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狼の仔  作者: 加密列
第六章 結ぶ手
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後悔しない道 〜トピ〜

一筋の光が、窓から差し込んでくる。硝子のはまっていない窓は風が通り、夜は寒い。襦袢ではなく服を着たまま寝ることにした。仰向けで天井を見つめる。月の光は冷たい色をして、それでも光としての明るさを十分に持ち合わせていた。


(『街の影』である事を、皇帝の影に生きる事を捨てても)


それでもなお僕たちは光には暮らせない。暮らすことが出来ない。闇を、抱いて生きるしかない。その闇に潰されてしまう事に、怯えながら。僕は村にいた時、光を知らなかった。誰も、そんなもの知らなかった。僕はその中でもさらに暗いところにいた。闇を知らなければ光も知ることができない。


僕は光に出会った。だから、闇を知った。知ったから、恐れる。ぐっと目を瞑った。大丈夫。ティアがいれば。ティアは、もう寝てしまったのだろうか。首を廻らせて彼女を見ようとした時、


「トピ?」


ティアの声がした。


「もう、寝たのか?」


なぜだか返事をしない方がいいような気がして、僕は黙ったままだった。口を開く事が出来ない。縫い付けられたようだ。長い沈黙があり、自分の考え違いだったのかと思った時、


「私は」


少女の声がした。それは確かにティアの声だった。…何かに戸惑うように、弱い声だった。


「私は、後悔を、したくない。後悔しても、何も、変わらないから」


自分に、言い聞かせるように。これが正しいのか迷い、自分の無力さに歯軋りして、それでも答えを見つけようとする。僕の知らないティアの、それでもあまりによく知る強さだった。悩み、震えながらも、屈してなるものかと耐える、ティアの強さ。


「私が後悔しても、殺した父さんは、戻っては来ない。私が後悔したら、父さんは何のために死んだんだ?」


とぎれとぎれに話す声は、無力とも言えた。これも、きっと一つのティアなんだろう。ティア。荒ぶる狼。その獰猛で常に牙を剥いている顔の裏に、怯える仔狼を匿っている。誰にも気づかれないように隠して、でも時折こうして顔を出す。


「人は、どんな道を選んでも、必ずどこかに悔いが残る。それはもう、避けようがない。だから、私は自分の信じるように生きたい。この先どんなことがあるのかは分からない。だけど、お前がいれば、私は」


その後何が言いたかったのかは分からない。しばらく黙って、もう寝てしまったのかと思った時、


「私の片割れ」


そんな声が聞こえた。彼女にそう呼ばれたのは初めてかもしれない。やがて寝息が聞こえ、ティアが寝入ったのが分かった。反対に僕の目は冴え、闇を見据えていた。困ったな。明日は早いだろうに。


「僕の片割れ」


呟いてみる。僕は僕の信じるように生きたからここにいるに決まってるだろう。「対の子」なんかじゃなくても、お前は僕の片割れなんだ。雲がかかったのだろう。月光がかげった。部屋が一層暗さを増す。そう、誰がなんと言おうと、僕はお前の片割れで、お前は僕の片割れだ。なあ、そうだろう?


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