喧嘩と代償 〜ティア〜
(ちくしょう)
軽く頭を振る。
(ティアは誰が見ても綺麗だ)
赤くなった顔を彼にだけは見られたくなかった。絶対に。もともと自分の身なりなんて気にする方じゃないが、彼に言われるのはなんとなく、嫌?少し違うな、彼に醜いとは言われたくない。恥ずかしい?断じて否!
(全く自分の事は棚に上げやがって)
胸の内でトピに八つ当たりするといくらか気持ちが落ち着いてきた。呼吸を整える。
(道行く女が振り返ることもあるくらいの二枚目のくせに)
いっそのことお前も綺麗な顔していると言ってやろうかと思った時、
「木戸がある」
後ろからトピの声がした。
「出るか」
木戸で待つと言われたのだ。
「待つと言ったのにな」
呆れたようにトピが言った。人っ子一人いない。
「待っててやるか」
木の陰に腰を下ろす。トピがとなりにとん、と座った。
「丸腰か?」
今更のようにトピが言う。大して気にしていないようだ。
「大丈夫だろう」
得物なら相手がわんさか提供してくれるさ。そう言うと彼は笑った。
「ところで二つ目にはなんと書いたんだ?」
「言ったら面白くないから後でな。まあ、相手が勝負の前から怒っていたらまず私の手紙を読んだと思って間違いない」
くすりとトピが笑う。口の端をきりと上げて悪巧みをしているような顔だ。
「あんまり挑発するのは不公平だろ」
「へえ」
まっすぐ木戸を指差す。そこで闇が揺らいだ。
「じゃああれは公平か?」
少なく見積もっても十はいる。それぞれに得物を持って、歩いてくる。
(向こうが提供してくれるって言ったろ?)
ふらりとトピが立ち上がった。それにつられて自分も立つ。少年たちがさけび声を上げた。
(…こっちが立たなきゃ気づかなかったのかよ)
呆れてトピと顔を見合わせる。私達とは闘いの年季が違いすぎる。実力の差は見せつけたはずなのに、懲りない奴らだ。ゆっくりと歩みを進めて近づくと向こうは今にも噛みつきそうに歩いてきた。落ち着きの差も力の差を表している。
「なんだ、味方はその坊やひとりだけかい」
早速嘲り始める。必死に見下すような姿勢を保ってはいるが今にも襲いかかりたいと思っているのが丸わかりだ。
「あんたたちよりこいつ一人の方がよほど頼りになる。寄せ集めとは違うんだよ」
背後の腰巾着たちがいきり立ったようだ。思う壺。逆上すればするほどやりやすい。にやりと嗤って付け加える。
「ちゃんと男だしな」
「この野郎ォ、言わせておけば…!」
言葉が続かないらしい。あの坊やはちゃんと文を届けてくれたようだ。腰巾着たちを見回す。いたいた。
「そこの人。財布を預かっているんだが」
すぐに分かったのだろう。絶句した様子だった。
「あんた、掏摸になるには十年早いよ」
そう言って財布を放り投げる。
「こいつ…!」
一人目が襲いかかってきた。
「ザンサ」
トピの声が低く響く。
「分かっている」
喧嘩が、始まった。




