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狼の仔  作者: 加密列
第六章 結ぶ手
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呼び合う心 〜トピ〜

夜が明ける。思ったより遅くなってしまったな。街道を歩きながら思った。怪我の重いものを担いで帰ったのだ。さすがに疲れた。昨夜の事を思い出すと今でも夢なんじゃないかと思う。倒れている少年たち。勝ったのに誰も喜ばない帰り道。そして化け物を見るような、恐怖と憐れみが入り混じったような目でみられ、部屋の隅で膝を抱えて眠った自分。逃げようとした少年を後ろから蹴り飛ばした自分。


これでは村と同じだ。いや、村よりもひどい。自分にも原因があったと、今更気づいた。ここでも僕は普通の子にはなれなかった。救いようのない愚か者だ。ティアを人につなぎ止めると言っておきながら、結局自分すら守れなかった。自嘲の笑みが浮かぶ。


僕はあれを楽しんでいたんじゃないか?自分がああも容易く人を壊せることを、他人がああも自分を恐れることを。僕はそれを望んでいたんじゃないか?あんな風に暴れることを、望んだんじゃないか?あの時「金梅草」の頭と目が合ったのは偶然ではなかったんじゃないか?


同じ質問が脳裏を駆け巡る。きっと噂はすぐに広まり、刺客は僕の居場所を見つける。だから、もうティアと一緒にはいられない。ティアを巻き込んじゃいけない。少なくとも彼女は自分よりうまく身を隠している。街道をひたすら南へ進む。ずっと北から旅をしてきたから。南へ行けば、少なくとも自分は前へ進んでいるのだと信じられた。


(くだらない)


泣くことすらできぬほどくだらないと思った。南へ、南へ。寸分たがわず正確に南へと進む。街の外れに来ると小さな木戸があった。首をすくめて潜るとそこにはもう畑しかない。


(振り返るな)


振り返ったら、きっと前に進めなくなる。

かれこれ半月はいた街と大切な人に別れを告げ、顔を上げた目に、何かが映る。人っ子ひとりいない田舎道に、道を塞ぐように立つ馬上の影。その影は、棒に荷を引っ掛けて、真っ直ぐに僕を見ていた。その影は、女のものに見えた。その影は、


(嘘だろ)


自分のよく知っているものだった。


(まさか)


急ぐでもなくぽかりぽかりと近寄って来る。


「やっぱりね」


大声をだしている風ではないのに、その声は不思議とよく通った。少女にしては低い、耳になれたその声。


「お前ならきっとまっすぐ南に行くと思ったよ、トピ」

「どうして」


膝が萎える。耐えきれずに片膝をついた。


「どうして僕を追いかけたんだ」


そんな事をお前にさせたくないと、置いてきた筈なのに。


「どうして?それはこっちが聞きたい。何故私を置いて行く?」


馬から降りて来る。信じられないほどまっすぐに澄んだ、青味がかった黒の瞳。それが凄味をはらんで僕を射すくめた。


「僕があのままあの街にいたら、ティアも僕もすぐに見つかる。だから出て行こうと思ったんだ!ティアだけならきっと見つからずに生き延びられる。僕がいたら、足手まといだ。だから、」


振り絞った。


「僕のことは忘れてくれ」


パアアン!高い音が響いて、頰に熱さが走った。ティアに頰を張られたのだと気づく。思わず顔を上げるとティアが殺意さえこもった目で睨みつけてくる。かつてないほど怒った顔をしていた。


「勝手なことをいうな。僕のことは忘れてくれ?一体その言葉がどれくらいの約束を破ったと思っているんだ、この救いようがない馬鹿が!」


肩が震えていた。


「勝手に救ったくせに勝手に捨てていくな。この大馬鹿者!」


握りしめた拳が白くなっている。


「私がいなくなった後、自分がどう生きていけるか想像もつかなかったと言った、あれは嘘か?あなたを裏切らず、あなたを見捨てないと誓った、あれは嘘か?もう二度とお前を離さないと、自分が私を人に繫ぎ止めると言った、あれは嘘だったのか?」


声を震わせ、僕を睨みつけて、歯を食いしばって怒っている。


「もう二度と、私にはトピが必要ないなんて口にしないでと言ったのに。だって私には、トピしかいないんだよ」


その言葉が、はっとするほど胸にしみた。忘れていた大切なことを不意に思い出したかのように。


「ティア」


何を言えばいいのか分からない。僕にも、ティアしかいないのに。無理やり忘れ去ろうとしていた。ティアの顔がふっと優しくなった。


「言葉が過ぎた。お前が剣を振るって私の方へ来た時、本当に嬉しかったよ。お前は自由にする権利があるし、そうしたかったら私は止めない。だけど、もしよかったら」


少し困った顔をする。言いにくそうに口をごもらせ、しかしはっきりと僕の目を見た。


「私と、また一緒にきてくれないか?」


膝をついたままの自分に、彼女の手が差し出される。僕の手が、しっかりとその手をにぎった。


「ごめんティア、ほんとうにごめん」


胸の中で何かが動いた。胸がくるしい。それが何か正確に把握するよりまえに、こらえきれない慟哭がもれた。ティアの手を握ったまま、僕は声を上げて泣いた。ティアの手が頭にそっと添えられたのを感じた。


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