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狼の仔  作者: 加密列
第八章 血に染まる
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刹那に生きる 〜トピ〜

僕が人を殺してから半月。仕事には行ったが、それ以外は森から出ずに過ごしていた。那幾にも会いに行っていない。事に決着がつけば会いにいくと言った。決着は、まだついていない。僕はまだつけられていない。


(ティアは、表かな)


ごくかすかに風を切る音がする。棒を振っているのだろう。


(僕は、何をしているんだ?)


初めてそう思った。


「ティア?」


戸を開けて表に出る。思っていたより眩しい日差しに目をすがめると、


「トピ?どうした」


額に汗が浮いている。


「もう、逃げない方がいいと思って」


生きているから前に進める。だったら進もうとしないといけないだろう。ティアは微笑みを浮かべた。


「トピならきっとそう気づくと思っていた」


その微笑みには安心が隠れていて、彼女が僕を心配していたと、そう気づいた。


(鈍すぎるだろう…)


「僕はまた逃げるかもしれない。だけど」

「私が人で居られるようにトピが支えてくれる。だから私はお前が逃げないように、繋ぎ止めてみせるよ」

「逃げないように、つくすから」


もう逃げたくない。


「助けられっぱなし、って言うのも気がひける。これであいこだ」


あいこ?そんなことはない。いつでも僕は助けてもらいっぱなしじゃないか。己の不甲斐なさに泣けてくる。


「トピも決着がついたなら、街へ行こう。金もだいぶ貯まったから」


最低限の食料以外は買っていないのだ。


「簡単な帷子かたびらが欲しい。それから穂先と短刀、トピの矢じりも必要だろう」

「帷子?重いだろう」

「それは鎖帷子だろう。そうか、街の影は鎖なのか」


意味がわからない。


「鎖じゃない帷子なんてあるのか?」

「森の影は皮の帷子を着る。防御性は鎖に劣るが、軽いし音がたたない」


そうなのか。


「行こう」


そう、声をかけた。


「ああ。行こう」


もう習慣のように森を駆けても、疲労は感じない。獲りためていた毛皮を担いでも素早く駆けることができる。木戸に着いても二人とも息一つ切らしていなかった。毛皮をティアが売り、その足で防具屋に向かう。


仕事場とは別だ。隣には武具屋もある。そこの主人は寡黙で、女のティアが帷子を買っても眉ひとつ動かさなかった。武具屋で槍の穂先と短刀、それから僕の矢じりを買う。本当は作っても良かったのだが、やはり売っているものの方が質がいい。短刀はかなり早く決まって、ティアは飾り気のない短刀を選んだ。直刀で柄は木のそれは意外に高かった。ティアは値切るでもなくそれを買うと槍の穂先を選びにかかった。こちらは時間がかかったが、結局僕自身もいいと思った小さめの穂先を選んだ。


「どうして値切らなかったんだ?」

「短刀のことか?」

「そうだ」


ティアが値切らずに買い物をするなんて珍しい。


「握ってみろよ」


帯に落とし込んでいたそれを差し出される。鞘を抜いて軽く振ると、


「掘り出し物だろう?」


僕はそんなに表情を隠すのが下手なのだろうか。一見無骨なそれは柄と刃の釣り合いが絶妙で、手に吸い付くようだった。


「あの値段でも安いくらいだ」

「トピ、めいを見てみてくれ」


銘?


哉真李かまり?那幾と同じ国の人か?」


何故急に銘のことを言い出すのだろう。


「『金梅花きんばいか』の料理人だ。厳しい人だったんだが、包丁を研ぐのが料理人にしても上手くてね。それに料理人にはあり得ないところにたこがあった」


懐かしむような顔をしていた。


「彼には、別れと礼を言いたかった」


だから、値切らなかったのか。無言で歩くとやがて大橋が見えてきた。あの下には那幾がいる。(今会いに行こうか)今行かなければならないような気がして、足を止めた。


「ティア」

「なんだ」


すでに予想していたように振り向いたその目を見据える。


「那幾に、会いに行こう」


その瞳がひらめくように輝いた。


「行こうか」


この街で、会いたいと思える人がいる。僕は唇を噛みしめると橋の下へと歩みを進めた。


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