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青春探偵  作者: 葉月七音
第1章
3/4

#3 邂逅の果て

「そう。それは残念ね」



 彼女は失望したようにため息をついた。そこまで大袈裟(おおげさ)では無かったかもしれない。けどそう見えてしまう程には目の輝きは失われていた。

 彼女の瞳が一瞬俺を捉えるが、俺はすぐに目を逸らしてしまい、それ以降二人の視線は合わさることなく気まずい空気で溢れかえる。


 期待をさせてしまったのだろうか。俺は悪くないと思うけど先生はどうお考えなんでしょうか?

 俺が先生の方を見ると、先生は微笑みながらウンウンと頷いている。嫌な予感。外れろ。外れてくださいお願いします。



「これは少し時間がかかりそうかな。話が付いたら職員室まできて」



 柏木先生はそう俺たちに告げて、俺の肩をポンと叩く。先生の顔を見ると微笑んでいた。


 気を使ったつもりなのかもしれないが、ここからどう話を付けるべきなのか全くイメージが湧かない。

 てかあんた顧問だろ。この空気どうすんだ?何の試練ですか?先生は振り返って俺の肩に手を置いて小声で話しかけてくる。



「来週までに入部するかどうか決めてね」



 先生は俺の肩から手を離すと、ドアの方向へスタスタと歩いていきそのまま教室を出る。そんな生暖かい目で送り出そうとするな。

 最後にこちらを見て、頑張れと子どもの様な無邪気(むじゃき)な笑顔で拳を掲げてエールを送ってくる。そして迷うことなく職員室の方へ帰って行った。



 さて、この状況はどう攻略すればいいんですか?







 何分経っただろうか。夕陽はまだ落ちることなく、教室に(あわ)い光を射し込んでいる。再び訪れた沈黙は姿を変えずそこにある。試練はまだ続いている。

 話しかけるべきだろうか。これを逃したら二度と彼女と会話することは無いのかもしれない。


 だからなんだというのだ。俺は別に成宮さんと仲良くしたい訳じゃない。だったら部活という面倒くさい事に首を突っ込む必要は無い。成宮さんを狙う(やから)どもにそれは任せればいい。

 なら、気を遣う必要は俺には無いのだ。一般市民らしくラブコメの主人公の引き立て役になってやろう。でも嫌われたくはないんだよなぁ。一つ一つの発言が命取り。



「高校生が、それも入学したての一年生が誰かの悩みを解決するなんて、暇人でもなきゃできないんじゃないですかね」



 普通に失言だな。君も暇人ですって言ってるようなものだなこれ。コミュ障のちょっと会話できたら若干上から目線で話すアレになってた。ほら見ろ、成宮さんの氷点下の目線が突き刺さって……



「あれ?君って暇人じゃなかったの?」



 普通に失礼だな。俺にも予定は入れることはできる。入れてないだけ。真っ白なカレンダーって素敵だよね。



「一言もそんなことは言ったつもりないんだけど」

「先生が都合の良さそうな暇人見つけたからって嬉しそうに言ってたのに」



 絶対俺以外にも暇人いるでしょうに。俺はもしかしたら十年に一度の逸材(いつざい)なのかもしれない。



「でも一目見て分かっちゃったんだよね」

「何がですか?」



 次第にこちらに成宮さんが近づいてくる。ちょっと近すぎる気がします。ええ。すごい心臓がドキドキする。品定めされてる感じの目がもう。すごい。ハンターの目だ。背中に流れてるのは脂汗(あぶらあせ)か冷や汗かも分からないです。



「君、目がめっちゃ死んでる!」

「帰るよ?」



 はっ倒すぞ。そんな人の欠点に目を輝かせるな。



「別に貶してるつもりはないんだけど、ただ君の目が社畜感あって逸材だなって思っただけ」

「じゃあ直帰(ちょっき)していいですか?」

「ちょっと残ってもらうだけだからいいかな?」



 おっといかんいかん残業確定コースに入ってしまう。軌道修正(きどうしゅうせい)修正入ります。



「ちょっと野暮用があって残業は厳しいかなって感じですけど……」

「えぇ……私にサービスしてくれないの?」



 口をぷくーっと膨らませて、とても表情は可愛らしいですけど言葉に容赦(ようしゃ)ないなこの人。見た目に反して言動が全然可愛くない。上司感がすごいんだが。そもそもどちらかと言えば俺がサービスされる側ではなかろうか。違いますね。すみませんでした。


 そもそもただの高校生が他人の悩みを解決するなんて無理じゃないのか。スクールカウンセラーじゃあるまいし。自分の悩みすら解決できるか危ういのに。



「他人を助けるために部活を創る必要は無くないか?生徒会にでも入ればいいだろ」

「君は生徒会に悩みを言ったことはあるの?直接的でも間接的にでも」



 もちろん一度もありません。そりゃあ生徒会に相談するやつが少数派だろう。そもそも学校に相談なんてするよりも、友達にする方が楽で簡単だ。解決はしなくとも。



「一度もないけど」

「そうよね。大抵の人間はそう。悩みの種類は色々あるけど、生徒会に相談して解決するものなんて本当にごくわずかだと思う」



 生徒会にする相談なんて、学校を快適に過ごすためにするものが多いだろう。食堂のメニューを増やせ、部費を増やせ、校則を緩くしろといった、別に叶わなくても生活に支障のない要望を送り、送っただけで終わるものだ。生徒の九割九分は家に着いたら忘れてる。




「じゃあこの部活はどんな悩みを解決するんだ?」




 結局こいつは何がしたいんだ。何を解決したいんだ。誰を救いたいんだ。でもきっと俺の青春を捧げる場所はここでは無い。時間の無駄だ。俺は善人でも探偵でもないのだから。






 ならなぜ俺はこの部活を知ろうとしているのだろう。



「そうね…たとえば…………恋の悩みとか?」

「なるほど。楽しそうですね」



 可愛い部活だな。ついつい棒読みになってしまう。俺に向いて無さすぎるのがかなりキズ。

 そういうのはお友達と仲良く机を囲んでキャイキャイ牽制し合いながらやっててほしい。女子の得意分野だもんなそれ。


 どうせなら俺に聞こえないところでやってほしい。こっいは聞くつもりが無いのに無駄に声量が大きい頭がよろしくなさそうな女子の話し声が聞こえてきて、

『え、こいつもしかして聞いてる?やばくね?気持ち悪』みたいな目で見られるから。

 というかそれ小声で言ってるから。聞こえないフリするの神経使うどころか削り落とされるから。



「たとえばの話だって。他には……そうね……弱小野球部を全国に導いたり」

「それは監督っていう指導者の仕事なんだけど」

「じゃあ監督になろう!」

「ジョブチェンジ早すぎなんだよな……」



 成宮さんは目をキラキラさせながら言っているが、彼女が求めているのはスポーツ漫画の方だったか。

 それも立派な青春だと思う。探偵は消えてしまったが。



「…殺人事件が起きるかもしれないでしょ」

「流石にその一線は超えたらダメだって。早まるな」

「なんなのそのフォローの仕方……しかもその言い方私が殺す側だよね」



 彼女はむーっと口を曲げて機嫌を損ねている。一喜一憂が行動に出て分かりやすく、元気に溢れている。夕陽も相まって眩しい。



「本当に入らないの?」

「今のところは……」

「さっきまでなんとなく入部しそうな雰囲気だったのに」



 真っ直ぐな視線に罪悪感を感じてしまう。確かに一瞬入部してみようかなみたいな空気を作ってしまったよなぁ。いやいやここは無責任な発言をした先生が悪い。ということにして今日のところは帰ろう。俺の気持ちは今の状態だと変えられない。



「……でも、あまり無理に入部を強要しないように、とは言われたからしつこくは入部を勧めない」

「そんなこと言われてたんだ」



 腕を組んで多少拗ねた様子だ。さっきの先生の脅しは本当に冗談だったって事でいいのか。意外と優しいな。好きになってしまいそう。いや今回の元凶なんだけど。



「行けたら行くから」

「それ来ないじゃん」



 確かに成宮さんは確実に美少女の部類に入るだろう。そんな人と一緒の部活。大多数の男子にとっては夢みたいなシチュエーションなのだろう。

 でも俺にとっては現実で。しかも夢であってほしいと思っている。他の男子にとってみれば羨ましいシチュかもしれない。というかそうだろう。俺も事情が無ければそう思っていたかもしれない。

 今の俺は暇人だ。それはもう認める。けど今だけだ。俺の青春を捧げる場所はここでは無いだろう。


 彼女は助けを求めて手を伸ばしている。部活に入って欲しいと。だが無情にも俺はその手を払わないといけない。明日には広まっているのだろうか。少しでも敵が増えないことを祈ろう。人の噂も七十五日って言うし大丈夫だろう。

 彼女から見た俺の第一印象は最悪になってしまっただろうけど。



「いつでも待ってるから」

「やけに俺にこだわってるけど何で?」

「先生が逸材って言ったからかな?」

「信じすぎだよ。悪い人じゃ無さそうだけどあの先生」



 俺が彼女の嫌いなものTOP3に入る、頭の悪い人では無いことを祈ろう。今のところはなんとか生き延びられているが、彼女の基準が分からない以上、どこに地雷が潜んでいるのか分からない。逃げるは恥だが役に立つって言うし、勇気の撤退といこう。


 早く帰ってベッドに顔をうずめたいのだ。脳は思考することを放棄したがっている。成宮さんには申し訳ないが、今日のところは立ち去るとしよう。

 タイミングを見計らったかのように下校時間を鳴らせるチャイムが校舎に鳴り響く。



「チャイムも鳴ったし帰らない?鍵返しとくから先帰ってて」

「いや悪いよ。私が借りたのに」

「いいから。ついでだから」



 バッグを片手に鍵を受け取ろうと左手に伸ばす。ここはあくまでも自然に振る舞う。さっきから会話する時に緊張して足がガクガクしている。

 どこぞの陽キャなら言うかもしれないが、途中まで一緒に帰ろうとか言えるか。そんな所を誰かに見られたら死が訪れる。



「ありがとね」

「うん」



 鍵を受け取る。一瞬手と手が触れてピクっとしてしまったが気付かれてないと信じたい。急にラブコメ臭がしてきたぞ。まさか、こんなところで青春っぽいシチュが訪れるとは思いもしなかった。

 けど俺には部活に時間を費やすのは厳しい。理由は()(きた)りなんだけど、せめてその理由ぐらいは今回期待させてしまったお()びとして話しておかないといけないかもしれない。彼女はもう部屋の外に行ってしまった。急がないともう帰ってしまうかもしれない。



「成宮さん。実は俺が部活に時間を費やせないのは理由があって」






「…………」






 返事が無い。ただの独り言のようだ。というか独り言になってしまった。帰るの早すぎでしょ……悩んでたのがアホらしくなってきた。青春って難しいのな。

 筆箱を忘れても二度と取りに行かないと心に誓いました。

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