男子たるもの
古代ローマを舞台に8歳の男の子がボロ泣きしてます
※ルキウスside※
「おぼっちゃま...」
「寄るな」
「はい...」
誰にも顔を見せたくなくて、背中を向けたまま話を続ける。
「リーウィア、ぼくはあの子を奴隷扱いしたことがあったか?」
「いえ、ありません」
「侍女代わりに、こき使ってなんか、
ないよな?」
「はい。」
「あのこを、
妾なんて中途半端な立場にしようなんて」
「しておりません!」
「そうです!私たちですら微笑ましいほどに大切にされていました!」
「さようです!」
「...うん。」
「むしろ失礼なのはあの男です!
野蛮な」
「やめよ、あの人は
あの子にとって大切な父君だ!」
「ぼっちゃま...」
侍女たちのすすり泣くような声が、聞こえる。 泣いているのは、ぼくじゃない。ぼくは、ただ、肩が震えているだけだ。
「ぼくはただ、あのこにずっとぼくのそばにいて欲しいと思った。それだけなんだ」
「はい...。存じております。」
「リーウィア、ぼくはあのこの父君に、失礼なことをしてしまったよ。怒らせるだけ、怒らせてしまった。」
「ぼくが、あの子を守りたいと思ったけど、父君は逞しく、かしこいお方だった。ぼくより、あの子を守れるんだよね」
「...ぼっちゃま...。」
「ぼくはまだまだ子どもだから、あんなに感情をおもてに出してしまった。情けない。」
「...」
「部屋に戻る。今日は風呂も夕食もいらない。
誰も部屋に来るな」
誰にも顔を見せたくなくて、ぼくはそのまま歩き出した。
「ぼっちゃま。立派でございましたよ。
本日はお疲れ様でございました。おやすみなさいませ。」
侍女長のリーウィアの声がやさしくて、堪えていたものがこみあがってきそうで、ぼくは部屋に駆け込んだ。
扉を雑にあけて、乱暴にしめて、机の上に置かれた雑具をバサバサと投げつけて。
「そんなつもりじゃなかったよ!!」
って大声で叫んで。
気がつけば、日記のうえに、ぽたぽたと水滴が落ちていた。
「〜〜〜っ!」
声をころして。まぶたを閉じないように、目を見開いて。これ以上、こぼれ落ちないように。誰にも気が付かれないように。
「あの子は、まだプリューラなんだ...っ。」
「あの子は、まだぼくのモノじゃないからっ」
ひくつく声を押し殺して。でも頭の中はあの子と、あの子の父親のことでいっぱいで。
この外見と、この身分と、それを信じて貰えない悔しさと。
全部全部ひっくるめて、これが現実での世間の目。ぼくへの評価。
父の庇護がなければ、生きていくことも出来ない。
この悔しさを忘れない。この悲しさには飲み込まれない。
そして、あの子は諦めない。
かならず父君を説得して、あの子を迎えに行こう。
そのために、今日の出来事を、包み隠さず、湾曲させず、主観も入れずにつづろう。
それにしても、世の父親とはあれほどに子を守ろうとするものなのだろうか。
生まれてこのかた父親との記憶がないぼくには、羨ましくさえある。
こんな金の髪さえなければ、ぼくももう少し、父の気にとめてもらえたであろうか。
ぼくも、父の傍に、いられたのであろうか...
そう自嘲しながら、鼻をすすりペンをとった。
さぁ、書こう。今日の出来事を。
酸いも甘いも全てを糧にするために!
5月21日 晴れ
今日、はじめてあの子の父親に会う。
恐らく母上は他界されている。
あの子と多数の兄を1人親で育てている父親とは、どんなであろうと想像する。
あの子は、屋敷のものにとってもよい気分転換のようだ。ぼくが屋敷の外にいる間に貴婦人のごとき装いに変化させられていた。
これがまた、直視できないほど可愛いから困る。
あのこがぼくのものになったら、毎日あんな感じにしてもらえるのかと、浮き足立っていたのかもしれない。
とにかく、最初の挨拶が肝心だ。ファーストインプレッションから決めていかねば。
ならばぼくも、正式名を名乗らなければ。
プリューラの父親への挨拶は、次のようにした。
「はじめまして!ルキウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスと申します。
ガリウスの息子です!8歳です」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最後の挨拶はプリューラのとかぶせてみました。
名前めっちゃながいっすね。
今回辛かったです。
理由は別にして、子供が泣くのは辛いです。
たとえ成長の過程だとしても。
ルキウスが名乗ったのは
紀元前後あたりに皇帝であった実在の事物の名前です。
3歳で戦場に同行したという強者?です。
もちろんルキウスも皇帝の一族の血を引いている設定です。
詳しくは短編の方をお読み頂けるとわかりやすいかと思います。
次回『 親子喧嘩 』
よろしくおねがいします。




