守るべき者 〜ティア〜
馬の手綱を握った手が滑り、思わず自分の手を見た。汗だ。そんな事、当たり前だ。でも、どんなに洗っても、自分の手に血がこびりついている気がした。自分が、血の臭いをさせている気がした。今、自分の手を滑らせたのは血なんじゃないかと、そう思った。
(くだらない)
自嘲する。そんなことわかりきっているじゃないか。もう、とっくに自分で選んだ道だ。そこに自分の意思はたしかにあった。村を出ても、結局そんな殺伐とした道しか選ぶ事が出来なかった。
(…今更)
胸の内で思う。血にまみれているとして、だからどうしたというのだろう。
(何を思っているんだ)
もう元には戻れないと、分かっているはずなのに。自分はこれからもこうして生きて行くのだと、人を殺さずに生きていく道はないのだと、そんな事は分かりきった事なはずだ。それでも生きたいと、思い切った筈だ。
(大切なのは…)
自分を見失わない事だ。今日のように、人を殺すということから逃げないことだ。どんな理由があろうと、人殺しは人殺しだ。痛いほどわかった。もう、忘れたりしない。襲われた?復讐?そんなのは殺した側の言い訳に過ぎない。私は、誰よりもそれを分かっていなければならない。
父さんを殺したのもそう。楽にしたかった?殺された方から見れば殺されたことに変わりはない。父さんだってきっと死にたくなかった筈だ。殺されかけて、その気持ちが痛いほどよく分かった。その命を絶ったのは私。大好きな父だったのに、その命を勝手に奪った。私の勝手な気持ちで。そこから目をそらしてはいけない。
きっと、私が生きた後にはきっと血なまぐさい道が残るのだろうから。生きたいだけなのに。トピを守りたいだけなのに。生きているだけで業を負う。なんて虚しい人生。それでも、私は生きたい。だってこうして逃げているのは生きたいからというただそれだけだ。なんの崇高な目的もない。私は自分の生にしがみついているだけ。
(だったら、とことん生きてやる)
この道を選んだ事を後悔できないほどに、己の気持ちに付き合ってやろうじゃないか。
馬が道を外れようとする。無意識に手綱を引きながら、後ろを進むトピの気配を感じていた。彼が刺客を殺す時、躊躇った事には気づいている。
トピ、人を殺せない少年。いつか、そのままではいられなくなる少年。彼には人を殺すことが分からない。分かって欲しくない。いつか人を殺したら、きっとそのうち、知ってしまう。私が今日知ったのと同じ、あまりにも凶暴な、それでいて魅惑的な味を。トピには、そんな気持ちを味わって欲しくない。
自分が抱いているのは愚かな幻想だと分かっていた。トピはそんな事を望んでいないとも。だけど、トピが私が何を望んだのかを分かった時には、もう遅すぎるのだ。人を殺せば、もう元には戻れない。生きるためには、なんでもする。それでも、私は、彼を守りたい。




