強くある事 〜ティア〜
馬の背に揺られながら私はぼんやりと前を見つめていた。自分に起こったはずのことが自分の事として入ってこない。眠りながら歩いたなんて、そんなのは夢だったんじゃないかと思う。だってあり得ないじゃないか。ただ、
(しゃん)
時折聴こえる鈴の音が、自分をさいなむ。忘れるなと、そう言ってくる。折れてしまえとばかりに。
こんな事になるほど私は自分を追い詰めていたのだろうか。だとしたらトピはどうなる?彼には絶対にこんな目にあって欲しくない。彼がそうならないようにもっと気を配らなければ。
(気を、強く、保て)
私は負けない。私は折れない。自分にさえ勝てないものは誰にも勝てない。誰も救えない。…自分に負けてる暇はない。武術だけでは人を救えないともう知っているのだから。無意識に頰の傷を触る。私の業。私の戒め。これを忘れずに生きると決めた。忘れずに、それでも自分を投げ出さずに生きて見せると。妥協はしない。
だってそうしたらきっとトピが悲しむ。怒る。それに何より自分を許せなくなってしまう。きっと一度妥協してしまったら。もう堕ちて行くのはあっという間だ。楽な方へ、逃げてしまう。もうすでに私は人殺し。これ以上堕ちられない。そうしたら、もうトピとはいられなくなってしまう。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
考えてもしょうがない事は考えなければいい。きり、と顔を上げると、前を行くトピに追いつこうと馬の足を速めた。この馬とも、もうすぐ別れなければならない。そっと首筋を撫でるとダンミットが嬉しそうにいなないた。トピがその声に振り向く。その口が早くと動く。
(しゃん)
彼は殺せない。だから安心だ。傷つけられない。彼は強いから、私に殺される事もないだろう。それなら一緒にいられる。本当はそれだけじゃないのは分かっていて、それでも考えたくない。
気づいてしまえばきっと彼から離れられなくなるから。彼にすがってしまうから。…もっと弱くなってしまうから。もうやめよう。考えないと決めたのだから。緩んできた足を再び速め、小さな土埃を立ててトピに追いついた。振り向いたトピの肩を軽く小突く。
「なんだよ」
一瞬体勢を崩したトピが不満げに言った。
「なんでもない」
そう答えるとますます眉をひそめる。
「変なやつ」
「今更?」
田舎道に二人の笑い声が弾けた。
(ごめんよ、トピ)
これを手放す手はないよな。私はそう思った。




