勇者よ、世界の半分をやろう
「化け物」
まただ、もう聞き飽きた。疲れた私は生えてきた脚を確認して拠点に戻る。
感情を捨ててから私の勇者としての力はどんどん高まり今では手足がちぎれようが立ち所に再生し、毒や病なんかもひいた事がない。疲れは、あるだろう乳酸が溜まってる感覚はある、ただどれだけ疲れようと筋肉がちぎれようと私は戦う。勇者だから?これじゃ本当に化け物だな、自虐の笑みすら浮かばない。
振り返れば肩を並べる友も私を見てくれる恋人も道を示す父も疲れを癒す母もいなかった。
ただ勇者たれと言われるままに涙を流す増悪に燃えた魔族を殺していた。
自分でも解る、私の目は眼は何も映して無い。ただ勇者として剣を振るい、敵を屠り、誰に言われたのか魔王を殺す為だけに骨が折れようが肺が焼けようがその足を引き摺る。平和の為に、世界の為に。
ただの人形と化してなお何故狂わなかったか?希望は、夢は無かったのか。何度も何度も自問する。その度に答えた。「魔王を倒せば終わるから」
誰が言ったのか、はたまた長過ぎる地獄に本能が狂わないようにと焼き付けたのか。
目を瞑れば鮮明に浮かぶ、涙を流しながら、誰かの名前を叫びながら自分を殺そうとする魔族を切り捨て、助けた筈の人間からは恐怖に染まった目で化け物と呼ばれる度に強くなる最後の希望。
寒さに震える身体を丸める悪夢なら覚めて欲しい。震える身体を暖かく包んで欲しい。全て無かったことにして、穏やかに眠りたい。最早朧気にしか思い出せない勇者になる前の私の記憶。
嗚呼、主よ。私にこのような試練を課した我らが主よ。多くは望まない、ただこの悪夢を覚まし、母の温もりに包まれて安らかに眠らして欲しい。
祈りなら捧げた。戦いに必要のないものは全て捨てた。感情も理性も仲間も家族も、なのに何故?何故私は魔王を見上げている?
何故魔王は私をそんな迷子の子供を見るような目で見る?
ほら、そんな事してるからちぎれた腕も肺に刺さった骨も治ってしまった。再び立ち上がり剣を構える私を前にどうしてそんな顔をするんだろう。貴方は世界を滅ぼす魔王だろう?
「何故お前は魔族を、魔王たる私を殺そうとする?」
何故そんな事を聞くんだろうか、そんなの魔族が人間を世界を滅そうとするからじゃないか。だから私なんかが生まれたんだ
「なら勇者、お前は私を殺したら何になる?」
何に?そんなの決まってる、世界を救った英雄になるに決まってる。
「英雄になりたくて私を殺すか?」
違うそうじゃない、私は勇者だから、勇者だからお前を殺す。それだけだ。
「なら、お前は私を殺してどうしたい?」
......眠りたい。安心して眠りたい。怨嗟の声も恐怖からの拒絶も聞きたくない、あの目で見られたくない、もう誰も殺したくない、殺されたくない。
1度蓋を開ければそれはもう止まらない、押さえ込んで来た感情が全て吐き出される。殺そうとしている相手に全てを吐き出す。
魔王は何も言わなかった、ただ瞑目している。切り掛るなら今なんだろう、でももう少しだけ話していたかった。魔王だけは私を憎悪でも恐怖でもない目で見てきたのだから。
今だけは、勇者ではなく私としていられる。
「残酷な世界よな。神々の傀儡として本来の在り方を歪められる酷くおぞましい世界だと思わないか」
何を言ってる、まるで私が戦うのも今ここに立っているのも全てが神様の所為だと言ってるようではないか
「その通りだ。人々は太陽の女神が、魔族は月の女神が管理している。二人の神々が争って...ならまだ理解出来た、巫山戯るなと憤る事が出来た。が、真実は違う。神々は私達を手離したくないんだ。子が親離れするのを恐れる余りその自由への翼を手折ってしまう。そしてそれが魔族と人間の争いとして表れた、つまりこの地のあらゆる生命は神への献身を強制されてるのだ。他でもない我らが母によってな」
つまりはなんだ、自分の存在意義を見失いたくないから、「助けてください神様」と縋られたいが為にこんな事になってると言うのか?......巫山戯るな、私がこんな目に遭うのも何もかもが神様の我儘の所為だって?
ならたとえ魔王を殺そうと、魔族を全て殺そうと神がいる限り私に安寧は無いではないか。
そう思ったらふつふつと怒りが湧いてくる。剣を握る手の骨は軋み奥歯は割れ全身の血液が沸騰でもしてるようだ。
「そうだよなぁ、怒るよなぁ。人生を狂わされたんだからなぁ」
もはや勇者としての義務なんて無い。あるのは理不尽を告げてきた神への殺意のみ。
魔王は挑発的な笑みを浮かべつつ私に手を差し伸べ
「勇者よ、世界の半分をやろう。そして願いを叶えてやろうではないか」
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後にある1人の歴史家は「勇者は人類の裏切り者だ、神にすら唾を吐く狂人」と言った、またある1人の哲学者は「神の支配から離れ初めて人は本当の自由を得た、それを成し遂げた勇者は人類の希望だ」と言い後世に繋げた。
世界は二つにわかたれた、人界と魔界に。そしてそれを為した二人の英雄はある言葉を残しその姿を消した「願わくば、全ての命が神の手が届かぬ宇宙の彼方へ駆け抜け給え」