刹那に生きる 〜トピ〜
僕が人を殺してから半月。仕事には行ったが、それ以外は森から出ずに過ごしていた。那幾にも会いに行っていない。事に決着がつけば会いにいくと言った。決着は、まだついていない。僕はまだつけられていない。
(ティアは、表かな)
ごくかすかに風を切る音がする。棒を振っているのだろう。
(僕は、何をしているんだ?)
初めてそう思った。
「ティア?」
戸を開けて表に出る。思っていたより眩しい日差しに目をすがめると、
「トピ?どうした」
額に汗が浮いている。
「もう、逃げない方がいいと思って」
生きているから前に進める。だったら進もうとしないといけないだろう。ティアは微笑みを浮かべた。
「トピならきっとそう気づくと思っていた」
その微笑みには安心が隠れていて、彼女が僕を心配していたと、そう気づいた。
(鈍すぎるだろう…)
「僕はまた逃げるかもしれない。だけど」
「私が人で居られるようにトピが支えてくれる。だから私はお前が逃げないように、繋ぎ止めてみせるよ」
「逃げないように、つくすから」
もう逃げたくない。
「助けられっぱなし、って言うのも気がひける。これであいこだ」
あいこ?そんなことはない。いつでも僕は助けてもらいっぱなしじゃないか。己の不甲斐なさに泣けてくる。
「トピも決着がついたなら、街へ行こう。金もだいぶ貯まったから」
最低限の食料以外は買っていないのだ。
「簡単な帷子が欲しい。それから穂先と短刀、トピの矢じりも必要だろう」
「帷子?重いだろう」
「それは鎖帷子だろう。そうか、街の影は鎖なのか」
意味がわからない。
「鎖じゃない帷子なんてあるのか?」
「森の影は皮の帷子を着る。防御性は鎖に劣るが、軽いし音がたたない」
そうなのか。
「行こう」
そう、声をかけた。
「ああ。行こう」
もう習慣のように森を駆けても、疲労は感じない。獲りためていた毛皮を担いでも素早く駆けることができる。木戸に着いても二人とも息一つ切らしていなかった。毛皮をティアが売り、その足で防具屋に向かう。
仕事場とは別だ。隣には武具屋もある。そこの主人は寡黙で、女のティアが帷子を買っても眉ひとつ動かさなかった。武具屋で槍の穂先と短刀、それから僕の矢じりを買う。本当は作っても良かったのだが、やはり売っているものの方が質がいい。短刀はかなり早く決まって、ティアは飾り気のない短刀を選んだ。直刀で柄は木のそれは意外に高かった。ティアは値切るでもなくそれを買うと槍の穂先を選びにかかった。こちらは時間がかかったが、結局僕自身もいいと思った小さめの穂先を選んだ。
「どうして値切らなかったんだ?」
「短刀のことか?」
「そうだ」
ティアが値切らずに買い物をするなんて珍しい。
「握ってみろよ」
帯に落とし込んでいたそれを差し出される。鞘を抜いて軽く振ると、
「掘り出し物だろう?」
僕はそんなに表情を隠すのが下手なのだろうか。一見無骨なそれは柄と刃の釣り合いが絶妙で、手に吸い付くようだった。
「あの値段でも安いくらいだ」
「トピ、銘を見てみてくれ」
銘?
「哉真李?那幾と同じ国の人か?」
何故急に銘のことを言い出すのだろう。
「『金梅花』の料理人だ。厳しい人だったんだが、包丁を研ぐのが料理人にしても上手くてね。それに料理人にはあり得ないところにたこがあった」
懐かしむような顔をしていた。
「彼には、別れと礼を言いたかった」
だから、値切らなかったのか。無言で歩くとやがて大橋が見えてきた。あの下には那幾がいる。(今会いに行こうか)今行かなければならないような気がして、足を止めた。
「ティア」
「なんだ」
すでに予想していたように振り向いたその目を見据える。
「那幾に、会いに行こう」
その瞳がひらめくように輝いた。
「行こうか」
この街で、会いたいと思える人がいる。僕は唇を噛みしめると橋の下へと歩みを進めた。




