人と鳥 〜ティア〜
「ティア、行こう」
「ああ」
どうして私は、それでも生きようと思うのだろう。転がる盗賊の亡骸を見ながらぼんやりと思った。こいつは、死んだのに。何故私は生きている?その違いはどこにあった?答えは、ない。私には分からない。分かる筈もない。分かるのは、私がこいつを殺したというそれだけ。それを心地よいと感じた事だけ。
(最悪だ)
盗賊達の呻きごえは絶えず聞こえてくる。
(自分の意思があるのにそれでも、私は人を殺し続ける)
私はどうしたらいいんだ?盗賊の首領にあいた傷口は、まだ紅に染まっている。その首にかかる飾りに一つ、血を浴びていないものがあった。獣の骨でできているのだろう。白い色した、羽ばたく鳥の飾りだった。
(私は…)
もう羽ばたく鳥にはなれない。一点のしみもない鳥にはなれない。もう血で汚れて、ただこの先に幸せを信じて舞い上がっていくにはあまりにも背負った業が重すぎる。頰の傷から血がたれて口に入った。この傷は消えないだろう。不思議な確信があった。これは私の罪。私の戒めだから。
「それでも…」
「え?」
前を行くトピが振り返る。私を止めた時のものだろう、左頬に返り血がまだ斑点を描いていた。駆け寄って拭ってやりたい衝動に駆られる。
「私は人でいたい。穢れを身にまとい、この手を血で汚したとしても、お前の手を、握っていたい」
トピが戻ってくる。何故か笑みを浮かべて。
「お前がそう言うのを待ってたよ」
「どうして」
彼の金茶色の瞳に戸惑った顔をした私の顔が映っていた。返り血を盛大に浴び、髪を振り乱して夜叉のようだ。
「ん」
え?私の前に手が差し出される。どこかで馬のいななきが聞こえた。あの声は。
「ダンミット…」
遠くまで行ってはいなかったのか。馬借屋に弁償しなくてはならないかと思っていたのに。彼がにやっと笑った。何に笑ったのか分からない。でも、それでもいい。私の手をそっと握る、冷えた、硬い手。私を包み込み、守る手。私が獣になった姿を見てなお、彼は私と共にいようとする。
(ねえ、どうして?)
それは訊けない。だって彼はきっと、それを訊かれても困ると言って笑うだけだから。
「トピ」
「ん?」
「ごめん」
トピは笑って首を振った。
「僕もごめん。お前が助けに来てくれて、すごく嬉しかった。自分の片割れはなんて強いんだろうって。だから、これからも一緒にいていい?」
私は黙って頷いた。とても言葉になりそうになくて。
「この手、離すなよ」
強く握る手は私が何を求めていたかを知っているようだ。
「分かった」
私はもう一度頷くと、トピに引っ張られるように走り出した。木漏れ日が眩しかった。




