんとなくわかるし、証拠も見せてもらった。
ただな、あの金髪のぼっちゃんは納得いかねぇ。アレのどこがゲルマニクス将軍の孫なんだ?」
...言うにことかいて。
敵意ビリビリなのはなんなの。
ぼっちゃまを相手に『アレ』?
「なるほど...。見た目が納得いかない、そういう事ですね?」
「いや、それだけじゃねぇ。カリグラさんっつったら、まだ23.4だったはずだ。あのぼっちゃんは大きすぎやしないか?年齢的にも合わねぇ。なーんか胡散くせぇ」
...ふむ。
この男、馬鹿ではなさそうだ。
いや、私についてきた護衛たちが怒ってプリウスを殺すかもしれないとすら思わないで、こんな無礼なことを言えるほど馬鹿なのかもしれない。
どっちかしら。
「物的な証拠はお見せしましたよね?」
「ああ。たしかにアウグストゥス帝の家紋も貴族紋も旗も見せてもらった。だが、それだって、盗んだり、捏造できたりするもんだろ?」
「まぁ...。疑い深いですのね」
わざと呆れたように、大きく驚いてみせた。
「いや、だってあれじゃあなぁ!どうみたってローマ人に見えねぇし、市民権もてるようにも見えねぇ!それが娘をくれとか言ってきた日にゃあよ」
...何を言っているのだろう、これでも父親なのだろうか。
娘など、所詮家の道具でしかないではないか。
私だってそうされてきた。
これではまるで、婿に意地悪する舅だ。
「市民権なら、ルキウス様は、もう3年ほど軍に従事してます。あと7年で正式に市民権を持たれますよ」
「なっ!」
「それに、ルキウス様は、カリグラ様が個人で所有してらした財産の全てを、もうルキウス様に相続なさってます。ルキウス様自身が財産を運営なさってます。生活していくには、何一つ不自由なされません。」
「なんだと...」
「不自由なさすぎて、奴隷たちに給与を払いすぎてしまうのが悪いところといいますか...
ルキウス様のために働いたものたちは数年で解放奴隷宣言をしてしまうのですよ。
おかげでルキウス様の周りには、ルキウス様の為なら命すら惜しくないものたちで溢れかえってしまってます。
本当に困ったルキウス様。」
「奴隷解放だと...?なんて名誉なことをするんだ...」
視線を向けずに村長をみやる。
さすがにこれには村長も驚いているようだ。
「たかが10歳くらいで、まさか...」
「ルキウス様は、まだ8歳です。」
「はっさい!?」
「あぁ、嘘だと思われるのでしたら、わたくしに付いて来てくれたこの護衛たちでも、馬車の従者でも、いつもこちらに出している使いのものにでもお聞きくださいな。『 お前の身分はなんだ 』と。」
私の後ろに立つ、護衛たちがピクッとする。
当然だ。ルキウス様のお役に立てる証言ができるのだ。
「や、そこまでは...」
ふううむ。
肝心なところでヘタレるのね...。
いまのところ、プリューラの父親に良いところが見つけられない。
しいていえば、あの可愛いプリューラを、あそこまで真っ直ぐに育てた、というところだろうか。
...いや、きっとお母上の教育のたまものだろう。
「わたくしは、先程から包み隠さず全てを正しく話しております。なぜにそのように疑われるのか...。そもそも、ちゃんとした身分も財産もなければ、あの屋敷を所有することも、建てることも無理だとは思いませんか?」
「...たしかに。」
「よろしいですよ。皇帝陛下の裏話でしょうとも、カリグラ様の過去の話でしょうとも、プリウスどのの望まれるように、全てお話しましよう。それを聞くだけの覚悟がおありなら、ですけれど。」
「...」
「よろしいですね?」
「...あ、いや」
「それはカリグラ様が、まだ3歳のときでした。時のゲルマニア討伐に、将軍であるお父様に同行されたのでした。」
「...それは知ってる」
「ええ、有名な話ですもの。では少し飛ばします。カリグラ様がその御相手に巡り合われたのは、まだ4歳の幼少時代と伺っています。ゲルマニア地方の小さな1属国とも、同盟国とも聞いていますが、いまの関係はわかりません。そこの国の年上の姫だそうです」
「なんだってそんな関係に?」
「ちょうど、カリグラ様の、お兄様が処刑された年です。カリグラ様は1人ひっそりと亡命されていたのです。どうせ死ぬなら、初恋のあの人に逢いたいと。そのまま匿われていたのですよ、その国に。」
「なんと...」
「カリグラ様は、正式に結婚なさりたかったそうです。」
「はは!手がはえぇ、すぐ結婚したがるのは親子おそろいってか!」
この男、本当は死にたいのだろうか?
怒りが隠しきれなくなっている護衛たちに、
(この男を殺したら、プリューラが悲しむわ)
と、小声で伝える。
ハッと我に返る護衛たち。
「...おや、プリウスどの?
プリューラを正式に嫁いでいただきたいとのルキウス様の申し出が、ちゃんと伝わっておいででしたのね?」
「グッ」
後ろで大人しく聞いているプリューラの6人の兄たちが、わっ!と喜んでいるのが見える。
なんだ、兄達は味方なのね。
「悪い話ではないと思いますけれど...。
いったい何が不服なのですか?」
「不服も不服だろ!貴族と平民の結婚なんて、許されないだろ!」
「まぁ、あなたが平民でしたら、許されないでしょうけど。
プリウスどのも、立派な市民権をお持ちのローマ市民ですわよね?」
「ぐっ!」
「ちゃんと調べさせていただきましたよ。
魚醤も、つくっておいでで、実は相当な資産がありますよね?この話、息子さんがたのいらっしゃるここで、話してよろしくて?」
「ぐうぅっ」
「それに、どうしても身分差がっておっしゃるのなら、私に考えがあります」
「考え?」
「ええ。
私の養女として、縁組しましょう。」
「なんだと!?」
「認められないはずがない。
これでプリューラも貴族の一員です。
なにか問題が?」
「いや、あんた、どうしてそこまで...」
「それは...」
「それは?」
「ルキウス様の幸せの為です。」
「は?」
「聞こえませんでしたか?
ルキウス様の幸せの為です。」
「いや、聞こえたよ、聞こえたけれど、
なんでそこまで」
「ですから、ルキウス様の幸せの為です。」
「聞こえたっつーの!
それであんたに、どんな得があるんだ!」
「まぁ...。ルキウス様の幸せ以上に、得なことがありますの?」
平然とした顔で答える。
「うーん。プリウス、お前の負けだな。」
「村長〜」
「娘の幸せを願わない父親が居るか?」
「うーん...」
「ちなみにリーウィアどの、お聞きしてもよろしいかですか?」
「はい。なんでしょう、村長どの」
「ルキウス様のご生母は今?」
ピタッと、私の動きが止まる。
そう、あくまでも私は乳母。
実の母ではない。
「ルキウス様を産んだ直後に、亡くなられたと聞きました。ルキウス様にそっくりな美しいおかただったとか。カリグラ様は、亡命国の王にルキウス様を取り上げられそうになり、ルキウス様を抱えてローマに戻って来たのです」
シーンと静まり返る。
そうだ、プリウスは妻を病気で亡くしている。
共感する部分も大きいのだろう。
「ちょうどその頃、私は自分の子を死産していました。偶然だったのですよ。カリグラ様が抱えた赤子に、自然と母乳を与えていました。」
「...」
「そんな状況でしたので、ルキウス様は、母上のお顔も、お声も、何一つ知らずに育ったのです。
そして、33年にカリグラ様がユリア・クラウディア様と結婚なさった時、ルキウス様は大喜びなさったのですが...」
「ですが、なんだよ...?」
「一般的な継母の仕打ち...と言えば想像しやすいですか?」
「...」
「カリグラ様は現在まで、ルキウス様の母上に愛情をおもちです。
成長されるルキウス様のお顔を見る度に、思い出されるそうですよ。」
「...わかる..」
「それを、女の勘が敏感に察知していたのでしょうね。ユリア様のルキウス様に対する態度は、女の嫉妬も混じっていました。」
「...アイツ、女みたいな顔してるしな...」
「母方の、女系の援助を受けられないルキウス様に、私的財産を全て相続したのも同じ理由です。カリグラ様は、もしご自分が暗殺された時のことも考慮にいれておいでなのです。」
「そこまで...」
「いまの皇帝テベリウス帝のことはご存知?」
「まぁ、人並みには。」
「なら話は早いですね。
カプリ島に半隠居として引きこもり、少年愛好者のテベリウス帝が、ルキウス様を見て...」
「まさか...」
「そのまさかです。ですが、カリグラ様はそれを、許しませんでした。ご自分がルキウス様の身代わりとして、カプリ島へ行かれたのです。」
「なんだって...?」
「下手に干渉されず、上手くやっておいでのようですよ。」
「なんだ...怖い想像させるなよ」
「そう言うより他にあります?」
「...」
「ですが、身代わりの話を、ルキウス様はご存知ありません。ルキウス様は、父親にも見捨てられたと思っておられます」
「なんだって?」
「体も弱く、見た目もあれ程の美しさ。好奇とも、好喜とも言える目で見られ続けたルキウス様は、すっかり人嫌いになってしまいました。」
「...」
「それを、全てとっぱらってくれたのが、プリューラなのです」
「...うちの娘が?」
「ええ。プリューラの生来の明るさと真っ直ぐさ、優しさに触れて、ルキウス様はまた輝きを取り戻したかのようになりました。」
「...」
「ルキウス様は良い方ですよ。育てたわたくしが言うのもなんですが、本当に良いお方です。」
後ろの護衛たちも、ウンウンと頷く。
「そのルキウス様が、真っ直ぐにプリューラに恋をしているのです。」
「真っ直ぐに恋、つったって、まだ8歳なんだろ?」
「恋に年齢がありますか?」
「いや、さすがに...」
「カリグラ様は3歳から、ずっとルキウス様のお母様を今でも思い続けてらっしゃいますよ。手が早いのが親子の遺伝なら、真っ直ぐに1人を愛し続けるのも遺伝なのでは?」
「ぐっ。」
「プリウスどのは、奥方以外に愛情を?」
「それはない!!」
「でしょう?
それと、もっと本当のことを言えば、ルキウス様はこの地で他界される予定だったのです」
「なんだって?」
「この地への滞在予定は1ヶ月。その間に死んでしまうなら、それはそれでもう構わない。そう言付かっておりました。」
「なんてこと...」
「カリグラ様が庇うのも限界だったようです」
「...」
「弱りきった体調に、旅させるなんて、おかしいと思いませんか?療養も、死出の旅も両天秤だったのです。ですから、この屋敷へ同行したわたしたちは、全員ルキウス様と共にする覚悟のものしか来ておりません。おかしいでしょう?これ程の身分の方が、たった20人程度の使用人しか連れてこないなんて」
「たしかに」
「そのルキウス様に光を与えたプリューラを、ローマに連れて帰りたい、ルキウス様の幸せを磐石にしたい。そう思うわたくしたちは、変でしょうか?」
「...変じゃねぇよ...」
「では、認めて貰えますね?プリューラをルキウス様に。」
「それは認めねぇ!!!」
「「「「「親父!!」」」」」
「プリウス!」
なんという頑固親父か。
これ、話通じてるのかしら。
「では、どうすれば認めていただけると?」
腕を組んで、ドシンと構えたプリウスは
ふてぶてしく怒っている。
ほんと、呆れたとしか言いようがない。
「...皇帝の義理の孫に嫁ごうが、貴族と縁組しようが、プリューラは俺の娘だ!!」
「そうですね。」
「その証拠を見せてくれんなら、いい!」
「証拠...。血族的に親子でしょう?」
「あー!そういうんじゃねぇ!
貴族になったとたん、あのぼっちゃんみたいに偉そうになるのは、俺らを見下すようじゃ、俺は嫌だね!」
...なるほど。
ルキウス様の態度が、尊大に見えたということか。
「ルキウス様は見下したりなど...」
「いや、したね!あれは間違いなく見下してた!
」
「そうでしょうか...」
「娘を取り上げられた上に、見下されるようじゃ、絶対いやだ!」
「なるほど...
ではこれならどうでしょう?」
「あぁ?」
「ルキウス様を、この家にお招きください。
本当にルキウス様が見下していたのか、ご兄弟方や村長に判定してもらいましょう!」
「なんだって?」
「それってどゆこと?」
「いや、いつだよそれ、飯時?」
「あんな豪華なもんと同じの、うちじゃだせねーよ」
プリウスよりも、兄弟たちのほうがザワついている。
さて、どうでる?
「おい、プリウス、無駄な抵抗はやめておけ?」
「...村長は黙っててくれ!これは俺とアイツの戦いだ」
...男って時々、本当にバ...
無駄なことに意地張るわよね。
で、その結果は?
と、じっとプリウスを見つめる
「わかった!ぼっちゃんに、我が家に来て頂こう!その代わり、うちは特別なことは一切しない!寝食を共にしてもらうからな!仕事もだ!」
「なっ...。寝食はともかく、仕事もですって?」
「できないってか。ほーらやっぱり見下してんじゃねぇか。」
「ぼっちゃんは海に出たことなどありません。」
「海の仕事はできませんってか?」
「そうではありません。が、あまりに危険なのでは?」
「危険がなくて、海に出られるか!ローマ帝国はな、地中海をローマの湖にするほどの水軍だ!」
なるほど、一理ある。
「わかりました。ではその旨ぼっちゃまにお伝えしましょう。それで日時は?」
「ばっきゃろう!善は急げだ!明日来い!明日!」
ここまでお読み頂きあり我等ございます!
全然対決になりませんでした
あ、あれ?
次回、ルキウスのベッドにプリューラが潜り込んだ次の朝から始まる予定です
そして、↑の小説の後、リーウィアがプリューラ宅から帰宅しようとした後の小話です
「ねぇ、リーウィアさん!」
呼び止められて振り向く。
誰もいない...?
「こっち、下です!おれ、プリューラの1個うえの兄です!」
ピョンビョンと、小さく飛び跳ねた、プリューラにそっくりな、だけど短く刈り揃えた黒髪の男の子がいた。
「あぁ...えっとセクストゥスどのでしたか?」
「あ!そうです!それおれです!」
ニコニコと愛想良く笑う男の子。
プリューラの家庭は幸せそのものだったのだろうと容易に想像がつく。
「あの、あの!おれ質問が!」
「はい、なんでしょうか?」
小さく握りこぶしをつくって、ワクワクとした様子のプリューラの兄。歳の頃はルキウスさまと同じぐらいだろつか?
あの父親が言えなかった反論でもしてくるのだろうかと、かるく警戒する。
「あの!プリューラがルキウスさまとけっこんしたら、おれにもおとうとができるってことですか?!」
「...は?」
「おれ、おにぃは沢山いるけど、
おとうとはひとりもいないから、だから...」
あせあせと、みぶりてぶりで一生懸命に説明している様子に、プリューラが重なって見える。
なんて愛らしい兄弟なんだろう。
「そうですね。プリューラとルキウスさまがご結婚はさったら、セクストゥスどのはルキウスさまのお兄様になられますね。」
「うわぁ...!!やった!」
「うふふ。では、2人が結婚するように、協力してくれますか?」
「うん!もちろん!!」
「では明日、よろしくお願いしますね小さな兄上。」
「!!!はい!おれ頑張る!」
真っ直ぐに育ったまっすぐな家。
ルキウス様に必要なのは、こんな環境なのだろう。
明日ルキウス様をお連れすることに不安しかなかったけれど、悪くないのかもしれない。




