お人好し 〜ティア〜
背中の人は半ば気を失っているようだ。
「家は?」
そう訊くと
「大橋の下」
大橋は北に一つ。東に一つ。街外れの陸橋の事だろう。
「どこのだ?」
「北」
ちょうどよかった。北なら帰り道の途中だ。後ろを追ってきていた者たちはもう諦めたようで、背後の気配はもうひとつだけだった。玄人の走り方で、足音はない。
(ここら辺で、彼を待つかな)
足を止めるとすぐに見慣れた人が曲がり角に姿を表した。
「遅かったじゃないか」
「すまん。番所の奴らに鉢合わせしそうになってね、迂回してきたんだ」
再び走り出した私はともかく、トピは迂回して立ち止まらずに走ってきたと言うのに息一つ切らしていない。
「北の大橋だ」
「そうか」
街中をぐったりとした少年を担いで走る少女と少年は奇異に見えたかもしれない。が、そんなことを気にしている暇はなかった。まもなく大橋につく。
「お前の家は」
そう訊くと
「右側。…入って三つ目」
返事がさっきより弱くなっている。
(まずいな)
言われたとおりにかつぎこむ。
「ここか?」
「そ、う」
頼りない。
「お前の家にはなにがある」
「敷布の下に、剃刀、と砥石がある、筈だから…」
言われたとおりに敷布を探ると、たしかに古びた剃刀と小ぶりな砥石が出てきた。もう限界だろう。そっと横たえると巾着を開け、必要な物を取り出す。少し迷ったが服を脱がせ、首にかかっていた守り袋を外すとそっと体を探り、痛みを確かめる。肋骨が一本折れているようだった。
(ほかは、打ち身のようだな)
そう思って背中を返す。
「なっ!」
たしかな切り傷が背中を走っていた。すっぱり切れたというよりは引き裂いたような傷だ。かえって治りが悪いだろう。
「お前、これどうしたんだ」
「少し前に、捕まっ、て鞭打ちになった。その、傷」
開いてしまったのか。巾着を再び探る。
(あった…)
よかった。少し大きめの針。
「トピ、火を起こせるか」
「ああ。本当に大丈夫か」
彼は私がなにをやろうとしているかすぐに理解したようだった。
「私を誰だと心得る?」
あえておどけてみせる。私が間違えば、こいつの寿命は間違いなく縮む。そんな責任重大な事はまだやった事がなかった。いや、二回めか。
「これを食べろ」
そう言うと一つの実を差し出した。彼は躊躇なく飲み込む。麻酔効果のある実だ。この旅を続けて入れば必ず必要になると思って集めていた。本当に良かった。すぐに朦朧とし始めた彼の口に布をかます。舌を噛まれては大変だ。
「ガノシュ、火」
「万事抜かりない」
針の先端を火で焼くと、軽く振って冷ましてから少年の背にさす。仰け反って呻いた。額に汗が浮かぶ。針を刺す度に暴れられてはたまらない。
「ガノシュ!」
「押さえておく」
傷を縫い終える頃には私もトピも汗だくだった。サラシをしっかりと巻いて止血する。気を失ったのか疲れ切ったのか少年は動かなかった。
「こいつは」
「ああ。おそらくそうだろう」
隠された剃刀。捕まって鞭打ちになった、という事実。状況整理。こいつは、掏摸で生計をたてているのだろう。ため息がもれる。
「放っておくわけにいかないよな」
「論外だね」
傷を縫うことまでしたのだ。抜糸もしなければならないし、ここまできて知らないと放り出すことなど私もトピも出来ない。
「二日後に口入屋にもいかなくてはならない。ここにいようか」
小さくなればかろうじて三人入れるだろう。
「私達もとんだお人好しだな」
こんこんと眠り続ける少年を挟んで、私達は顔を見合わせた。




