空いた時間の使い方 〜ティア〜
「嬢ちゃんさ、あんた、ザンサっていうのかい」
ごみ捨て場に行く途中、皿を売っているおばさんに呼び止められた。
「私が、ザンサです」
殺気が声ににじまないように精神力を注いだ。今の私はただの下働きだ。
「ガノシュって人から手紙を預かってるんだ」
トピが?
「ありがとうございます」
受け取る。返事が早いな、さすがはトピだ。だが、感情的な部分では直接会って話したいとどうしても思う。ずっと一緒だったから少しでも顔を見ないと自分の一部が欠けたようだ。
*
走って戻るとちょうど軽い昼休みだった。部屋に戻ると何人かの少女が床に座ってしゃべっている。大部屋に雑魚寝のこの寮で個人の空間というのはない。黙って厠に直行した。この前の経験からトピからの手紙を彼女たちの前で読まない方がいいということくらい分かる。必要以上に彼女らと関わりたくなかった。私はもうあんな生活は望めないから。
もどかしい思いで紙を開くと意外に達筆な字が飛び込んできた。この前より時間をかけたのだろう。丁寧に書かれている。
「悪い。明日も仕事なんだ。本当にすまない」
顔を歪めて書いているその金茶色の瞳までが目に見えるようだった。一瞬残念に思ったがすぐに思い直す。仮に私も奴も暇だったとして何をしようというんだ。買い物はあらかた済ませているし、やる事などないじゃないか。
厠から出ると少女達が話しかけてきた。先日の一件以来なにかと話しかけてくるようになっているのだ。私はいまだにそれにどう付き合えばいいのか分からない。慣れてしまうのが、怖い。
「ザンサは、給料日どこに行くの?」
「やっぱり、街に行く?」
「もしかして、彼と一緒?」
かしましいほどに矢継ぎ早な質問だ。私の予定など、聞いてどうするというのだろう。
「特に予定はない。ここに残る」
そう答えると皆一様に驚いた顔をした。
「どうして?予定がなくても街に行ったりするでしょう」
「休みの日でも手伝いがいらないわけじゃない」
だんだんと会話が苦痛になってくる。化け物を見るような目で人を見るな。
「先に行ってる」
階下に降りる。厨房に入ると哉真李がいた。一人で味付けをしているようだ。
「早いな」
なんと答えればいいのか分からず、曖昧に首をかしげる。
「明日もどこにも行かないのか」
「はい」
「居づらいんだろう?あそこには」
そう言われてはっとした。そうか、彼には、分かっていたのか。この人が私にばかり雑用を押し付けるのは、あそこから少しでも離しておこうと思っていたからか。
「いるんだよ、時々どうしても馴染めないやつっていうのは。無理はしない方がいい」
哉真李とこんなに話したのははじめてだ。私は黙っている事しか出来なかった。
「よし、野菜を切れ。怠けてる時間はない」
居丈高な物言いは相変わらずだが、どことなく温かみが感じられた。それとも、気のせいなのだろうか。
「はい!」
私は袖をまくると包丁を手に取った。
(ん?)
この包丁はこんなに切れ味がよかっただろうか。確か、哉真李が研いでいたはずだ。ちらりと哉真李の手を見やるとごつごつとした手は料理人のものではないように見えた。少女達が降りてくる気配がした。




