後悔しない道 〜ティア〜
森がある。それがどれほど自分にとって大切なのか、森が見えた瞬間に思い知った。馬から飛び降り、駆け出していきたいほどに、森に惹かれた。私は森の住人だ。皇帝から定められた「森の影」ではなく、私は私の意思で森に生きたい。もどかしいほどにゆっくりと馬は森に入っていく。この森は…頭の中に地図を呼び出す。かなり大きいはずだ。
(理想的だな)
しばらく住めるところが見つかるかもしれない。どんな森でも打ち捨てられた小屋が必ずある。
「トピ?」
おし黙ったままのトピに声をかけた。
「後ろ見てみろよ」
くるりと後ろを振り返ると、
(ああ)
馬の足跡が点々とついていた。次の街まではそこまで遠くない。
「馬を、返してしまおうか」
「それがいいな」
今夜は野宿をして、明日の朝街に向かおう。
「この馬もよく頑張ったよな」
トピがぽんぽんと首筋を叩いて言った。
「ああ」
私がこの馬を借りるためにどれほど街を駆け回ったか、こいつは知らない。そして、
「とてもいい馬だ」
この馬はたしかにそれに見合うほどの能力を示した。褒められているのが分かったのだろう。満足そうに鼻を鳴らす。程なくして、サグミド山脈のふもとで身を寄せていたあの小屋よりよほど新しい小屋があった。だが、
「この小屋は使われていないよ」
素早く馬から降りて木につなぐ。
「何故そうわかるんだ」
とん、と飛び降りたトピが怪訝そうな顔をした。案外こういう所は鈍いんだな。
「お前が長いこと自分の家を空けるとする。戸口に掛け金か、どんなに貧しくても心張り棒くらいはしていくはずだ。この小屋はほら、押すだけで開くだろう?」
かすかに軋みながら戸が開く。
「なるほどね」
トピが頷いた。日はすでにだいぶ西へ傾いている。かまどに火を入れるとその温かい光が二人の顔を照らした。影のはっきりとしたトピの顔はよく分からない。
「もう一度仕事を探すべきかな」
トピがつぶやいた。どんな成り行きで彼があんなに大暴れしたのかは知らない。ただ、それには触れたくないと思っているのは分かっている。
「分からない。街へ行ってみないと。もしかしたら毛皮が売れるかもしれない。それに、酒場や料亭の下働きだけが仕事じゃない。明日になれば分かるさ」
あくまでも楽観的な意見を述べる。
「分かっているんだ」
ぽつりと呟いた。
「この先、誰も傷つけないで生きていく事なんてできやしない。だけど…それでも僕は人を傷つけたくない。そう、願ってしまうんだ」
ああ、彼も。
「そうだな。私も人を傷つけたくないと思うよ。本当に。それでも、そうはならない。救いようない話だね」
自嘲の笑みが浮かぶ。私は一生こうして生きていくのだろうか。人を傷つけたくないと言いながら、それでも傷つけ続けて?だって私はこれ以外の生き方を知らない。
「救いなら」
うつむいた顔を少し上げてトピは言った。
「これが運命じゃなく、僕が自分で選んだ道だって事だ」
その声に顔を上げる。
「思ったんだよ。路地に転がる人たちを見たとき、もしどこかで別の道を選んでいたら、こんな事にはならなかったんじゃないかと」
胸が冷えた。どこかで、トピが私についてきた事を後悔しているのではないかと、そして、私には彼を引き止めることが出来ないという事実を、恐れていたから。
「色々考えても、結局答えは一つだ。僕は自分の意思でティアと生きる事を選んだ。だから、後悔はない」
笑みさえ浮かべ、いっそ清々しいほどにそう言い切った。すでに彼がそこまで腹を決めていることに驚いた。
「もう一度生まれる所からやり直せると言われても、僕はきっと同じ道を選ぶ」
彼は私についてきたんじゃない。私と共に、生きようとした。それを選んだ。
(買いぶられたものだな)
私にそんな価値があるのか?不意に何かか目をそらしたくなって、私はトピに背を向けた。
「寝るぞ」
背を向けたまま、私は言うと、床にうずくまった。




