侍女長リーウィア
※ルキウスside※
「リーウィア、入ります」
「うん」
「プリューラ、入浴はじまりました。
夜もお薬を塗られる予定でしたね
指先用の薬と新しい包帯をこちらに」
ぼくの部屋に、入ってきたのは
侍女長と呼ばれているリーウィア。
本当は、ぼくの乳母だった女性。
なぜプリューラには侍女長と偽っていたのかといえば、どうもプリューラの人となりを観察していたらしい。
今となっては1番の太鼓押しだ。
「うん。ありがとう。」
振り返りもせず、ぼくは日記を書くことに没頭していた。
今日はイベントが盛りだくさんで、次の日どころか見開きで4ページも使ってしまった。
この後のお薬と包帯、それからおやすみの挨拶まで考えると、多分まだまだページが足りなくなりそうだ。
「ぼっちゃま、お話よろしいでしょうか。」
と、珍しく神妙な面持ちでリーウィアが言う。
「うん。どうした?」
「はい。いくつかお話があります。」
「わかった。」
ぼくは羽根ペンを横に置き、
日記はまだインクが乾いていないので、横にずらし、リーウィアの方を向いた。
「ありがとうございます。」
と、ぺこりと軽くお辞儀をする。
嫌な予感がする。
リーウィアがこうやってかしこまる時。
それは説教が始まる時だ。
ぼくは一瞬身構えたけれど、今日はとくに怒られるようなことはなにもしていない...はず。
「まず、プリューラの怪我の様子の報告です。」
「!」
「背中、足、ともに順調に治っています。
特にフクロウに襲われた背中の傷は化膿することもなくかさぶたになりました。
それを引っ掛けて取ってしまうと傷が残ります
ので、包帯はまだ継続します」
「わかった」
「背中と足の包帯は、わたくしどもで巻いてしまってよかったですね?」
「えっ!背中と足もぼくがやっていいのか?」
嫁入り前の娘さんだらから、手しか許しませんって言われてたのに!
嬉しくって笑顔で答えた。
「ダメに決まってるでしょう!」
キッ!とリーウィアの迫力あるひと睨みによって淡い期待は砕かれました。
「...うん。デスヨネ。」
「それからぼっちゃま。」
「うん?」
「プリューラの手を見ました。
なぜにあのようにぬりたくられました?」
「うっ...」
「傷だけで結構ですのよ。
いかがしまして、手首の上まで塗り込めたのす?」
「そ、それは...」
「薬が勿体ないというわけではありませんよ?
健康なところに塗ってしまうと、薬の成分がついて、緑色の皮膚になってしまいます。
プリューラの可愛らしい手が今は毒々しい色になってしまいましたよ」
と、上から見下ろすように睨んでくるリーウィアは獲物をみる蛇の如く。
ぼくの背中に冷たい汗が垂れた。
「女の子の肌をなんだと思っているのです!」
って詰め寄られてたじろぐぼく。
「せ、責任はとるからいいじゃないか!
将来はぼくのっ!」
「将来っていつですか!責任を取るべきなのは今でしょう!
それに、確定した予定なのですか!?」
「......... 」
「では、いまルキウスさまは、イタズラにプリューラの皮膚を傷めただけですね」
「...う。」
「確実に責任を取らなければなりませんよ?」
「そ、それはもちろん!」
「それから。」
...。
まだなにかあるんですね、
はい、キキマスとも。
「本日の夕食時の、あのおぼっちゃまのマナーはなんですか?」
「(ドキッ)」
「プリューラに食べさせるのは、わたくしも許可致しました。」
「そ、そうだよ!」
「ですが、汚らしく指を舐めたり。
プリューラに早く食べるよう催促したり。
あげく、食事中に体勢を崩して、倒れそうになりましたね?」
「あ、あれは、お前も笑っていたじゃないか!」
「笑われたのが私どもだけで済んだだけマシでしょう!お父様やご親族様方、その母上方たちに見られてご覧なさい!瞬く間にコケ落とされますよ!」
「うっ...。」
「そしてぼっちゃま?
お食事中に、無駄にプリューラに甘えていましたね?」
「(ギクッ!)」
「女の子に寄っかかるように座るなどみっともない!どうして支えてあげる側で居られなかったのです!」
「...だってプリューラが可愛いすぎて...」
「おだまりください!
言い訳は結構です!」
「(どうしてって聞いてきたのはリーウィアなのに...)」
「あの至近距離にいて、
みっともなく指をしゃぶるくらいなら、
なぜにプリューラの唇ひとつ奪わなかったのです!!」
「そっち!?」
「そっちとはどっちです!」
「てか、くちびる奪うってナニ!?」
「きまっているでしょう!」
「くちびる奪ったら、プリューラお話出来なくならないか?」
「まぁ!おほほ!
女子を黙らせる、もっとも単純で確実な方法ですからね」
「なんと...。」
そんな残酷な黙らせ方があるのか...
女の子のくちびるは着脱可能なのだろうか...
世の中にはまだまだぼくの知らない事がたくさんあるんだね...。
「よろしいですか?おぼっちゃま。
あなたさまにはプリューラが必要不可欠です
必ずローマに連れて帰らねば、貴方様に未来はありません。」
「......うん。痛感してる。」
「病気がぶり返すとか、やる気がなくなるとか、そう言った話だけではありませんよ?」
「...?」
「他の皇子たちと違って、貴方様には確たる後ろ盾がないのですから。その分智力、胆力で勝らねばなりません。」
「うん。わかってる」
「ただし、勝りすぎてもなりません。
決して権力争いに加わらないレベルに居なければなりません。」
「他ならぬぼっちゃまの為ですのよ」
「...ぼくの為...」
「ぼっちゃま。お忘れではないでしょう?
もうローマに帰らなければならないことを。」
「うん、忘れてない。」
「あちらに戻りましたら、元老院のおひとりと養子縁組をなさらなければならないことも覚えてらっしゃいますね?」
「...うん」
「では、新たに名乗り出た、豪商貴族のことも覚えておいでですね?」
「うん。もちろん」
「ぼっちゃまは、必ず元老院の方と縁組みを成さなければなりません。豪商のほうはダメでございます。」
「何故?」
「...ぼっちゃまは、美しすぎるのですよ」
「なにをバカな。」
「ぼっちゃまは、ご自分の価値をまだ理解なさっておいでではないのです。」
「わかってるよ、次期皇帝の妾腹から生まれた見た目が異質な皇子だ。」
「そうではありません!それに逆です!」
「逆?」
「よろしいですか?
ぼっちゃまがこの先、平穏無事に平和に生きていくためには、健康な体を維持し、ちゃんとローマでの後ろ盾となる立派な方と養子縁組をなし、出る杭は打たれるというように、出過ぎで権力争いに巻き込まれないよう、平民のプリューラを妻に迎え、表舞台から静かに下がるようにしなければなりません。」
「...つまり、プリューラと結婚することで、政略結婚を防ぐということか?」
「...はい。」
プリューラに言ったことはないけれど。
リーウィアは、ぼくが小さい頃からずっとぼくの傍に居続けてくれた本当の意味でのぼくの味方だ。
幼い頃には乳母として。乳離れしてからは、ぼくの教育係として。
出産直後に子どもを無くしたリーウィアにとって、本当の息子のように可愛がって、愛してくれていたのは知っている。
だからぼくもリーウィアの言うことはよくきいていたし、逆らったりなんかしたことはなかった。
でも。
プリューラのことだけは、どうしても譲れない。
そう、心から思ってしまう。
どれだけリーウィアに世話になったかなんて、忘れるはずもないのだけど。
この天秤はプリューラから傾くことはない。
「リーウィア。」
「はい、ぼっちゃま。」
「お前の忠信、本当にありがたく思う。」
「はい。」
「ぼくは、おまえを母と思っている。
唯一ぼくが甘えられる人だ。」
「......」
「だけど、プリューラのことはお前の指図は受けない。」
「ぼっちゃま...」
「プリューラをぼくの嫁として迎えるために、正式に許嫁とし、ローマに連れて帰る。
これは、ぼくも同じ気持ちだ。」
「はい。」
「だけど、それはぼくのため、ではあるけど、ぼくだけの道具にするためじゃない。」
「...はい。」
「ましてや、あの子はモノじゃない。」
「はい。」
「あの子が欲しいと思うのは、そして、あの子を好きだと思う気持ちは、
ぼくの気持ちであって、お前から押し付けられるものでもない。
そして、打算でもない。」
「その通りでございます。」
「...プリューラを...
手放せない気持ちは深まるばかりだ」
「...はい。」
「ぼくはプリューラが好きだ。」
「はい。」
「だから、ぼくがぼく自身の気持ちで、行動で、プリューラを手に入れる。
利用するためじゃない。」
「かしこまりました。」
自分でも。
まとまならい気持ちと言葉が溢れ出す。
さっきまでのリーウィアの怒りはどこへやら、
完全に主人と召使いのような立場になった。
だけど、それも望んでいるわけじゃないから。
「いつもお前には余計な心配をかけてしまう。」
「いえ...」
「プリューラが傍にきてくれても、
お前には今までと変わらず、ぼくのそばで、こうやって助言をし続けて欲しいと思っている。」
「ぼっちゃま...」
「いつもありがとう。」
「...」
リーウィアは泣いているようだった。
ぼくには本当の母親の記憶はないし、どんなものかも知らない。
だから、リーウィアこそが母と思う気持ちに嘘はない。
本当のことをいえば、こうやって叱ってくれるのも、嬉しかった。
他の大人は、絶対にこんなことをしてこないから。
だからリーウィアはぼくにとって、今までで1番大切な人だった。
もう、過去形の話になったのだけれど。
「ところでリーウィア。プリューラの手は変色しただけで、他の傷はなおったのか?」
「はい、ほぼ。」
「そうか。ではあかぎれとゴワゴワも改善したんだね。よかった。」
「は?」
「あっただろう?指のまたに、おおきな割れ目が。手の甲もところどころ赤く擦り切れが。」
「...!
そういえば、プリューラは家で家族全員分の洗濯をしていると...」
「プリューラの可愛い手が可哀想だった。
治ったのならよかった」
「...はっ。」
「あと、白状してしまうと...」
と、思い出すとまた顔が真っ赤になる
リーウィアの前だから隠したりもしないけど。
「食事中、あんまりにもプリューラの香りが近くて、お腹は空いてるし、よくわからない衝動で襲い掛かりそうになるのを我慢していたんだ。それが寄っかかっているように見えたなら気をつける」
「襲い掛かり...」
「階段上のレリーフをプリューラと見てから、なんだか変で...」
「あぁ、苦労して引っ張り出して
飾っておいたかいがありました」
「...?
そうか。
それで、食事中にプリューラに
噛みつきたくなるのを抑えるのに必死で...」
「噛みつき...!?
まさか襲うとは
本当の意味でのオオカミ...?」
「?
だって、よく体を動かすと、お腹が減るんだよ。
他にどんな意味が?」
「...ぼっちゃま...ご不憫な...」
「?」
「本当に、変態男色強欲商人に襲われないためにも、近々そちらの知識も学ぶ時間を設けましょうね」
「学ぶ...。
それはプリューラと一緒に?」
「プリューラにはまだ早うございます!」
「...そ、そうなんだ...」
「いえ、でもどうせ相手にも必要な知識ですし、既成事実的にもいっそ練習を兼ねて...」
「??
リーウィア?」
「少しまた作戦を建て直しますね。
そろそろおぼっちゃまもプリューラがお風呂から出てまいりますから準備をなさってください。
それでは。」
と、リーウィアはブツブツ言いながら出ていった。
最後の方のよくわからないリーウィアの様子と、自分から白状したくせに思い出してまた恥ずかしくなる言葉
「ぼくは、あの子が好き。」
くそぅ、顔が熱い。
そして、顔がにやけてしかたない。
はやくあの子の、顔が見たい。
はやくお風呂から出てこないかなっ...。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
古代ローマの時代、少年愛というのは普通だったそうです。
そして、珍しい金髪は、ローマ人の羨望で、金髪巻き髪がもっとも美しいとされていました。
つまり、ルキウスは外見だけでも充分以上に価値のある男の子で、それが高貴な血筋を持っているとなれば、爆発的な値段がつくのでしょう。
そんなわけで、少年愛好者への養子縁組とか... BLが反対ではないけど、ちょっと私には書くのは厳しいっス。(最後には書くけどそもそもエロ系が恥ずかしい)
うちのルキウスには、幸せ切望中なので全力回避お願いしますリーウィアさん!
裏組織はともかく、ご美目麗しいルキウスは、ご婦人方にも人気で、長髪であることを許されていました。
通常男子は短髪です。
病気で床に伏せっていて、髪の毛を切れなかったというのもありますが。
次回 「プロポーズ」ルキウスsideの予定です。
...たぶん。
その次の「先生」プリューラsideと「予言」プリューラsideに挿絵準備済です。
がんばります。
よろしくお願いします。




