君も会いたかった?
※ルキウスside※
行動が、決まりさえすればあとは速かった。
外出用のチュニックとトガをまとい、2人の衛兵と侍女1人をつれ、ぼくはチャリオットで、他は馬で海まで一直線に進んだ。
屋敷を出る際に、侍女長が涙ぐんでいたのは印象的だったけど、それすらどうでもいいと思うほど
焦っていた。
そして、あの子に会えるという喜びと興奮で、胸が高鳴って。
本当はぼくも馬で行ければ、もっとはやく着くのだけれど、さすがにそれは止められた。
昨日の微熱のせいもあるんだけど。
次からは、ぼくが会いに行く時は、僕一人でも行けるよう、乗馬の練習も念入りにしよう。
そんなことを考えると、また楽しくなるから不思議だ。
さっきまでの沈んだ気持ちはどこへやら。
チャリオットが進む道があまり良くなくて、時々大袈裟に揺れるのすら楽しかった。
そして、小一時間ほどだろうか。
ようやく海辺の家が立ち並ぶ一角についた。
「よし、ここからあの子を探す。
お前たちも手分けして探してくれ。
見つけ次第報告を。
それと、くれぐれも見つからないように!
不審がられるようなことも禁止だ」
「はい!ぼっちゃま!」
「よし、いけ!」
ばっと四方に散らばる僕達。
といっても、それほどたくさんの家がある訳じゃない。きっとすぐに見つかる。
屋敷以外でのあの子の様子を見るのも、実は楽しみだったりする。
外ではどんなことを、どんな表情でしてるのかな。
なんて思うとまた楽しい。
楽しい。
んだけど、なんだろう。
心臓が...
手が...
そうか、ぼく、緊張してるんだ。
え?どうして?
あんなに会いたかったのに。
たぶん、もう目の前に、すぐにあえるのに。
よく分からない。
本当に最近のぼくは、自分が自分でよく分からないことが多い。
屋敷から自分で外に出たいなんて思うのも、ちょっと前のぼくなら、ありえないことだった。
外に出て出歩けば、またジロジロと好奇の目で見られるから。
それが今、あの子に会いたさ一心で、部下に指示まで出してここに居る。
なのに、緊張で前に進めないってどういうことなんだ。
本当に、訳が分からない自分。
こんなとき、多くのことを決断してきた父上ならなんと仰られるだろうか。
なんて、ぼくを見向きもしない父上まで頭に浮かんでくる。
あーもーって投げやりになりながら、それでも1歩、1歩と、砂浜にすすむ。
砂って、こんな踏み心地なのかと、また新しい発見をしながら。
(今日は、日記に書くことがいっぱいだ)
なんて思いながら遠くをみた。
そこには一面の洗濯物が干されていて。
風にゆらされるそれは、ひらりと揺れるたびになにかを覗かせて。
それは、砂浜にしゃがんだ少女。
後ろを向いているけれど、見間違うはずもない。
会いたくて、求めて止まなかった、ぼくの...
ぼくの、なんだろう?
と、駆け出した足がピタリととまる。
そうだ。
ぼく、喜ばせるどころか、迷惑かけっぱなしだったんだ。
今日の予定を伝える使者ですら、断られるレベルで嫌われてるかもしれない、と思い出す。
(き、嫌われてるの?ぼく。)
と、ダラダラと嫌な汗がふきだし、流れ、下垂れた。
それでも。
この距離から、後ろ姿だけでも見ていられるのが嬉しくて、ぼくの胸が
(きゅんっ)
って締め付けられるようにないた。
(切ない。)
1歩も動けない癖に。
目が彼女から離せなくて。
目が離せないくせに、
洗濯物に彼女を隠されると悔しくて。
まるで波打ち際の潮のようで。
(愛しい。)
(何をしているのか、知りたい。)
と、無意識に動き出す。
彼女は一生懸命、砂浜に何かを書いていた。
(モザイク?を描いてる?)
(顔を、みたい)
(声を聞きたい)
(笑顔を。僕に!)
気がつけば、駆け出していて。
砂浜ってこんなに走りづらいとか、転びそうになったとか、全然気にならなくて。
あの子のすぐ後ろまで、洗濯物1枚が隔てるだけのところまで駆け寄った。
洗濯物の影が、ぼくの影を砂浜に写すのを邪魔していたけど、とうとう僕の影がはっきり写って、彼女の上に落ちた。
影にすらヤキモチするぼくは、どんな顔をしていたんだろう。
彼女はとうとうぼくに気がついて、ぼくを見上げた。
「...ルキウス...さま?」
彼女の膝の上には、ぼくがあげた本が開かれていた。
「うん、ぼくだよ。」
くそっ。
涙が出るほど嬉しい。
なのに、あの子は本を抱きしめて逃げ出して、家の中に飛び込んでしまった。
一瞬のことについていけないぼく。
「まって!どうして!」
と、家の扉をドンドン叩く。
「ごめんなさい...。」
か弱く謝る声が聞こえてくる。
どうしてあやまるのか、そんなことも考えられないほど、声が聞けて嬉しくて。
あぁ、情けないな、いま困らせてるのにっ。
「謝るなら、謝る理由を!
きみが怒っているのじゃないの?
ぼくはそんなに嫌なことをしてしまったの?」
と、扉の外から叫んだ。
「いやなことなんて、ひとつもありません!」
「じゃあ、どうして!
ねぇ、開けて!」
とまた扉を叩く。
何回も、何回も!
「いまは、ルキウスさまにおかおをおみせできません!」
「なぜ?!ぼくはきみの顔がみたいよ!」
「おあいできません!」
「やだよ、会いたいよ!!」
「めんぼくないのです!!!」
「わかんないよ!
ねぇ、ぼくのそばにきてよ!
笑顔をみせてよ!!!」
気を抜くと。
喘息を起こしそうなほどの大声で叫んでいた。
これほど、大きな声を出したことなんて、今まで無かった。
こんなに、大きく呼吸をしたことも、なかった。
潮風を大きく吸い込むと、肺がヒリつくなんて、知らなかった。
でも、そんなことを気にする余裕もなくて、ぼくは拳と喉と肺が悲鳴をあげるほどあの子を求めた。
そして、ドアを無理やりこじ開けた!
「ルキウスさま...」
そこには、ぼくがあげた本を大事そうに抱え、今にも涙がこぼれ落ちそうなほどに溜めたあの子がいた。
「やっと...
あえた。」
って、肩で息をしながら、続けた。
「どうして、逃げたの?」
「どうして、泣いてるの?」
「どうして、屋敷に来てくれなかったの?」
「どうして、使者すら断ったの?」
「ねぇ、どうして?
どうしてなの?」
こんな聞き方をしたら、まるで攻めてるようだって、自分でもわかってる。
でも、言葉が止まらない。
「ぼくのこと、嫌いになったの?」
「ぼくが、どれだけきみに会いたかったか、分かる?」
「会えなくて、どれだけつらかったか、分かる?」
「会いたかったんだよ、寂しかったんだよ」
「だって」
(大好きだから)
って言葉がでかかって、自分でびっくりした。
ぼくが驚いた拍子に質問攻めがやむと、あの子が溜め込んでいた大粒の涙が流れ落ちた。
「だって、だってええぇ」
「...だって?」
「せっかくルキウスさまが
ご本くださったのにぃ」
「うん」
「むつかしくて、
なかなかよめなくて、
よくわからなくてえぇ」
「...うん」
「ルキウスさまと、
本のおはなしが、
できないなんて、
もうしわけないからぁあ」
「......」
「ずぅっとよんで、
わかるように
がんばってるんだけどぉお」
「...うん」
「プリューラには、
まだむずかしくって、
プリューラ、
おばかだってバレたら、
きらわれちゃうって、
もう、
おやしきには
よんでもらえないってえぇ
うええーん」
って泣きじゃくるんだよ。
「そっか...」
くそぅ。
こんなに泣いてるのは、ぼくのせいなのに。
なんでこんなに可愛いのか。
泣かせてるのにニヤケて止まらないとか、ぼく最低じゃない?
でもでも、もー、本当に可愛くて、可愛くて、抱きしめたいのを我慢するのに必死すぎて。
とにかく泣きじゃくるこの子の頭をなでなでしながら、慰めて。
「ばかだなぁ。そんなこと、誰か気にするもんか。」
って、いうのが精一杯で。
「だってぇえ」
って声が裏返っても泣いてるこの子の頭の中に、少しでもぼくが居るのを感じられると、また嬉しくなっちゃって。
「そんなこと全然構わないし、大丈夫だから。」
「...ほんとう?」
「うん。もちろん」
「ほんとうに、ほんとう?」
「本当に、本当に、本当だよ。」
「ガッカリしない?」
「ガッカリしないよ。」
「おばかって怒らない?」
「バカじゃないし。
バカだったとしても、キミなら許す。
むしろ可愛い」
よし、可愛い言えたっ!
「プリューラ、かわいくないもん。」
「んーん。可愛いよ。」
「かわいくないもん。」
「どうして?ぼくが嘘ついてると思う?」
「ルキウスさまはウソつかないけど...
ルキウスさまのほうが、
かっこいいもん。」
やめて、急に大砲撃たないで。
「そっか。じゃあ、ぼくたち、
可愛いとかっこいいでお似合いじゃない?」
「?」
あ、伝わらなかった
「だから、一緒に居て?」
「?」
あ、これじゃプロポーズみたいか。
「キミが御屋敷に来てくれなきゃ、ぼくまた病気に、なっちゃうよ」
「えぇ!?それは、いやです。」
「うん。ぼくも嫌。
だから、ね?」
「...うん。
わかりました。
おやしき、いくです。」
「うん。よかった。」
「あと1さつだったんですけど...」
「え、今なんて?」
「あと、1さつよみおわったら、またおやしきにいかせてもらうつもりでした。」
「ほかのは読み終わっていたの?」
「はいです。
むつかしかったけど、
がんばりました。
おぼえられないのも、
わからないのも、
ぜんぶおすなにかいて、
せいりしてかんがえました。」
「砂浜に?」
「はい。
かみをかえるほどお金に
よゆうはありません。
すなはまなら、
おえかきしほうだいです。
かぜとなみが、
つぎのキャンパスをようい
してくれるんです。」
「そうなんだ」
「さっきかいたおすな、
みてみますか?」
「うん。みたい。」
「では、こちらへ!」
と、外へ案内されて、海と、砂浜の広さを再び見て。
そこ一面に、まるでモザイク模様のように書き込まれた神々の名前と相関図。
なんて広いキャンパスの世界観をもった少女なんだろう。
きっと彼女の脳内には、海の偉大さをみては、海王ネプチューンを。
太陽の登り巡り沈みをみては、太陽神アポロを。
天空を見上げては、万能神ユピテルを感じていたんだろう。
ぼくが、あげた神話の本を読んだときとは、全く規模の違う理解力で、彼女はこれを理解し覚えてしまったのか。
「ルキウスさま?」
「うん...。」
身震いするほどの、歓心と感動を、彼女へ。
この健康な体は彼女のお蔭。
気持ちはすでに、彼女でいっぱいで。
行動すら、彼女のためにならなんでも。
そして、ぼくの心すら奪われた。
と同時に理解する。
きっとぼくはもう、彼女ナシでは駄目だ。
と。
(キミはぼくのモノ。)
と同時に
(ぼくはキミのモノ。)
を思う。
宣言と、実状を。
「さぁ、屋敷に帰ろう?」
と彼女を手をひく。
が、彼女はその手を引っ張って
「きゅうにいなくなったら
とうちゃん心配するからだめです。」
って、至極ごもっともな、ことを言う。
「そうだね...。
あらためて、キミのお父上にもご挨拶しなきゃだ」
「とうちゃんに、あってくれるですか?」
なんて、キラキラ嬉しそうに笑ったから。
ぼくも嬉しくて。
「キミをぼくにくださいって、ちゃんと挨拶するよ」
「?」
「なんでもない」
なにを言っているんだかって、自分でも思うけど。
たぶん、そう挨拶する日が必ず来る。
それは、きみに初めてあの丘で会ったあの日になんとなく感じてたこと。
「とりあえず、今日はもう帰るよ。
明日からまた待ってるからね?」
焦ることはない。
いまはじっくり『 ボクのもの 』作戦を練ればいい。
「はい!
あした、おてんきだったら、
かならずいきます」
って言うからふと思い出した。
そっと近寄り耳元で囁く。
「ねぇ、今朝の目覚めはどうだった?」
「けさですか?」
ぼくの初めての神への感謝と祈りを思い出しながら、ドキドキと返事をまつ。
「ちょっとおねぼうだったんですけど、
いつもよりははやくおきれました!
ルキウスさまがおはよっていってくれたきがしました。」
「...!
そうか。」
今日はキュンキュンいいっぱなし。
甘酸っぱいような気持ちだよ。
ぼくの祈り、届いちゃった。
「えへへ、わたしほんとうは、
ルキウスさまに会いたくて、
いっつもルキウスさまを
おもってるんですよ」
にぱーっ。て、なんて笑顔で笑うの。
「あさも、ルキウスさまのおかおをおもいだして、とうちゃんより、にぃちゃんよりさきに『おはようございます!』ってあいさつするんです」
ちょ、心臓まる掴みやめて
「だから、
きょうはルキウスさまから
おはよう言ってくれて、
うれしかったです
ルキウスさまだいすきです。」
殺す気か。
キャーキャー言いそうになる自分をこらえ、巨大な砲撃をうけて、瀕死のぼく。
「そうか。
あ、じゃあそろそろぼく、帰るね」
「はい。あしたもよろしくおねがいします」
ってぺこーっていつものおじぎをしてくれた。
恥ずかしくて逃げるように立ち去るぼく。
それを、ニヤニヤしながら見守っていたらしき連れのものたち。
くそぅ。くそぅ。くそ...。
なんて、甘いんだって。
帰り道、ゆっくり進むチャリオットに揺られながら、ぼくはいつの間にかうたた寝をしていた。
「5月19日 晴れ
今日もあの子は屋敷に来ない。
侍女の1人に相談すると、どうもぼくは失敗をしていたらしい。
そして、来ないならば迎えに行けばいいと気がつく。
あの子の家までは、馬なら四半刻、馬車なら半刻ほど。家は小さく質素なつくり。海岸は目前。
洗濯物の棚引く中、彼女を見つける。
胸がときめいた。
大きな声を出すのも、ペンを持つのが痛いほど何かを叩くのも、深くはやく息を吸い込むのも、初めてだ。
あの子は、本のプレゼント自体は、とても喜んでいてくれた。侍女の話と全く違うじゃないかと思う。あらためて、あの子はちょっと違う、というか、特別なのかもしれないと気がつく。
僕にとってはかもしれないどころでなく、唯一無二となってしまったけど。
明日は屋敷に来てくれると約束した。
明日が待ち遠しい。
彼女の御家族にどのように挨拶するかで悩む。」
「ふぅ...。
やっぱり1ページじゃ足りないじゃないか。」
って、満足気に笑いながら今日1日の日記を書き終えた。
書いた日記を読み直しながら、敢えて外した事を書くかどうするか悩む。
胸のときめき。「キュン」って締め付けられるようなあの感情。
(愛おしい)と自覚してしまった想い。
「はは、まいったな。」
椅子にもたれかかって、上を向き、手で顔をおおった。
「好き...」
これが好きって感情なんだ。
あまたの故人たちが、歴代の著名な詩人たちが
書いた詩をおもう。
いまなら理解できる。
こんな、気持ち。
「ぼくは、彼女が、好き...です。」
口にすれば。
まるで呪文のように体を駆け巡って僕の体を支配したその思い。
まいりました。降参です。
逆らったりしません。できません。
だから、キミもぼくを好きになってね?
必ず陥落させるから。
さーて、作戦会議をしますか。
まだ5歳の幼い少女に、真剣に恋する間抜けなぼくだけど。
きみに変な虫がつく前にぼくは作戦たてられるなんて、なんて幸運なんだって、
黒く黒く微笑むぼくは本当に何者なんだろう。
そして夜はふけていく。
明日、会ったらなにをしようって、楽しみに思いながら。
まさか、雨が降って、またあの子は屋敷に来ないなんてこの時はまだ知りもしなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
長いからと2つにわけたはずが、まだ長かった...
すみませんでした。
次回、行動的になったルキウスにプリューラが振り回される、そんな話になったらいいなと思ってます。
がんばります。
よろしくおねがいします




