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青春探偵  作者: 葉月七音
第1章
1/4

#1 青春との邂逅

 

 夕暮れが迫る、蒼陽(そうよう)高校一年三組の教室で一人、俺は作文用紙に筆を走らせていた。

 題名は「今後の高校生活の抱負(ほうふ)」というよくあるありきたりな宿題である。


 おそらく毎年これを見ているであろう先生方が、この適当な文字列を見て、何を読み取っているのか微塵(みじん)も理解できないが、それでも提出しなければ怒られてしまう。

 だから昨日、適当な言葉で埋めてさっさと提出するつもりだったのに。


 そんなことを考えてる俺の背後から近づいてくる影が一つ。



「入学二日目にして宿題を出さない不良がここに一人」

「宿題はやりました。でも家に忘れました。シンプルにそれだけなんだけどな」



 俺は作文用紙を見つめてため息をつきながら、指の間でシャーペンを回す。作文用紙は二枚目に突入し、半分程は空白が埋められている。

 俺に話しかけてきた男子高校生は隣の机の上に座って、スポーツドリンクを喉に勢いよくゴクゴクと流し込む。プハっとわざとらしい音を立てながら、美味(うま)そうに飲み干した。



「入学早々に宿題忘れたのって、クラスで(かえで)だけだろ?平穏(へいおん)に過ごしたいとか言う割に変な目立ち方するよな」

「まさか入学二日目でクラスメイトの前で説教を食らわされるとは思わないだろ」



 てっきりこういうのは担任の先生が回収するものだと思ってたのに、まさか生徒指導課が直々(じきじき)にお出迎えしてくださるとは。ありがたいにも程がある。お陰様(かげさま)でこのザマである。

 何が悲しくて放課後に一人(むな)しく作文なんか書かないといけないんだ。


 このどこか楽しそうに揶揄(やゆ)してくるイケメン。名前は一条(いちじょう)橙夜(とうや)。中学からの付き合いである。

 高校一年生にして、身長は百七十センチを既に越えており、筋肉も程よくついた恵まれた体格をしている。人懐(ひとなつ)っこい笑顔が夕焼けに映えて(まぶ)しい(らしい)。

 中学の時は女子から、その笑顔がかわいいと言われていたらしい。ラノベ等でよく見るテンプレ陽キャである。



「お前、サッカー部だろ。放課後にこんなところで油売ってていいのか」

「もう今日は仮入部も終わったしな。ここに来たのも忘れ物を取りに来ただけだし」



 一条はそう言うと、ゆったりとした足取りで教室の後ろにある自分のロッカーへ向かい、オレンジ色のランチクロスに包まれた弁当箱を手に取り、今度は俺の隣の椅子(いす)に腰掛ける。



「ところでさ、話変わるんだけど、二組の成宮(なるみや)朱音あかねって子のこと知ってるか?」

「いや、知らないな」



 入学してまだ間もないにも関わらず、他クラスの女子の事など、カーストトップの陽キャでもない限り知らないだろう。

 俺は俗に言う陽キャでは無いし、清き汗を垂れ流す運動部に所属するような、活発な日常生活は送っていないのだ。



「噂ではうちの高校で一般入試二位らしいぞ」

「ほう、頭いいんだな」



 俺や一条が在学する公立蒼陽(そうよう)高校は、地元ではそれなりに偏差値(へんさち)が高く、一応進学校を名乗ることが出来る高校だ。それで二位なら難関私立も行けるだろう。




 只今(ただいま)の時刻は十五時四十二分。タイムリミットは本日の午後四時と宣告(せんこく)されている。そろそろ書き終えて提出しなければ、生徒指導課の先生に再び、ありがたいご指導をいただいてしまう。



「中学の時はソフトテニス部でインターハイ全国三位だってよ」

「へえ、運動神経いいのな」



 左肘(ひだりひじ)を机について、残り半分の空白を時間をかけて埋めていく。全国三位とか言われても、スポーツに詳しくない一般人は『へぇ凄い』としか言えないだろう。語彙力(ごいりょく)以前に想像力が足りない。凄い。三位まじ凄い。



「それでもって、美少女なんだと」

「結局、一条(いちじょう)が興味あるのはそこだろ」

「やっぱ高校生なら興味あるだろ」

「否定はしない。けど、宿題に追われてそれどころでは無い高校生がいるってことも伝えとく」



 (なお)、発言した本人の模様。



「そんなに美少女してるのか?」

「そりゃ学年一、下手したら学校一って言われる程だぞ」

「そりゃ大層なもんだ。見てみたいな」


 入学二日目にして学年一の美少女の座を取るとは(うわさ)とはいえ、確かに(すさ)まじいものを感じる。

 一条は楽しそうに笑いながら話す。こういうのが高校生らしいと言うのだろうか。俺は少しだけ息が()れる。そんな俺に見向きもしないまま、一条は話しかけることを辞めない。



「なんでもクォーターで、赤髪がかった茶髪でセミロングだってよ。」

「詳しすぎないか?」

「逆にまだ知らないやつがいるとは思わなかった」

「クォーター美少女なら倍率高そうだな。外人もいいなとか思い始めるよな。そういうお年頃だもんなお前」

「お前と誕生日一ヶ月しか変わらないんだよなぁ……」



 そこら辺の陽キャなら、リア充っぽい雰囲気(ふんいき)出して適当に親睦(しんぼく)深めてウェイウェイしてたら行けんじゃないの?せっかくだから応援してやるか。俺はできるだけ(さわ)やかな笑顔を作って、息を軽く吸って言ってやった。



「骨は拾ってやるからな」

「やめろ。その目の死んだ(うす)ら笑い。そんでもうちょい応援しろよ」

「人生は(あきら)めが必然って言うし」

「言わねえよ。ネガティブに振り切れすぎだろ、そのことわざ」



 人生なんて期待しても応えてくれることの方が少ないのは周知の事実だと言うのに。



「これでお前が美女と付き合ったら、どう責任取ってくれるんだよ」

「一条。現実を見ろ。美女と野獣の高校生カップルなんていないから」

「また後ろ向きな発言を……もっと夢見ていいお年頃なんだぞお前」

「まぁ学校始まったばっかだしなぁ。頑張ってみるよ」



 何を頑張るかは知らないけど、明日の自分に託しておこう。

 ラノベやラブコメ漫画によくある美少女と些細(ささい)なことで知り合って次第に両想いに…!的な展開は現実であまり起こらないからこそ、フィクションとして盛り上がるのだ。

 現実でこんな大量発生してたらこんなにラブコメラブコメ言われんだろ。ここ最近のラブコメ漫画、ラノベやネット小説を見た俺の感想でしかないが。


 一条はどこか悲しげな表情をして、諦めたように短いため息をついて言葉を発した。



「そんなことより、その成宮さんなんだけど」

「まだ続くのか」



 もうラスト三行まで来たのに。最後は勢いでさっさと終わらせたい。左手で用紙を押さえ、目の前の文字に集中する。俺の右手の指たちが悲鳴を上げているが、あと数秒の辛抱(しんぼう)だ。頑張れ、今楽にしてやるから。



「なんか部活を創ろうとしてるらしくて」

「そりゃすごいな。俺も入部しようかな」

「昨日の部活体験希望表に何も書いてなかったよな?」

「終わった。先生に出して帰るわ」



 明日その話はゆっくり聞き流してやるから今日は帰らせてくれ。今日は無理。疲れた。だるい。

 一条は名残惜しそうにこちらを向くが、俺は無視して別れを告げる。一刻も早くこの呪縛から解放されたすぎる。



「じゃあな。話は明日聞く」

「てかさっきその成宮さん見かけたんだけど」

「へー。まぁ会わんだろ。また明日」

「そこの職員室ら辺ですれ違ったからもしかしたら…ってお前ふでば」



 俺は書き終えた用紙を手に持ち、通学用カバンを肩にかけて教室から(あわ)ただしく出る。今は『成宮さん』に集中している場合ではないんだ。

 こちらに何かを(うった)えかける表情をしたような一条を残したまま、最後に何を言ったのか聞き取らないまま職員室へと向かう。どうせ大したことは言わんだろこいつ。

 友人の始まってもない恋路(こいじ)を応援すると同時に、早く課題を終わらせなければ。今は恋バナはお呼びじゃないんだ。





「筆箱忘れてるけど…って急ぎすぎだろあいつ」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「タイムリミット関係ないなら明日でもよかっただろ」



 あれあれ、四時前にちゃんと提出したんですけどね。そんなことは関係ないと、生徒指導の先生からしっかりご指導をいただいた。その後、誰かが俺を呼ぶ声がしたような気がしたが、疲れているのだと思い、そのまま帰ることにした。


 俺は寒くもないけども、両手をズボンのポケットに突っ込んで、とぼとぼと一階の玄関へと向かっていた。

 もう今日はさっさと帰ってシャワー浴びて寝よう。この憂鬱な気分も全てに流してしまいたい。



 重い足をゆっくりと動かしながら歩いていると、廊下の前方から、一人の少女が歩いてきた。


 身長は俺より少し低いぐらいに見えるから、百六十センチ程。赤みがかった茶髪の美少女。ポニーテールに纏めている。制服のブレザーが夕陽に焼かれて良く似合う。絵師さんに描いてほしい。

 何故か既視感(きしかん)を感じる。だが俺が知っていても、向こうの女子生徒は俺のことを知らない。


 あいつならもしかすると声をかけていたかもしれないが、俺は自分から声をかけるなど頭の(すみ)にも考えてはいなかった。

 下手に声をかけて、『え、何この人こわ』っていう嫌悪(けんお)と恐怖に満ちた目で見られたら三ヶ月は(へこ)む自信がある。会話スキルはレベル上げてないからね。


 いや、そもそも初対面の女子に話しかけるとかハードル高すぎ。あの陽キャはコミュ障舐めてますね。この打撃耐性ゼロのガラスのハートを。


 すれ違う時も、お互い目を合わせることなく、ただ普通にすれ違い、距離は広がっていく。何事もなく、俺とってのちょっとしたアクシデントは過ぎていった。向こうにとってはなんでもない事だろうけど。


 何か忘れている気がする。俺は過去の自分を振り返ってみた結果、一条の何かを訴えかける顔が思い浮かんだ。



「あっ、筆箱忘れた」



 今日は宿題を課されていない。だから家で筆箱を開けることは無いが、学校を出る前だったため、教室へ引き返すことにした。

 めんどくさいけど、忘れ物に気づいて取りに行けるのに行かないのは、気持ちが悪い。そんな感情に引っ張られて来た道を戻ることにした。振り返ると、さっきの女子が階段を登る姿が見えた。

 ストーカーじゃないからな。マジで。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 少し時間を空けて階段を登って、二階の職員室前を通り過ぎようとした時、一枚の張り紙が目に止まった。どこの高校にもありそうな掲示板(けいじばん)に、部活動勧誘の張り紙が多数、掲示されている。


 硬式野球部やサッカー部などの体育会系はもちろん、文芸部や吹奏楽部などの文化系など、張り紙は優に三十は超えている。その中でも一つ、俺は異色な張り紙を見つけた。



「…探偵部(たんていぶ)?」



 他の高校ではおそらく存在しない部活動。それも何故か掲示板のど真ん中に張られている。探偵部の張り紙をめくると、下には「料理部、即戦力のパティシエorシェフ募集」の文字。

 ちょっと入部のハードルが高すぎやしないか。探偵部の張り紙はおそらく上から無理やり張り付けたに違いない。


 探偵部の部室の場所は書かれていなかったが、少しばかり興味が()いてきた。だが、今の俺の精神力は瀕死(ひんし)の状態だ。

 無理に行く必要は無いし、何故か嫌な予感がする。一度行ったらもう戻れないような不穏(ふおん)な予感。

 それに、張り紙には探偵部の文字と、決めゼリフのような一行の文章しか書かれてない。



「探偵募集中」



 よく分からん。探偵をそんなに集めて何をするつもりだ?



「多分まともな部活じゃないだろうなぁ」

「何を一人でボソボソと呟いてるの?」

「いや、なんでもないです。失礼します」

「さっき呼んだのになぜ無視した」



 背後から聞こえてくる声に不吉なものを感じ、立ち去ろうと左足を踏み出す。だが、それと同時に肩に置かれた手がくっついたかのように離れない。

やばい。担任の先生でしたか呼んでたの……これは普通に怒られそうだ。もうやめて。とっくに俺のライフはゼロよ。


「まぁこの際いいか……もしかして興味がある?この部活に」

「まぁ、少しだけあります。この料理部に」

「へぇー。探偵部に興味があるんだ?」



 全然話を聞くつもりも逃がす気もない人物の方に俺は眉をひそめて振り返った。そこにいたのはロングの黒髪を(なび)かせたスレンダーな女教師だった。かなりの美人。出るとこは出てないが。

 柏木(かしわぎ)(あい)。俺のクラスの担任である。



「いや、部活動は遠慮させてもらおうかなと」

「結構うちの学校の部活動は盛んだから、仮入部ぐらいしてみればいいのに」

「まぁ…善処します」



 とりあえず、多少のやる気は見せた方がよさそうだ。探偵部という名前に興味は出たが、如何せんどうも得体がしれない。

 というか肩に置かれた手がビクともしないんですが。さっきから小刻みに体を動かしてるのに。決して獲物は逃がさないというハンターの圧を肌に感じる。(肉体的に)

 脳が全力でこの場から脱出しろと命令しているにも関わらず、体が動かない。



「そうだ。試しに行ってみたら?探偵部。そぐそこにあるから」

「あーそうですね。明日以降時間があれば行ってみようかな」

「今日宿題出てないし暇でしょ?案内したげるから行ってきなよ」

「いや、そんな悪いですよ僕ごときに」

「さっき絞られたからって暗くならない。リフレッシュして切り替え切り替え。さぁ行ってみよう」



 あらら、お前は逃がさないという圧を精神的にも感じてきましたよ。もうこれは今日行って、『あ、やっぱダメでしたー笑』みたいな感じにするしか無い。なんでこんなに俺を行かせたがるんだろうか。

 アクシデントは連鎖するというのか。なんかもう逆に楽しくなってきたぞ。そう思い込むことにしよう。


 肩に置かれた手は幾分か軽くなったように感じるが、振りほどいて離せるほどではないので、渋々向かうことにする。先生の方に目を向けてみると、幼い少女のような目をしていた。なんだか楽しそうですね。あと意外と身長もあるし、出るとこは出て…



「今何を考えてたのかな?」

「いえ、何も。どんな部活かなって考えてました」

「ならいいけど、変な視線を感じたから」



 急に鷹のように目が鋭くなった。怒らせたら怖いタイプだなこれ。理論責めしてメンタル叩き潰してきそう。

 よく見ると美人なんだなぁという間の抜けた感想も出てくるが、もはやそういう現実逃避の思考に陥った時点で負けてしまっている。

 さっきは生徒指導の先生からの説教砲を軽減してくれたしなぁ…行くだけ、ほんとに行くだけなら…



「是非ともお願いします…」

「よしよし。これでとりあえず一人確保、と」



 もうちょい聞こえないように、発言してくれたら嬉しかったんだけどな。あの、まだ入部するとは一言も言ってないんですが…?

 つまりこれはあれですかね、外堀から埋めてくるタイプですかね。重くないですか、大丈夫ですか。



 これってまだ逃げられる状況ですか?






何度も編集を行ったこと、申し訳ございません。もし良ければ、読者の皆様からの感想やレビューなどをいただきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

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