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狼の仔  作者: 加密列
第五章 蒼穹の鷹、地の狼
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巣食う獣 〜ティア〜 挿絵有り

久しぶりに振るう槍の感覚。穂先がないのが物足りないが、やはり自分にはこれが一番手に馴染む。斬りかかってくるその刃を受け止めてみぞおちを蹴り飛ばす。確かな手ごたえと共に相手が崩れ落ちた。久しぶりに、闘う時のぞくぞくする興奮が背筋を駆け上る。闘える。


誰も私を止めない。止めてもいいけど、痛い目を見るよ。トピを見ると今まさに二人の男をしのいでいる所だった。このままではトピが殺されるかトピが彼らを殺してしまう。第一あいつはまだ病み上がりなんだ。駆け出そうとして…


「っつ!」


左頰に熱さを感じた。斬られた。血が頰を伝う。振り返ると熊のような大男が剣を握っている。


「お嬢ちゃん、俺の可愛い子分どもの分、落とし前つけさしてもらうからな」


いやらしい笑いを貼り付けている。今はそれどころじゃない。貴様なんぞに構っている場合じゃないんだ!


「どけ!邪魔だ」


思いっきり跳躍し、横っ面を殴る。大男がよろめいたのがわかった。


「トピ!」


走りながら刀を抜き、一気に距離を詰める。トピの背後にいた一人を背中から斬り下ろした。


「ティア!」

「やぁ!」


もう一人の膝裏を蹴り、左に持った棒を鎖骨に振り下ろす。骨の折れる嫌な感触が手に伝わってきた。


「あああ!」


白眼を向いて悶絶する。それを置いて振り向いた。残りはあの大男だけだ。


「動くな!」


はっと見るとトピが首に剣を突きつけられていた。


「ト、ピ?」


嘘だろう。


「ごめん、ティア、本当にごめん」


忘れていた。トピだとて人だ。負ける事もある。そもそもトピが病み上がりと分かっていたから助けにまわったのに、いつの間に自分の闘いになったんだ?私がやるべきはトピを守り抜く事だっただろう!後悔が胸をやく。


「お嬢ちゃん、刀と、その物騒な棒を捨てろ。そうすればこいつの寿命も少しばかり延びるだろうよ」


言われた通り棒と刀を捨てる。


「ティア!きちゃいけない。逃げろ。早く!」


残念だけど、それは出来ない。私はトピを失いたくない。


「逃げたらこいつの頭が転がるぜ」


勝利を確信した笑みを浮かべて、私を待っている。ゆっくりと近づく。


「ティア!」


教えてやろう。勝利は確信するものじゃない。


「ほらお嬢ちゃん、どうした。お前の首か、こいつの首か。さあどうする」


懐に手を入れる。


「へえ」


片眉を跳ね上げて相手を見、手を引き抜く。


「そうかよ」


一瞬で距離を詰め、眉間に短剣を突き立てた。同時に、一瞬で解いた腰紐を剣に絡め、引っ張ってトピの首から遠ざける。武器が目に見えるところだけにあると思うなよ。


「お前の首って選択肢を忘れちゃいないか?」


信じられないと言うふうに見開かれた大男の目から生気が抜け落ちていく。不意に解放されたトピがよろめいた。男の、地面に倒れ伏したその姿に吐きすてる。


「私の連れが世話になった」


なんの前触れもなく、どうしようもないほどの怒りが込み上げ、


「その首、本当に貰い受けてやろうか!」


刀を振りかぶると思いっきり首に打ち下ろした。真新しい血が流れ出る。返り血が顔にかかる。避けようとは、思わなかった。そのまま刀を逆手に持ち替え、胴体に突き刺そうと振りかぶって…


挿絵(By みてみん)


「やめろ!ティア、やめてくれ、お願いだから」


私の手を押さえるトピの顔にも返り血が飛んでいる。一瞬で頭が冷え、自分が何をしようとしていたか悟った。目の前の男はすでに事切れている。私が殺した男。私が…破壊しようとした男。私はどんな顔をしていた?どんな…。


(私は笑っていた)


無意識に後ずさる。


(声こそ立てず、表情にも出ていなかったのかもしれないけど)


私は確かに笑っていた。男を破壊することを。自分の力を。


(違う!そんなんじゃない!)


知りたくない。分かりたくない。


(嘘をつくな、人殺し!)


隠しようがない。自分だけは知っているから。


闘うことは好きだった。だけど、これは駄目だ。人間として許されることじゃない。私は愉しんでいたんだ。人を殺すことを。殺される恐怖も、知っていたはずなのに。血に酔ってとんでもないことをする所だった。いや、すでにしてしまった。


「ああああああ!」


どこからか悲鳴が聞こえる。それが自分の口から出るものだと、それには気づかなかった。そのまま私は地面にうずくまって吐いた。吐いて、もう吐くものがなくなっても、えずき続けた。どうして私は逃げてきた?人殺しをなんとも思わない組織から、逃げてきたんじゃなかったのか?結局私は、血に負けてしまったのか?何のために逃げてきたんだ!(何から)何から逃げてきたんだ!


「ティア」


トピがためらうようにそっと肩を抱いてくる。その顔が痛みをこらえるように歪んでいることにも、硬くつぶったその眼から涙が溢れていることにも、私は気づかなかった。


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