仕事 〜ティア〜
「小娘、皿だ」
「はい」
働くと決めてから五日。早くも後悔の念が湧いてくる。料亭の下働きとして雇われた私は毎日を皿洗いと野菜の下ごしらえに費やしていた。ここいらではかなりの規模を誇るこの料亭は下働きの少年や少女がたくさんいた。私より年下らしい者もいる。だが、どう付き合えばいいのか分からない。私とは違いすぎる。何を話せばいいのか分からないし、結果、挨拶や報告以外は口もきいていない。
夜になると用心棒の男達がやってくる。そちらの方がむしろ親近感をおぼえた。こちらとも馴れ合う事はしなかったが。住む場所と食事と寝ている間の安全が保証されるここでの生活は私にとって贅沢と言ってもいいほどだった。平和ぼけしないか心配だ。が、
「急げ」
「はい!」
上下関係の激しいここは、少しでもしくじれば容赦なく手が飛んでくる。少なくとも自由ではない。初日に哉真李という料理人が叩こうとしてきたのを避けてしまったことがある。習慣で避けてしまっただけなのだが、それ以来哉真李はなにかと私に雑用を押し付けてくる。私は、そこで叩かれておいた方が良かったと学んだ。それ以来叩かれる時は避けないようにしている。その時に目を瞑らない鍛錬は一つの日課だ。
頰に傷を持ち、仲間を見つけなければ耐えられぬようなこの場所で誰とも馴れ合わない私は、他の下働きから敬遠されているようだった。だが、それに何かを思う事もない。危害をくわえられる事はないから、むしろ構ってくれない方がありがたかった。私はそこまで嘘が得意じゃないから。…トピ、お前に会いたい。
(一人、二人、三人)
ささやかな楽しみは自分で見つけた修練。例えば今も、山と積まれた皿を洗いながら背後に何人の人がいるのかを気配で数えている。そのうち足音だけで誰が厨房に入ってきたか分かるようになった。
「小娘」
哉真李の声。またか。
「残飯捨ててこい」
「はい」
くずかごを抱えると表に出る。外に出られるのが嬉しかった。たとえ汚臭のする残飯を抱えていたとしても。ごみ捨て場までの道を少しだけ回り道をすると、
「ごめんよ!」
前から少年がぶつかってきた。同時に懐に感じるかすかな違和感。一瞬のうちに軽く礫を弾く。誰も気づかない。残飯を捨てると懐を探った。丸められた紙が出てくる。
「万事順調。連絡があれば『猫足』の寮の石。端から五番目に挟んでおいてくれ。ガノシュ」
崩れて、急いで書いたことがすぐに分かる字。トピだ。しかし、ガノシュ(鼠)か…。私の名の方がいいな。だが、本名を名乗りたくない気持ちは分かる。私もそうしているからだ。追っ手の誰も私達の名を知らないとはいえ、この名は二人だけのものにしておきたかった。トピもきっとそうなんだろうな。
苦笑した私は料亭までを走り始めた。トピに会えただけで気持ちが上向く自分が不思議だった。




