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狼の仔  作者: 加密列
第五章 蒼穹の鷹、地の狼
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人との交流 〜ティア〜

早朝。まだ日は昇らない。一人で起き出した私は棒を担いで中庭に出た。冷たい井戸水は目を覚ましてくれる。一口に含むとゆっくりと型を演じ始めた。体が温まる。汗が浮き出て流れた。と、


「!」


とっさに飛んできた「物」を弾く。


「誰だ!」


構えをとると、


「待てよ。早まるなって」


塀を乗り越えてきたのはトピだった。


「いきなり礫打ってきたくせにどの口が言うんだ」

「いや、だからその…」

「もういい。本題はなんだ」


トピが真面目な顔をする。


「近いうちに『金梅草』と『猫足』の喧嘩がある」


それで?


「女はでないよな?」

「なんだ、そんなことか」


心配性だな。


「安心しろ。薬でも作って待ってる。あんまり派手なことするなよ」


手当が大変になる。


「大丈夫だ。適当に受け流して寝っ転がってるから」

「そうか」


それは賢明だが…見てみたいな。きっと真顔で内心嗤っているんだろう。


「ところで、お前はここでなんと呼ばれているんだ?」

「ザンサ(薊)」

「本当か?アザミ?」


何故だかトピが笑い出す。


「うるさい。鼠よりましだろう?ガノシュさんよ」


今度はトピがむっとした顔をする。この名は胸の内に。その名を呼んでいいのはこいつだけ。日が昇ってきた。いつのまにか寮でひとが動く気配がする。仕事始めには時間があるが、そろそろ帰らないと朝飯に食いっぱぐれる。


「じゃあな、ガノシュ」

「また来るよ、ザンサ」


踵を返し、お互いに振り返らない。笑いの余韻だけが朝霧の中に取り残されていた。




「ねえ。誰なの、あの人」


朝飯中に数人の少女に囲まれた。


「え?」


聞き返すと何故だか嬉しそうな顔をされた。


「ほらさ、朝一緒だった彼」

「ああ。あいつか」


この時点で彼女たちと交わした会話の最高記録に達している。


「ザンサさんさ、全然浮いた話ないから驚いたよ。料理人の誰がいいか聞いても分からないって言うしさ。あんないい彼がいたんだね」

「可愛い顔してたじゃん」

「…いつから見てたんだ?」

「さあ?」


ため息をこらえる。


「彼じゃない。…いとこだ」

「名前を聞いてもいい?」

「ガノシュ」


ここいらの言葉ではないが、鼠と言う意味だ。とは言わない。


「でもさ、絶対ザンサのこと好きだと思うよ」


トピが?まさかね。と言うかもう呼び捨てか?男がいるだけでそんなに問題なのだろうか。だが、あいにくそんな事にはならない。彼は私の片割れなんだから。


「そうか」

「だめだよ、そんなんじゃ。ザンサも化粧とかすればいいのに」


どういう反応をすればいいんだ。と、言うより


「料亭で化粧?」

「給料日は明後日。一日休みなんだよ」


そうだった!


「彼の前で化粧とかしたことないんでしょう?」


いや、


「ないこともない」

「反応は?」

「…覚えてない」


あれは「ティア」ではなかったのだから。


「でもさ…」

「速く来い!」


階下から怒鳴り声がした。


「はい!」


いっせいに少女達が散る。どっと疲れがきて私は壁に手をついた。お陰で喧嘩が起こることなど頭からすっぽり抜け落ちていた。


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