いじめられっ子 〜トピ〜
(あいつ…また感情で行動しやがって)
そう毒づくが、多分自分はティアが羨ましいのだろう。すぐに行動に移せるティアが。ティアは決して小柄ではない。この年の少女としては大柄な方だ。それでも五人の少年と比べると小さく華奢で、ひ弱に見えた。野次馬がどよめく。頰に傷があるが、それが欠点にならない美しさを持つ顔、無造作にゆったりと束ねられた髪、そして、爛々と光る目。
(勝つな)
ティアならこの五人を負かせるだろう。そこには圧倒的な力の差があった。
「嬢ちゃん、そこをどきな」
下卑た笑いを張り付かせた少年がいう。ティアは応えない。冷然と、ただ立っている。
「こいつ舐めてるのか!」
いち早く堪忍袋の緒を切らした少年がティアに殴りかかる。野次馬から悲鳴が上がった。彼女は流れるような動作でその拳を避け、横から掴むとまるで綿でできているかのように軽々と、それでいて受け身を取らせないよう鋭く投げた。
(一人目)
野次馬から喝采が起こる。
「このアマ!」
残った四人のうち刃物を出さなかった三人が同時に飛びかかった。
「危ない!」
「いや!」
「逃げろ!」
「やめて!」
叫び声が飛び交う中、僕はティアの動きを見ていた。危なくなればすぐに助太刀するつもりだったし、刃物を出した少年の動きも見ておかねばならない。
ティアは相変わらず舞を舞うような美しい、それでいて無駄のない動きで淡々と相手を倒していく。同時に飛びかかった三人の輪の中で、ティアの体が沈み、その輪が閉じる寸前、弾かれるように跳躍した。頭上を軽々と飛び越え、輪を抜けざまに一人の後頭部を蹴り飛ばす。勢いあまったそいつは正面の仲間に顔面から衝突し、お互い無様にひっくり返った。その鼻から血がたれる。
(二人目、三人目)
最後の一人は泡を食って逃げ出した。
(四人目)
一斉に喝采が起こる。その声にもティアは反応を示さない。
「やってくれるじゃねえか」
その声にただごとではない物を感じ、野次馬がぴたりと黙った。ティアは正面から彼を見つめた。その顔は無表情で、それなのにどこまでも悲しげだった。
(ティア?)
無言の構え。一瞬のち、
「ああああああ!」
唸り声をあげながら少年が刃物を構え、ティアに突っ込んでいく。体を開くように避けた彼女は、その回転を利用して彼の背中にかかとを叩き込んだ。つんのめった少年は口から唾を吐き、人垣に突っ込む。それでも目を血走らせ、ティアに向かっていった。今度は、もう避けない。
首を傾げ、わずかに膝をためたティアは己の首のすぐ横で、刃物を持った手首を掴んでいた。そのまま一歩下がり、相手の目を見据える。
「ごめんよ」
初めて口を開いた。低い声。
「だけど関わっちまった以上、お前にこれを持たせておくわけにいかないんだ」
何の気配も見せず、彼女は手刀を振り下ろし、手首を折った。
「があああ!」
少年が地面にくずおれる。ティアは悲しそうな顔をしたまま、それでも眉一つ動かさなかった。素早くいじめられていた少年の脇に手を入れ、背負う。番所に行った者たちが戻ってくるはずだった。一瞬だけ僕の目を見たティアは、僕がなにかを言う前に踵を返して路地に駆け込んで行った。何人かの男がその後を追う。いくら怪我人を背負っているからと言って、ティアの後を追うなど誰にでも出来ることじゃない。
僕は体を小さくするとティアの後を追うために人混みをすり抜けた。




