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狼の仔  作者: 加密列
第六章 結ぶ手
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怒りと想い 〜トピ〜

背後でティアが笑っているのは知っている。僕はくちびるを引き結ぶと前だけを見据えた。目に力を入れる。今度ばかりは一緒に笑ってやらないからな。ずっと怒っていてやる。柄にもなく意固地になっていると自分でも思ったが、今更後には引けない。


まったくなんでったって走る馬から両手を離して犬を攻撃しようなんて気になったのか想像すらできない。自分の命を軽々しく考えすぎなんじゃないか?全く、ちくしょう。生きるって言ったじゃないか。どうしていきなりあんな危ない事をするんだ。しかし、そんなのがティアにいつまでも通用するわけがなかったのだ。


「トピ、いつまで私の手を握っているんだ?痛いんだが」


ひとしきり笑ったティアが言った。はっと気づくとティアの手を握ったままだ。確かに、握ったところが白くなっている。とっさに掴んだとき力を込めて、そのままだったのだろう。手のひらにかいた汗はどちらのものだろうか。


「忘れていたんだ」


渋々答えると


「そんなに私の手を握っていたかったのか」


ティアにからかわれているのは分かっている。分かってはいるが、


「そんなんじゃない」


我ながら子どもっぽい弁明だ。彼女の思うつぼにはまったと悟り、かっと顔が熱くなる。


「耳が赤いぞ」


自分でも気にしているんだ。言うな。


「で、いつになったら手を離すんだ?」


話している間に離すことを忘れていたようだ。…顔から火が出そうだ。


「今」


そう言って今度こそ手を離す。手の中からするりと温もりが逃げて行って、何故だか寂しさのようなものが残された。一刻も早く離したかった筈なのに、もう一度取り直した方がいいのではないかと思ってしまう。いや、気のせいだ。ティアも、今度は笑わなかった。


無言で馬を進めながらぼんやりとティアの手を思う。今まで意識したこともなかったが、彼女の手は存外に湿っていた。槍だこのある、温かい手。まったく、僕が手を握ってなけりゃあいつはほんとうに死んじまうんじゃないかね。いきなり肩から手が外れた時の驚愕と恐怖を思う。彼女を失ってしまうと思った。自分が置いていかれてしまうと。


(ああ、そうか)


不意に気づいた。数日前、あれほど怒ったティアを思い出す。彼女も、恐怖したのだ。己の手から僕がすり抜けていくことを。だから、本気で怒った。と、いうことは


(本気で、心配させた)


何故、こんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。何故、気づけなかったのだろう。


「何故笑っているんだ」


その声に自分が笑っていると気づく。


「僕は、いい友人を持ったなと思ってね」

「ほざけ」


背後で笑ったティアの手が、そっと肩にかけられた。


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