#2 彼女との邂逅
俺や一条が通っている公立蒼陽高校は上から見下ろすと、カタカナのヨの字のような見た目をしている。
正確に言えば、カタカナのコの上に漢字の一を乗せた見た目だ。
道路側にある教室棟が一棟、向かい合う特別棟が三棟、その奥には生徒会室やらパソコン室がある四棟がある。
一棟と三棟の横に付いているのが職員室や保健室、食堂などがある二棟。
四棟は二棟から少し切り離されて奥に存在している。
一棟と二棟と三棟に囲まれた中庭には噴水があり、リア充どもが昼休みにはうじゃうじゃと発生する。
さも自分達がこの学校の中心で光り輝いているかのように錯覚するだろう。
四階から見るとなかなかの景色だ。ハハハ!見ろ、人間がゴ〇のよう……羨ましくなんかないけども。決して。
柏木先生は俺の存在を忘れているのではと思うほど、まっすぐにしっかりとした足取りで探偵部とやらの部室へ向かう。
探偵部とはどんな部活なのかまるで分からん。探偵を育成するのか?全国大会とかあるのだろうか……
辿り着いたのは校舎四棟二階の空き教室。教室棟の教室より少し狭いぐらいだろうか。職員室からは結構遠い。無駄に学校の敷地が広い。部活はもう明日でもいいんじゃないのか?良い子は帰宅する時間だぞ。
「ここが探偵部の部室ですか?」
「そう。ここは数年前まで専門教科の授業で使用してたんだけど、その専門教科を扱うクラスが無くなっちゃったから、今は空き教室になってる」
蒼陽高校には普通科と情報科があり、それぞれ三クラス、合計で六クラスある。文武両道を謳っているらしく、それなりに偏差値も高くて部活動も活発だ。
柏木先生がノックをコンコンと二回鳴らしながら、部屋の向こう側にいる人物の返事も待たずにドアを開く。俺も先生の影に隠れながら後に続く。
そこにはさっきすれ違った少女が立っていた。まるで絵画の如く、時が止まっているかのように錯覚した。
――――思わず思考が停止する。
そして、彼女は微笑みながら俺に尋ねる。
「君が探偵部員?」
「いえ、違います」
「うん、そうだよ」
だがなぜだろう。その質問が来た瞬間に脳が再起動した。
綺麗にハモったように聞こえた。俺と先生は相性バツグンと思いかけたが、発した言葉が百八十度違いましたね。やっぱり入部させるつもりだったか……なんとなく分かってましたけど。
「あれ?違う?先生が入部希望者を後で連れて来るって聞いてから三時間ぐらい待ってたんだけど……」
彼女はハテナと首を傾げる。正気か。三時間待つとかよっぽどの暇人だな。
「はい?昼から待ってたの?」
「一時からずっと。スマホで時間潰すにも限度あるから、さっきまで校舎うろうろしてたけど」
だからさっき会ったのか。なんか申し訳ない気分になったけど、俺悪くないよね?早く終わると期待した先生の詰めが甘い。
先生の方をジト目で俺と成宮さんが見つめる。すると腰に手を置いて、開き直って堂々と発言した。
「君が宿題をさっさとやらないのが悪い。時間かかりすぎ」
「途中で呼びに来れば良かったじゃないですか……」
「いやー先生もちょっと忙しくてね?」
次第に視線を俺たちから逸らし始めた。なるほど、忘れてましたね俺の存在。俺が生徒指導課の先生に怒られてて良かったですね。
「黒咲君を選んだ理由は、昨日提出してもらった部活体験希望表が白紙だったから。白紙ってことはどの部活でも入部できるってことでしょ」
「なんすかその法外理論。普通どこにも入りたくないって捉えませんかね」
「じゃあ何か放課後にはご予定が?」
これは回答をミスったら死亡してしまう。絶対に回避しなければならない。立つなよ死亡フラグ。
「今週は空白ですけど」
「暇じゃん」
「こ、これから予定で埋めつくされて多忙な日常になるかもしれないじゃないですか」
「希望的観測は良くないよ。現実を見ろ。今から予定で埋めてあげる」
見事に死亡した。俺の無限大に広がる可能性は信じてくれないというのか。
こんな暇人そうなやつをスカウトしなくても、こんな美少女がいる部活なら否が応でも人は入るだろうに。だが、先生はやれやれといった様子で手を振った。
「ていうかこの子が部活を創るって噂聞いたことないの?」
「誰かが言っていたような言ってないような」
そういや一条が言っていた気がする。ちゃんと話を聞くべきだったか。今度からはあいつの話をもう二割弱程は聞いてあげよう。そもそも情報量が多いのに、なおかつ八割方どうでもいい内容なのが厄介なんだ昔から。
「どうせなら、彼女が部活を創ろうとした経緯から説明した方がいいかもね。今更言うのも何だけど普通じゃない部活だから。探偵部の初期メンバーになるからね」
「まだ入部するとは言ってないですけど」
話が唐突に進んでいく。そもそも何をする部活かも俺は知らされてないのだが。部員が一人しか存在しない部活を既に認めているのか?この学校は。
「君がどこかで怒られてても誰か庇ってくれる人いるのかなぁ……?」
「それはとても刺激的な冗談ですね。もう少し時間を頂けませんか?」
「冗談じゃないかもしれないので来週の月曜日までにご回答くださいね」
その脅しはずるい。こうなっては迂闊に逆らえないのが生徒の運命。日本の縦社会の悪い部分が全面的に出てますよ。
正直、もう一回生徒指導の先生に怒られたらトラウマに進化しそうだ。今は時間を引き伸ばしてやり過ごすことにしよう。
「二人はどういう関係なの……」
「日本の縦社会が産んだ闇から生まれた関係だ」
俺は悪くない。日本の社会制度が悪い。だから、いつまでたっても残業は減らないし、役職持ちは同じ椅子に居座るんだ。下の気持ちをもっと味わうべき。
「見ての通り、部員は彼女一人しかいないから。」
「それ部活って言えるんですか?」
「言えないから君を捕まえたの」
よく一人で部活を創ろうと思ったものだ。行動力の塊みたいなやつだ。これが陽キャか……
「私は一人でできるなら一人でしようとしたんだけど、学校がそれは認めてくれないから」
部活を創るサポートを学校側がしてくれるだけで凄い。何か権力でも動かないと、公立高校が一生徒の為に動くことはないんじゃないか?
彼女は何者なのだろうか。金持ちか?上級貴族め。
「じゃあ改めて自己紹介を。一年二組、成宮朱音です」
意外と普通の自己紹介だった。ここまでは。次の台詞で、俺は認識を改める必要があると知る。
「私、頭の悪い人は嫌いなの。」
「は?」
満面の笑みで言うなよ怖いだろ。
急に人の好みを言われてもどうすればいいのか分からん。初対面同士の自己紹介でそんなこと言います?こいつ言い方ストレート過ぎだろ。
「あと、トマトも嫌い。虫も嫌い。理不尽も嫌い」
好きなものではなく、嫌いなものを最初に言うあたり、こいつは中々性格が曲がってそうだ。
「好きなものは笑顔と甘いものと楽しいこと」
好きなものを言う時は善人っぽいというかヒロインっぽい事を言うんだな。成宮さんの考えることがよく分からない。人物像が掴めない。
「私は困っている人を助けたいの。悩んでる人が抱える問題を解決したい」
それが部活を創った理由か。案外薄っぺらいものだな。在り来りというかなんというか。
人を助けることは、それ相応の能力を持つ人が行うべきだ。無能がいくら集まったって解決には辿り着かない。
「だから、私と一緒に」
成宮さんは手を差し伸べる。目の前の人物に向かって。微笑み……いや、不敵な笑みを浮かべて。その目に映る人物を見据えて。
「君も探偵にならない?」
彼女は何か期待するような目で俺をまっすぐに見つめる。
「俺は……」
俺が探偵になって他人を助ける。
「ならない」
想像しただけで、虫唾が走る。