呼び合う心 〜ティア〜
私が言ったわけじゃない。いつのまにか、しかし素早く、今夜喧嘩があるという情報は女達にも広まった。仕事が終わると少女達はめいめい怪我の手当てに使うものや軽い食べ物を集めるのに時間を費やしている。私は特に必要も感じずに、窓際に立っていた。と、背後から足音が近づいてくる。姦しいお喋りの中でも、耳のいい私が聞き逃す事はない。くるりと振り返った。
「あれ、まただ」
こっちを見ていた少女が声をあげる。私も、私に声をかけようとしてきた少女も、首を傾げた。
「ザンサの肩、叩けた事ないんだよね。いっつも後ろに目があるみたいに振り返ってさ。どうして?人に触られるの嫌いな人?」
私は内心しまったと思っていた。そんな些細な事から、私の居場所が追っ手にばれる。
「そうか?偶々だと思うが」
適当に誤魔化すと、相手は一応納得した顔をした。
「で、何の用です?」
自分の前に立った少女に声をかけた。彼女ははっと我に返り、少しいらだった顔をした。
「ほら、あんたもやりな、同じ料亭にいるんだろ?」
無理矢理押し付けられたのは包帯を裂く仕事だった。
「まったく、言われなきゃやらないのかね」
聞こえよがしに言われる。気にしていたららちがあかない。
(私に関係ないだろう)
その言葉をぐっとのみ込んだ。
「『猫足』なんてうちに比べりゃ貧弱なもんさ。すぐに帰ってくるよ」
その言葉はここにいる少女達の気持ちを代弁しているようだった。彼女たちは勝利を確信している。部屋が高揚感に包まれていた。…私を除いて。彼らが無事に帰ってきたら、そのときはトピが手加減してやったということだ。路地の喧嘩で自分が強いと思い込んでいるやつらにトピが負けるなどあり得ないのだから。いそいそと支度をする少女達をひっそりとあざ笑う。勝つんじゃない。勝たせてもらうんだ。
*
「遅くない?」
私より小さいであろう少女が声を上げた。私は喧嘩を経験していないので分からないが、おそらく彼女たちが思っていたより帰りが遅いことは落ち着きのない挙動から察せられた。
「きっと勝利を祝ってそこら辺ほっついているのさ」
からからと笑ったその声は虚しく響き、周りから黙殺された。と、入り口付近が騒がしくなった。
「帰ってきた!」
少女達がいっせいに階下へ向かう。
「勝ったんだよ!」
しかしその声は唐突に叫び声に変わった。
「嘘でしょ!」
その悲鳴、その恐怖はすぐに広がった。
(何事だ?)
私はようやく腰を上げ、階下へ降りた。
「!」
ひどいものだった。傷だらけのものが傷だらけのものを背負っている。
「イシュバルさん…」
年上の娘が声を上げた。「金梅草」の頭として名高い彼は二人がかりで担がれていた。
「怪物だ…」
誰かが呟く。それを皮切りに少年達が口々に呟いた。怪物が出た、と。
「え?」
一瞬絶句した少女達はそれでも気丈に振る舞った。やっと全員を階上に連れ込むのにどれほど時間がかかっただろう。
「信じられない…」
手当てのために服を脱がせ、皆口々に言う。私は隅にいたが、その傷を見て眉をひそめた。危ないかもしれない。自分の小さな荷物を取りに戻るとここで最も幼い少女が泣いていた。
「大丈夫だよ」
その姿に声をかける。
「私がなんとかする」
背後で顔を上げる気配がする。そのまま付いてくる。私は振り向かなかった。大見得きった以上、救わない訳にはいかない。ずんずんと怪我人に近づく。
「どいてくれ」
そう言うと殺されそうな目でにらまれた。
「あんたに何ができるの」
苦笑する。
「少なくともあんたよりは色々とできるさ」
「なっ!」
絶句する彼女を押しのけると、薬草を取り出す。包帯を一度取りながらソナミネを口に含む。それを傷口に載せ、包帯を巻き直すと、うめき声が小さくなった。次は、こいつか。腫れ上がった手首に触れると、うめき声が上がった。折れてる。簡単な添え木をしてやはりソナミネを巻く。次のやつは肩が外れていた。口に布を噛ませると一気にはめる。うめき声が上がった。
少女達が見ているのは分かっている。それでも淡々と、無表情に私は怪我人の手当てをし続けた。そうでないと気づいてしまいそうだった。こんな事ができるのはトピだけだと。今すぐにでも彼の元に駆けていきたい。だけど、それは出来ない。だから、唇を噛み締めたまま私は手を動かし続けた。




