那幾 〜ティア〜
「ここ、は?」
「あんたの家だ」
「あんた達は?」
「通りすがりの者」
そう、本当にそれだけ。
「助けてくれてありがとうございました」
そう言われて私もトピも困った。ほんの成り行きだし、そう言われてどう反応すればいいのか分からなかったからだ。私たちの様子を見て少年はかすかに表情を翳らせた。
「礼を、すべきなのかな」
その顔は不安げでさしたる金を持っていないと容易に想像できた。ここで金を払うべきかたずねるとは、本当に聡くしたたかな子だ。礼を言われて困った私達が金を求めているのではないかと思ったのだろう。
「特に求めない」
何故だかトピが笑いを噛み殺している。もう一度寝入るかに見えた少年はしかし、目を閉じなかった。
「背中が、痛い」
「傷が開いていた。縫ったからすぐに塞がる」
体を起こそうとした。すぐに呻いて崩れ落ちる。無茶なやつだ。あちこち傷だらけなのに。
「無理をするな」
呆れていうと
「助けてもらったのに、名乗ってない」
強情な声。思わず苦笑する。なかなかに礼儀正しいやつだ。…掏摸のくせに。
「寝たままでいい。名前は」
「那幾」
「金梅草」の哉真李と同じ国の生まれだろう。混血のようにも見えるが、分からない。確か…紗來冨とか言ったな。東の方の国だった筈だ。この大陸ではない。どうりで肌の色が少し違うわけだ。白い小さな耳飾りは彼の国の物だろうか。守り袋を下げていたようだが…。
「私はザンサ。こっちはガノシュ」
簡潔に自己紹介を終わらせる。偽名を使うのはもう習慣のようなものだ。示し合わせているわけではないのだが、トピもそう名乗る。
「すまないが、ここにあと一日置いてもらえるかな?街にも用があるし、ザンサが傷の様子も見たいと言うから」
トピが横から口を挟んだ。
「もちろんです。あの、本当にありがとうございました」
「食べ物なんかは手に入れてくる。お前、ここを出るなよ」
「はい」
那幾は再び寝入ったようだった。
「そんなに深い傷じゃないが、抜糸はしないといけないだろう?」
トピが確認といった様子で訊く。
「もちろん」
「長い付き合いになりそうだな、こいつとは」
那幾と名乗った少年。おそらく自分たちよりも幼いであろうその寝顔を見つめてトピが呟く。私は無言で頷いた。
「掏摸だけどな」
「悪いやつじゃなさそうだ」
「違いない」
街の喧騒が風に乗って聴こえた。




