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狼の仔  作者: 加密列
第八章 血に染まる
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刹那に生きる 〜ティア〜

(どうして)


歩きながら考えていた。


(こんなはずじゃなかった)


トピが直接手を下したわけじゃない。だけどトピ自身が彼を殺したと思っている限り、私が何を言っても無駄だ。


(人が、死ぬはずじゃなかった)


そんなつもりじゃなかったのに。


(それなら)


心の中でもう一つの声がした。


(それなら、どんなつもりだった?)


絶対に誰も死なないとそう言える根拠があったのか?…否。私は愚かだ。何故闘う事を選んだ?



(逃げることは時に強さだ。何があっても己を守り抜け)


いつか父さんが言った。私は、トピを守り抜けなかった。どうして那幾を連れてでも逃げようと思わなかったんだろう。私はあいつらを見くびっていたんだ。己の強さに、おごっていた。人を殺すことは、己をも殺す事だと、そう私には分かっていたはずなのに。人を殺したら勝利などあり得ないと何故そう考えられなかったんだろう。


(守ると、言ったのに)


私は約束を守れなかった。唐突にトピが振り返った。


「僕は人を殺せると、思っていたのに」


何を言いだすのだろう。


「もう、元には戻れないんだね」


ああ、分かってほしくなかった。


「ああ。元には戻れない」


どんなに望んでも過去は変えられない。二人とも、もう喋らなかった。どこを進んだのかまるで記憶にないのに、それでもトピは正しく小屋まで帰り着いた。戸にかけられた彼の手が途中で止まる。


「ティアは、変わらない?」

「え?」

「元には戻れないけど、変わらないものもきっとある。そう、信じたい。ティアは、変わらない?」


絶対など存在しない。それでも、


「トピがいる限り、絶対に」


その目を真っ直ぐに見つめる。頷いたトピが再び戸に手をかけた。まだ私はお前に言うことがある。何を?トピ、待て!


「トピ」

「何?」


私は何が言いたい?言葉が滑り出る。


「生きろ」


くるりとトピが振り返る。頭が混乱して自分が何を言っているのかも定かじゃない。


「何があっても生きろ。生きなかったら…」


彼が顔を歪める気配がした。


「絶対に許さない」


ぽろりと彼の手から短剣が落ちた。喧嘩中、とうとう抜かなかったはずの短剣は抜き身で彼の手に握られていた。


「生きる方が、大変だろう」


つぶやきが聞こえる。つかつかと近寄って思いっきりその頰を張った。小気味いい音が響く。


「私は逃げなかった。前にも言ったはずだ。お前がいたから逃げなかったと。そのお前が逃げたら私はどうなる?」


目が見開かれる。その目は濡れたように光っていた。


「ティアは、強いな」

「強くなんかないと言ったはずだ。私はただ…生きていれば前に進めると、そう思うだけだ。生きることを望むだけだよ。逃げるために死を選ぶなんて、その時間に止まるなんて嫌だと、そう思うだけ。何があってもこの一瞬を生き抜いてみせる」


一瞬を生きられたら、それが積み重なって一日に半月に、一月に、なっていくかもしれない。死んだら、それっきり。それは嫌だ。絶対に。


「いまここを生きればいいと?」

「お前が死んだら、私も死んでやるからな」


トピの目に己の意思の全てを叩きつける。ぽつりとトピが言った。


「…ティアは、ずるいよ」

「ずるくて結構。お前を引き止めるためなら夜叉にでもなる」


やっと、お前を引き止めると言えた。かくり、とトピが膝をつく。その肩をしっかりと抱いた。泣くでもなく、ただうずくまって震えている少年の肩を。

夜の虫が、かすかに鳴いていた。


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