いじめられっ子 〜ティア〜
馬を返して、口入屋に向かった。いきなり料亭にいくのはトピの事を考えると早計にすぎる。
「仕事の口を探しているのですが」
アトマイアなら十四は立派に一人前とみなされるだろう。
「名前は」
「ザンサ」
「ガノシュです」
本名を使うのがまずい訳ではないのだが、なんとなく偽名を使い続けている。真名は自分たちだけのもの。それがいつまで続くかは、まだ分からない。
「何か得意なことは」
紙に書き込まれていく。
「狩の腕には自信があります。それから、手先は器用な方です」
武術については黙っている事にした。足がつくかもしれないからだ。
「僕たち、旅の途中なんです」
突然トピが言った。
「それはまたどうして」
店主が上目づかいに訊いてくる。まさか、じつは追われていますなんて言えるはずもない。気が気じゃなかったが、
「あまり訊かないで下さい」
トピが懐から一瞬見せたのは
「!」
店主が一瞬目を見開く。
「これはこれは失礼いたしました。さっそく手配させていただきます」
揉み手でもしそうな勢いだった。
「住処は明かせない。二日後に来るよ。それから万が一僕たちの事を訊かれても明かさないでくれるな?」
心なしか言葉使いが横柄だ。胸を張って尊大な様子を醸し出している。
「へえ!もちろんでございます」
何故態度がこうもかわるんだ?内心首を傾げながら顔だけはトピに合わせ、横柄に取り繕う。そのまま金を払って表に出た。どういうことなのか尋ねようと口を開きかけた時、
「今は訊くなよ。あとで説明はするから」
トピが口を開いた。
「何故」
「口入屋の態度は大げさだった。おそらくいぶかしむ奴がいるだろう。見張られているとまでは言わないが、心配事は少ないに越したことはない」
「わかった」
このまま何事もなく街を出られると思っていた。と、
「喧嘩か?」
何やら向こうの方が騒がしい。
「避けるとものすごく遠回りだと思う」
トピが嫌そうに言った。やはり争い事は苦手なようだ。思い出してしまうからだろうか。それとも性分か?角を曲がると、
「やれ!」
「やっちまえ!」
喧嘩、ではなかった。ひとりの少年を五人の大きな少年が囲んで蹴り飛ばしている。一方的にいじめているようだ。道はふさがって、通ることはできなそうだった。関わる気はなかった。面倒ごとに巻き込まれたくない。目立ちたくもない。なんとかここを抜けようと試みる。いじめなんてそんなに珍しいことじゃない。素通りしよう。だが、…一人の一際大きな少年が刃物を持ち出し、考えが変わった。
それは大きくはなかったが、それでも素人が人を害するに十分な大きさは持ち合わせていた。野次馬が一気に冷め、番所にかけていくものもいた。変わり身の早い。さっきまで散々囃し立てていたくせに。
「間に合わない」
低く呟く。もう腹は決まっていた。
「今から番所に行ったんじゃ間に合わないよ」
「ティア?」
まさかといった、それでいてどこかわかっていたような声。トピには、もう分かっている。これから私が何をしようとしているか。伊達に半年一緒に暮らしてきたわけじゃない。トピ、こんな片割れでごめん。
「すまない」
そういうと私は人ごみを一瞬で駆け抜け、中心に躍り出た。




