変わらないもの 〜トピ〜
少し早めに野営を張ることにした。人のいない干し草小屋に入り、いつものように鳴子をぶら下げ、馬を繋ぐ。
「ティア?」
そう呼ぶと猿のような身軽さで屋根から降りてきた。
「なんだ」
「いや、久しぶりに稽古の相手をしてくれないかな」
「いいよ。得物は何を?」
ティアの単刀直入な話し方は、出会った時から変わらない。
「僕は長剣。ティアは、槍でどうだ」
「分かった」
つかつかと小屋に入った彼女はすぐに棒を担いで出てきた。
「前から思っていたんだが、どうしてティアの槍はそんなに短いんだ?」
手槍と呼んでもいいかもしれない。ティアは少し首をかしげた。
「トピは森の中で襲われた時、長剣と短剣のどちらを抜く?」
「短剣に決まっているだろう」
当たり前だ。
「それは何故?」
「長い得物は森の中では邪魔なだけだ」
「そして私がいた村の特化しているのはどこだ?」
「森の中」
ああ、そうか。
「だとしたら何故槍なんだよ」
意味がわからない。矛盾しているじゃないか。
「どこでも作れるじゃないか」
何を聞かれているのかわからないというような表情。目は澄んではっとするほど深い。無邪気だけどどこか怖い。そんな目に捕らわれそうになり、慌てて目をそらした。
「間合いも広くとれる。女性向きなんだ」
「…そうか」
「ほら、稽古をするんだろう?」
そう言ったティアは担いでいた槍をおろすと斜め下に構えた。無駄な力の入らない自然な構えだ。彼女は槍使い。そう自分で公言していた。どんな得物よりも扱いに長けているだろう。自分も下段に構え、呼吸はなるべく自然に。
ふっと気が満ちて、そのまま上に切り上げた。ティアは軽くのけぞって躱す。これは予想していた。頭上で回転をかけ、切り下げる。外に避けた彼女が間合いを詰めてくる、その一歩目を捉えるように、腰にそばめた剣を居合の要領で抜き放つ。勝てる…はずだった。
「!」
胴を抜くはずの剣はティアが体側に添うように立てた槍に止められていた。
「は!」
軽い掛け声と共に手槍が回転する。
「なっ⁉︎」
回転を止めぬままティア自身も僕に背を沿わせるように動く。見事に関節を決められた僕は次の瞬間くるりと投げられた。かろうじて受け身をとったその喉元にぴたりと棒の先が据えられる。完敗だ。一呼吸後、ティアが構えを解く。
「結局のところ、こいつが一番使いやすいんだ」
棒をさすりながらティアが呟く。思い返すとティアの手槍と闘った事は一度もなかった。これに穂先がつけば、彼女はさらに強くなるのだろう。僕も、もっと強くならなければ。ティアといれば、きっと強くなれる。そのまま寝転ぶと、ティアも横に並んだ。
長い沈黙を破るように、ティアがぽつりと言った。
「こんな日が、昔あった」
その後を引き継ぐ。
「僕とティアが」
二つの声が重なる。
「初めて出会った日に」
あれからもうどれほどの時が経ったか。あの時は早春で、今は夏真っ只中。昔というほど前ではない。それでも、人はこうも変わってしまう。こうも、変えられてしまう。自分でも望まない形に変わる事だってある。永遠なんて存在しないと、そう感じてきた。そうだとしても、
「変わらないものも、あるんだな」
それがどんなに稀有なことか。その味を噛み締め、黙って空を眺めながら、手だけが相手を探し求める。ティアの暖かい手。槍だこのある硬い手。それだけが感じられた。
「入ろうか」
そう言ったのは、日も暮れた後だった。




