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青春探偵  作者: 葉月七音
第1章
4/4

#4 運命の月曜日

 あれから二日後の放課後。成宮さんと出会ったあの日以降、俺があの部室を訪れることは無く、授業が終わったら真っ直ぐ帰宅するというムーブを繰り返していた。

 今日も今日とて直帰しようとしていたところ、一条に後ろから声をかけられる。



「結局部活入んないの?」

「今のとこはそうかな。バイトでもするよ」

「サッカー部に入ればいいのに。楓なら二ヶ月もあればレギュラーになれるって!」



 いいよいいよ気軽に誘うな。俺は平日だけじゃなく休日も時間を奪われる運動部とかいう組合には所属しないと心に決めている。お気持ちはありがたいですといいますか、かなりありがた迷惑ですと言えばよろしいでしょうか。とにかくダメ、絶対。



「そんなに人いないのか?」



 余っ程の弱小校なのだろうか。ならば俺が炎のエースストライカーとして日本一になるのも良き青春なのかもしれない。



「四十人ぐらいしかいないからな。強豪に比べりゃそんなに人いないよ」



 俺は試合できる人数もいないのかと思ってたよ。『そんなに』のベクトルが桁違いなんだよ。価値観の違いってやつですね。



「折角のご好意を無駄にして悪かった」

「なんでお前が入部しないのを俺が了承してる前提で話してる」



 いかんいかん。こんなリア充と話してる暇は無い。一刻も早く帰らねば。今日も空白の予定が俺を待っている。

 俺はカバンの持ち手を肩にかけて教室のドアを開ける。ガラガラと音を立てて廊下に響くが、誰も俺には注目することなく、所々に配置された談笑は止むことは無かった。



「筆箱忘れるなよ」

「何度も確認した。大丈夫」



 しばらく忘れることはないだろう。次に忘れてしまった時ぐらいには、きっと気付いても取りには帰らないだろうから。


 俺は教室から出る瞬間、何を思ったか後ろを振り返った。一条の訝しむ様な視線が目に入ってしまった。口から『じゃあな』の文字も出ることなく、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直してしまった。



「火曜日何かあったのか?」

「何も起きてないよ。通常運転だった」

「怒られた時点で通常じゃないけど。そういや成宮さんが探偵部っていう部活を創ったらしいぞ。まだ部員一人らしいけど」



 部活やってるのか。まぁ彼女のことだ。入部希望者は多数訪れることだろう。その中に彼女の期待に応えれるような人材がいることを願おう。


 そしてどうやらこいつは何か勘づいているらしい。そうでなければわざわざ火曜日の話を掘り返す理由が無い。



「それは部活って呼べないだろ」

「今日と来週の月曜で部員を集めるらしい。男どもがわらわらとたかってくるぞ」



 なんだ。俺をスカウトするまでも無かったじゃないか。俺が心配する必要なんて無かったな。その男どもは下心満載かもしれないが。



「じゃあな」

「あぁ。また月曜」



 扉を閉めても誰も気にも止めない。誰にも注目されないのはとても安心する。彼女も俺のことを忘れてるだろうか。









 今日で仮入部は終わり、来週から本入部が始まる。彼らは部活という場所で青春を謳歌するのだ。俺も青春を謳歌するとしよう。それでも彼女がどんな状況であの教室にいるのか少し気になってしまう。


 だが、こんなところで逡巡(しゅんじゅん)してはいられない。俺は家の近くにある喫茶店のチラシを片手に寄り道することなく帰った。







 翌日。土曜日という一週間の中で一番自由度の高い日が入学して以来初めて訪れた。よって今の俺は無敵だ。今の時刻は朝九時。とりあえず正午までは寝れる。惰眠及び二度寝は至高である。



「はよ起きろ」



 無敵時間終了。下手したらサンダーでも落とされそうなので起床する。毎日起きるのが早いのよ母さん。


 どうやら朝ご飯を作ってくれているらしい。しかもラーメン。若干麺が伸びてしまっている。



「じゃあ行ってくるから。昼お腹空いたらなんかチンして食べて」

「うん」



 俺は頭の回転がスローなまま麺を(すす)る。今日は何をしようか。録画したアニメが未視聴のまま溜まってるから今日は一気に消化してしまおうか。



「そういや部活かバイトするの?」

「……バイトでもしようかなって感じ」



 机の上には先週帰り道に寄った、親戚が経営している喫茶店のチラシがある。名前は『Time』という。週三日で四時間からOKらしい。時給もそこそこ高い。何より家から近いのがいい。ただ別にそこまでしたい訳では無い。無いのだが。



「別にしたくないならしなくてもいいのに」

「そういう訳じゃ」

「他にしたいことあるならそっちすれば?まだ高校生なんだから。じゃあ晩御飯は冷蔵庫入ってるから」



 そう言って母はカバンを持って慌ただしく家を出た。特に反論も出すことが出来ずに背中を見送ってしまった。


 バイトをする理由はある。ただ、バイトをしたい理由はない。バイトをする理由もお金を稼げるからというものでしかない。


 部活はどうだろうか。正直、部活をする理由もしたい理由も見つけられない。ここ最近は何度も考えた。興味はある。だが比べるまでもなくバイトをした方がいいだろう。お金も稼げる、社会経験というやつもできる。


 逆に部活をして得るものなんてあるのだろうか。何をするかもよく分からないのに。ましてや相手は美少女と呼ばれる存在。俺と相性がいいとは思えない。






 俺は空白の予定をどう埋めればいいのだろうか。








 怠惰な休日が明けた月曜日の放課後。朝から睡魔との死闘の末、昼食後の英語の授業でノックアウト。割と前の席なのに寝てしまうということは先生は子守唄でも歌ってたんですかね。まじ眠い。


 そして本日は日直、掃除当番、委員会のトリプルコンボが決まり、気づけばもう下校時刻はとうに過ぎていた。委員会とかいう残業は公正なジャンケンの結果、敗北しました。


 思えば先週もあの教室に行ったのはこの時間帯だったと思う。部員は集まったのだろうか。結局何をする部活なのかよく分かってないのだが。







 俺はどうやら優柔不断らしく、何故か四棟二階の空き教室にまた来てしまった。本当に未練がましい。


 成宮さんは若干言葉がストレートなところはあるが、それを差し引いても美少女だ。一緒の空間にいるだけでも素晴らしい青春ではないか。


 だが何故だろう。それだけじゃない気がする。何故誰の話し声も聞こえないんだ。青春真っ盛りな頭ピンクな男子高校生ならアピール合戦でもやってそうなのに。


 嫌な予感がした俺は美少女との青春を諦め、踵を返して立ち去ろうとした。だが振り向いた先に門番。



「先週は入部しないって言ってたのになぁ。そうか、やっぱり入部したかったのかツンデレだったのか」



 いつの間にか距離は詰められ、柏木先生はにこやかな表情で腕を組んで立っていた。逃げ場を封じるのが早い。プロの動きである。


 ここから先は絶対通さないウーマンは俺の首根っこを掴んで教室の方へ。その笑みは悪い顔だ。控えめに悪魔。



「いやなんというか」

「成宮入るよー」

「いやちょっと待って」



 部員は少なくとも数人は集まってもいいとは思う。一条から聞いていたものだと、結構な入部希望者がいたはずだ。なのに何故話し声が聞こえないのか。


 先生は一切の躊躇もなくノックもしないで教室のドアを勢いよく開いた。


 そこに映っていたのは部活らしく複数人で活動している景色ではなく、机に突っ伏しているJKの静止画だった。微動だにしない。



「……部員集まった?」



 百聞を一見した結果、部員は一人という状況はあの日から何一つ変化してなどいなかった。先生の声に反応してかろうじて顔はこちらに向いたが、彼女の目から光は消え、だらーっと腕は投げ出されていた。



「先生の目の前にいる部員で全員です…」



 そして、無慈悲にも下校を促すチャイムが鳴る。時計の針は十七時の時間を示していた。ご愁傷さまです。



「これは流石に廃部になるかなぁ…」

「えぇっ!?ちょっと待ってください!あと少しだけ時間を下さい!なんとか…なんとかしてみますからぁ…」



 土下座でもしかねない勢いだ。この切羽詰まった状況を切り抜けられる術があるのか?



「ちなみに部活の活動をするには最低何人必要なんですか」

「流石に四人ぐらいは欲しいかなぁ。」



 無理ゲー突入。やっぱり部活を創るなんて至難の業過ぎる。創ろうとした奴は結局、自転車に乗ったりしているものだ。



 真面目な話、なんで入部できた人がいないのかさっぱり分からない。彼女のオブラートずるむけのド直球な言葉も刺さる奴には刺さるんじゃないのか?知らんけど。



「入部希望者は結構いたんじゃないの?」

「いたけど入部テストしたら皆いなくなっちゃった。何が悪かったんだろ……」



 どんなテストをしたんだこの人は。あれか、大学入試問題とかでも解かせたのか?



「最低限の学力は欲しいから私立の中学校入試問題を解いてもらおうと思ったんだけど」

「へぇ。意外と真面目に考えてたんだ」

「凄いでしょ!」

「お、おう…」



 なんだその犬が餌を欲しがるような顔は。もしかして案外チョロかったりする?



「ちなみにどこの中学校?」

「な、なら?っていうとこ」



 奈良?奈良中?私立の進学校なら60より高いだろう。結構難易度高めなんだな。



「漢字が確か一文字だった!」



 灘じゃねえか。大学入試レベルの化け物だぞ。厳選しすぎだろ。色違いでも見つけようとしてんの?



「どんな問題の出し方したの?」

「数学問題早解き」

「制限時間は?」

「三分」



 鬼試験官であった。顔が引きつってないだろうか。試験に挑戦した受験者の皆様にはご愁傷さまですとしか言いようがない。


 だがこの女、何がダメだったんだろうと本気で思案顔している。先生は頭を抱えている。頑張れ顧問。



「やり方は任せるとは言ったけどまさかこんな鬼畜ドSだったとはな」



 ドS越えてサディストな気がしなくもないが。というかこいつは解けるのか?



「自分で解いてみたのか?」

「私はギリギリ解けたからノリでいけるかなって」

「ノリでテストを出すなよ。人生懸けた奴もいたかもしれないのに」



 美少女とのリア充生活を夢見た男子高校生がどれほどこの日のために頑張ったか。立ちはばかる壁が断崖絶壁とも知らずに。



「それはそうと君も入部希望者よね。じゃあ試験始めるから席に座って」

「いやだから入部したいとは」

「じゃああの時計の短針が12になったらスタートね」



 聞いちゃいねえ。だがもう逃げられない。まあもしかしたら意外と単純な計算問題だったりして運良く解けるかも……四則演算Lv.100みたいな問題来たんだけど。こういうのは東大生に解かせとけ。



 普通に無理でした。惜しいところなんて一つもなく惨敗。惨すぎる。



「無理かぁ……五分にするべきだったかな?」

「時間の問題じゃないと思う」



 本当に俺は何をしているんだろう。なし崩し的にここに来てしまったけど、結局部活をするのかバイトをするのか決めきれていない。というかもうバイトするしかなくない?誰がこの人の相手できるの。


 帰ろうかと椅子から立ち上がった瞬間、か細いノックの音とともに後ろのドアが開いた。先生が出ていこうとした訳ではなく、誰かが教室に入ろうとしている。



「まさか入部希望者!?」

「被害者がまた一人…」

「君も特別にもう一回挑戦していいよ?」

「死にたくねぇよもう」



 悪役令嬢が下民を見るような目で見られてる気がする。俺には向いてなかったというか方向性の違いという理由で辞退させていただきます。


 話しかけるのは凄く苦手だが、話しかけられる分にはまだ会話できるらしい。一条と話すような返答でもいいのだろうか?なんだこの陰キャの思考回路。女子と会話した事が無さすぎて毎日が驚きと発見の連続です。


 入ってきたのは女子高生だった。不安そうな顔でこちらを見ている。



「し、失礼します」



 割と地味めな印象を受けた。青春はまだ謳歌できていなさそうだ。身長は低く、スカートも短くはない。黒髪は肩にかかる程の長さ。普通の女子高生と言った感じだ。



「あなたも入部希望者?」



 成宮さんは目をキラキラと輝かせて女子高生に近づく。あれ、俺と対応が全然違いませんか?思い上がるなって?



「……あ、ぁの……ええっと……」



 引っ込み思案なんだな。俯いた状態で頑張って話そうとしている。大丈夫。そこのお姉さんは優しいよ。多分。入部希望者じゃなければ。



「…ここって、悩みを解決するところって聞いて……」

「うん。そうだよ」

「……相談というか、依頼をしたい……です…」

「分かりました。話を聞きましょう!そこの椅子に座ってね」



 まだ部員揃ってないんじゃないですかね。ええと?これは先生が黙ってないのでは?



「じゃあ二人で頼むぞ。私は職員室に戻るから」



 今まで黙ってた先生が、安心したような顔をして去っていった。最後の最後にとどめを刺すのが好きなんですか?入部試験落ちたんですけど……



「さあ話して!あなたの悩みを。私が解決します!」

「……ち、近いです…」

「数合わせかよ俺」



 こうして俺の存在を忘れた探偵と依頼者の話し合いが始まった。

これからなるべく定期的に書き続けていきたいと

思っています。

よろしくお願い致します。

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