鷹と狼 〜ティア〜
すでに街ははるか彼方。飛ばしたわけではないが並足で休みなく駆け続けたため、かなりの距離をきたと思う。さすがに馬たちが消耗するので、今は歩きで田舎道を進む。人気はなく、見渡す限り田畑が続いていた。
傾いた案山子はもう何年も立っているのであろう代物だし、当然とっくに鴉は彼らを止まり木としかみなしていない。どことなく哀れをさそう光景だ。この道をどこまで進めば人がいるのだろう。前にも後ろにも人影は見えないし、トピが地面に耳をつけても音は聞こえなかったそうだ。それはそれで気楽でいいのだが。
しつこくたかってくる虫を追い払う馬の尾が左右に揺れる。
「あの目には、なにが映るのだろうね」
はるか上に円を描く鷹をみながらトピが言った。
「知っているか?鷹はすごく目がいいんだよ。あんなに上にいるのに、ねずみ一匹逃しやしない」
ダンミットが首をふる。鷹はさらに上へと登っていった。綺麗に円を描いて、上へ、上へ。はるかな蒼穹へと登っていく。そのまま溶けていってしまいそうだ。
「私達は、鼠みたいだな」
あんなに上からでは人も鼠もそう変わらないのかもしれない。ただ生きようと、それだけに懸命になる小さなもの。飛べない、地に足を踏みしめるしかないもの。
「そうかもしれない。ちっぽけで、鷹の爪の間を逃げまどう、二匹の鼠」
自分がどこにいるのかも、どこにいこうとしているのかも分からない哀れな生き物。
「そうだとしても、私達は一人じゃない」
それがどんなに心強くて、同時にどんなに危ういことか。
「だけど、鼠だって、鷹に牙を剥いてもいいだろう?」
トピが言った。
「ねずみだって、狼を抱いてもいい」
群れから見放されて、それでも生きようともがく狼。一匹ではぐれている獣。なんとか弱くて、なんと愚かで、なんと…健気な。
そう、
「私達は、牙を剥いたんだな」
自分達以外の全てに。それが痛いほど胸にしみた。生きるためには、闘うしかない。空に目を転じると、鷹はもう随分と小さくなっていた。雲ひとつない宙に模様のように浮かんでいる。
「でもトピ。私達はきっとあの鷹でもある」
「どういう事だ?」
「信じられないほど自由だけど、信じられないほど孤独だ」
あの空を上り詰め、この世界は我が物と声高に叫んでも、きっとそれを聞きとがめるほど近くに仲間はいない。一人だけの空だ。私達も自由だが、お互い以外に頼れる者はいない。
「そうだな。そうかもしれない」
鼠で、鷹で、狼。私はそれでも人で居られるだろうか。(トピがいるんだ。大丈夫)揃ってもう一度天を仰ぐと、鷹はもう何処かへ飛び去った後だった。虚しいほど、ただ青い空。視界が一瞬、滲んだ。




