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狼の仔  作者: 加密列
第五章 蒼穹の鷹、地の狼
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街の刹那 〜トピ〜

森を出ると街道に入った。ここからは森に入れない。もう森に守ってもらえない。この次の街で馬を返す予定だった。ティアが馬につけていた荷を降ろす。森に入ってから獲っていた獲物の皮をこの街で売って金に変える。懐が特別さびしい訳ではなかったが、ここで買い足したいものもある。金は常に必要だ。どこからかいい匂いが漂ってくる。客を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おばさん、それ三つください」


二つだと僕が二人連れだとばれるかもしれない。


「あいよ」


ティアは毛皮を売ってくると言っていた。


「おばさん、一つ多いよ」

「おまけだよ。遠くから来たんだろ?またうちによってくれよ」


一目で遠くから来たと分かってしまうのはまずいな。だけど四つになったのはありがたい。ちょうど一人二つずつ食べられる。


「ありがとう」


湯気を立てる揚げ物をおばさんは手早く紙に包む。熱い。指をやけどしそうになりながらティアを探した。まだ毛皮を売っているのかな。そう思って毛皮を扱う店を探す。


一軒目は客がいなかった。もう一軒を見ると頭を布で包んだ小柄な青年が毛皮の値段を交渉している。ここも違うな。そう思って踵を返そうとした時、青年の右手が何気なく背に回った。


(ティア!)


そこには十字の傷が走っていた。相手が一瞬だけ振り向く。間違えようのないティアの顔だった。


(『仮面』か?)


そう思ったが、


「ダク(交渉成立)」


店主が悔しそうな顔をする。遠目にもティアがもらったのがかなりの額だと分かった。そのまま真っ直ぐに僕の方へ歩いてくる。


「おまたせ、トピ」


心なしか声まで低いようだったが、そこにいたのは間違いなくティアだった。



「女が、しかもこんな花咲く年頃の娘が毛皮売ったりしていたら絶対に目立つだろう。この程度の男装はわざわざ『仮面』を使わなくてもいい」


花?激しく疑問だが、あえて突っ込まない。


「いくら儲けたんだ?」


毛皮はかなりあった筈だが。


「八七ガッサル五ツェ(約一万二千円)だ」


は?


「そんなに?」

「自分と私の腕を過小評価するな。傷が少ないし、かなりいい毛皮だ」


そうじゃない。


「交渉なんてしたことがあったのか?」


街の商人達はすきあらば安く買って高く売ろうと手ぐすねひいて待っている。


「母親に鍛えられた。無駄に頭のいい人でね」


一瞬遠くを見る目をする。


「私の弱さも、母から受け継いだんだろうな」

「そんなことない」


そんなこと…。


「いや、私は強くない。強くありたいとは思うけどね」


はっきりと言い切った。いっそ清々しいほどに。


「これはお前が持っていろ」


儲けの半分が無造作に手渡される。表裏にさまざまな宗教の文様が刻まれている。この大陸は五つの国全ての貨幣を統一している。こうする事でこの大陸内で戦をしない事を示しているのだそうだ。他の大陸のことは知らないが、かなりの偉業らしい。


「はるか東の方では」


ティアが呟くように言う。


「金が石で出来ている国もあるらしい」

「石?加工しにくいし、重いじゃないか」


それにいくらでも作れそうだ。


「特別な石なんだそうだ。白い石に蒼い筋が入っているという。『蒼龍石』というらしい」

「よく知っているな」

「外国の話は面白いから」


話?なにかが引っかかった。ああ!


「ティア!お前アトマイア語は喋れるのか?」

「馬鹿にするな。大陸共通語は教師をやれる程度に分かるし、アトマイアにワイメア、サクミンド語は日常生活が送れる程度に分かる。アトマイアは訛りもないと思うよ。トピはどうなんだ?」

「僕は『街の影』だからね」


そう言ってふと疑問に思った。僕はもう街の影ではないんじゃないだろうか。


「いや、なる予定『だった』からね」


ティアが苦笑する。


「そもそも、私達はもう『ナダッサ』ですらないんじゃないだろうか」


諦めたような笑顔だった。


「だったら、ここにいるのは、『誰』なんだろう。妙な話もあったものだね。普通の暮らしをしていれば考えることすらなかったはずなのに、失ってから、自分が何かを持っていたことに気づくなんて」


皇帝の最も強い近衛兵だが、野蛮な先住民族として畏れられていた。だが、裏を返せばそれだけだ。そして僕らはまだ近衛兵じゃない。だとすれば、そんなもの最初から持っていなかったんだ。


「教えてあげようか」

「なにを?」


眉をひそめて思いっきり怪訝な顔をしている。


「ティアは、僕の片割れで、相棒で、一緒にいなければ生きてすら行けないくらいの大切な人だよ」


ティアがいなければ僕は絶対にこの世にいない。


「まったく、なにを言いだすかと思えば」


憎々しげな口調とは対照的に、ティアは少し困ったような顔をしていた。


「そういうことを軽々しく口にするな」

「何故?」

「心の準備というものが必要だからだ。困るだろう」

「お前、ひょっとして照れているな?」

「寝言は目を閉じて言え」


だんだんと皮肉が痛烈になっていく。


「分かった分かった」

「なに笑っているんだ?ちっとも分かってないだろう」


この瞬間が、いつまでも続けばいいのに。そんなことを思ってしまった自分が、怖かった。


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