那幾 〜トピ〜
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました」
傷もふさがり、敷布の上に座った那幾が言った。この二日間ティアが手当てをし、僕が食料を運んで世話をした。その甲斐あって彼の回復は速かった。もっとも、傷の治りが遅いようではこの街のこんな場所で生きてはいけないのだろう。
「私は」
ティアが思ってもないところで口をきいた。
「私はあんたを助けたつもりなどないよ」
那幾の眉が怪訝そうにひそめられる。自分も同じ表情を浮かべていると分かった。何を言い出すんだ?
「私はあんたを助けたわけじゃない。強いて言えば、あの少年を助けたかったんだ」
「どう言うことだ」
ティアの言っていることがわからなくてそう問うた。
「あいつ、多分あのままじゃお前を殺していた」
ああ、それは僕も感じた。嗜虐的な興奮の中でなにもわからないままに那幾を殺していただろう。
「私は人が人を殺すのを見たくない。ただ、それだけだ」
僕はなにも言えない。かける言葉がない。自分もそうして守られていると、知っているから。ティアは人を殺すのは自分だけで沢山だと思っている。絶句する僕の前で、那幾が口を開いた。
「うそだね」
その言葉にティアが目を丸くする。丁寧な口調をかなぐり捨てた那幾の目にはいたずらっぽい輝きと、聡明そうな知性が感じられた。きっとこっちが彼の地なのだろう。
「おらを助ける気が全くないんだったら、おらの傷の手当てまでしていくことないじゃないか」
ティアの丸くなった目がますます丸くなる。僕も驚きを隠せなかった。この少年はやはり聡明だ。
「感謝は素直に受けとらないとだめだよ、ザンサさん」
そしていたずらっぽいところも僕の目に狂いはないようだ。
「ザンサ、こいつが言ってるのは正しいと思う」
「そうかもな」
そっぽを向いたティアは少し困ったような顔をしていた。相変わらず礼を言われるとどんな顔をしていいのか分からないみたいだ。
「那幾、もう寝たほうがいい。骨も折れていたのだし、回復が遅くなる」
怒ったようにそう言ったティアはぼろ布を垂らしてあるだけの入り口をくぐって出て行ってしまった。
「おい、ザンサ」
呼びかけたが、戻ってくる気配はない。しょうがないやつだ。ため息をついて那幾の方へ向き直る。
「困ったやつ」
呆れた顔をして見せると彼はくすりと笑った。可愛らしい。年は十一ほどだろうか。大柄ではないがしなやかで俊敏そうな体つきをしている。
「でも、いい人だよ」
「そうだな」
ティアはこの話が聞こえないところにいるのだろう。表に気配は感じられなかった。
「僕もそう思う」
那幾は笑顔のまま目を閉じた。




