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狼の仔  作者: 加密列
第六章 結ぶ手
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弱さと強さ 〜ティア〜

「ごめんよ、叩いたりなんかして」


後ろに乗ったトピに話しかける。少し値がはったが、強い馬を選んでよかった。二人を乗せてもびくともしない。


「いや。叩かれて当然だよ」


背後で彼が答えた。首筋に息がかかる。さっき慣れぬ事を言ったせいだろう。未だに首筋が熱かった。だが、後悔はしていない。一本道なのをいいことに、私はそっと目を閉じた。瞼の裏にトピがこの街を出ようとするのではないかと思ったときの光景が浮かぶ。


手当てを一通り終わらせ、もう誤魔化すことが出来なくなって、きっと狼狽してしまうからと中庭に出たあの時の自分の手。どう動くべきかと束の間迷い、迷う選択肢はないと気づいた。出会った日からのトピが目に浮かび、トピならそうしかねないと、いや、きっとそうするだろうと不意に思った。自分は、置いていかれてしまうんじゃないかと。愕然として、動けなくなった。もし、置いていかれたら。


トピが、私の中で残像になっていくとしたら、そんな事絶対に許せなかった。


(怖かったんだよ)


心の中で淡々と告白する。トピ。おまえがもう手の届かないところへ行ってしまうんじゃないかと、もう会えないのではないかと思って、吐き気がするくらい怖かった。トピがいないのなら、私はティアじゃない。だから、怒った。怒らないと、泣き出してしまいそうだったのだ。


どんなに綺麗な葉でも、秋には散ってしまうように、どんなに水をすくっても指の間から溢れてしまうように、もう自分にはどうすることもできない、何か取り返しのつかないことになってしまうのではと、恐れた。


「猫足」に忍び込み、やはりトピがいないと知ったとき、狂ったように走って馬借屋に駆け込んだ。トピが見つからなかったらと怖かったし、私を置いていったトピに怒った。トピから離れられない自分を憐れにも思ったが、そんなの鼻で笑ってしまえるほど哀しかった。そこから街の中を必死で飛ばしてきたのだ。


トピがいなければ、私は何になってしまうのだろう。


(他人に自を求めるなんて、私も落ちぶれたな)


他人?他人なのだろうか。トピは、私の強さだ。彼を守るために、私は夜叉となることもいとわないだろう。彼を害する者は全て私が斬りふせる。そして…彼は私の弱さでもある。私の脆い部分、切り捨てられないところに彼はいる。私の人である部分に彼はいるのだ。たとえ何と引き換えになろうとも私はトピを殺せない。切り離せない。私は、自分の弱さを、自分の「人」を捨てられない。彼を殺すくらいなら、私が死ぬ。


「給料は、もらえたのか」


トピの声で我に返った。


「いや、」


言うべきか迷ったのはほんの少しだけだった。彼は知るべきだ。


「盗んだんだ。自分の給料の分と、他の奴らから、二ガッサルずつ」

「冗談だろう?」


私もそう思いたい。


「とにかく急ぐ必要があったんだ。配られるのを待ってる暇はなかった」


彼のために、盗みまで犯してしまったのだ。


「全て、僕のせいだ」


背後で声がした。


「僕のせいなんだよ」


悲しそうで、どこか怒っているような声。私は振り向く事が出来なかった。振り向いたらきっと、彼は話さないから。


(トピ、話して)


お願いだよ。


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