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狼の仔  作者: 加密列
第六章 結ぶ手
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弱さと強さ 〜トピ〜

「僕は自分を律せなかった。自分に、負けてしまったんだ」


ティアの結わえられた髪が左右に揺れるのをぼんやりと見つめた。こかりこかりと馬の蹄がなる。己の声がどこか遠くから聞こえた。


あの時を思い出す。一人残らず倒してやると、一人も逃さぬと迫った自分を。自分の力に酔いしれるような快感を覚えた。僕は。僕は最低だ。ティアは振り向かない。心なしか俯いたようで、もう口を止めることができなかった。


「僕は強かった。誰よりも、強かったんだ」


本当に、強かった。僕はかすり傷一つ負わなかった。傷を負わず、全ての少年を倒す事が出来た。だが、その強さが、仇となった。人を倒せば倒すほど自分は強いと思えた。思えて、しまった。


「だけど、それは見せかけでしかなかったんだ。だから、弱さを、招いてしまった」


自分の中に「弱さ」が巣食う事に、気づいてしまった。いや、とっくに気づいていたはずなのだ。ただ、目をそらしていただけ。それを直視してしまった。もう、目をそらせない。気づかない振りは、もう出来ない。


「驚いた」


ティアは笑っているようだった。心底面白がっているように、肩を震わせながら。


「おまえは、今更そこに気づいたのか」

「今更?」


ひどく馬鹿にされたような気がして聞き返す。どういう事だ。


「弱さから逃げることなんて、所詮無理だ。弱さのない人間なんていない。弱さがなくなったら、もう強さなんて物もない、そうだろう?大事なのは、おのれを見失わず、己を投げ出さないことだ。弱さをなくすことではなく、強くなることを考えればいいと、私は思うけどね」


弱さはしょうがない。それを強さで補うことさえできれば。ティアはそう言った。とっくに自分の弱さを受け入れているような顔で。ティアは僕よりもずっと苦しんできた。だからその言葉を信じることができる。誤魔化しではないその言葉が少しずつ自分の空洞を埋めていった。


「私達は弱い。だけど、強くなりたいと願える。自分の弱さを知ることができる。だから自分の弱さに、闇に、挫けそうにもなるけどね。だけどそれはナダッサには絶対に出来ない事だと思わないか?自分の意思があるからこそ、間違いに気づける。大事なのはそこから立ち直る事だよ、トピ」


彼女はきっとこれを何度も考えてきたのだろう。迷いのない口調だった。


「ティアは、強いな」


思わずそう言うとティアは声をたてて笑った。頭をのけぞらせて、押し殺す事もなく。


「私?強くなんかないさ。そうだな、強くなんかないよ。ちっとも」


何がおかしいのかティアは笑い続けた。明るく、朗らかに。


「何がおかしいんだよ」


むっとした声が出る。


「なんでもない。気にするな」


そんな事言われても、無理なものは無理だ。


「せっかくいい話したのが台無しだぞ」

「いい話をしたつもりなど毛頭ないね」


にべもない言い方に面白がるような色が混じる。


「お前は考えすぎなんだ。間違いは誰にだってある。悔やみすぎたらかえって間違いを正せないよ」

「分かったよ」

「分かればいいんだ。分かれば」


二人の笑い声に驚いて、畑から鳥が飛び立った。


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