巣食う獣 〜トピ〜
森には確かな道が一本通っていた。馬を駆けさせる。久しくやっていなかったがその爽快感は相変わらずだ。だからだろうか、油断していた。
*
「トピ、止まれ!」
ティアの声が響いた。とっさに手綱を力いっぱい引く。馬がいなないて棹立ちになった。手綱を繰って落ち着かせる。ティアが並足で並ぶ。
「馬が棹立ちになっても落馬しないのは曲芸じゃないのか」
こんな状況で恐ろしく緊張感のない事を平然と持ち出す。
「囲まれたな」
ここまで気づかなかった己の鈍感さが情け無い。病み上がりは理由にならない。ティアよりも先に気づいていれば囲まれる事もなく逃げ切れたかもしれないのに、もう強行突破する以外どうしようもない。
「追っ手じゃない。盗賊だ」
独り言のように言ったティアは紐をほどき、槍の柄を背中から外した。落ち着いた動作だが、全身からほのかな殺気が立ち上る。すでに修羅場に慣れた者の据わった目。ぎらぎらと輝く闘志に満ちた目。
「闘わないといけないみたいだ」
低く押し殺した声で彼女が言う。思わずため息をついた。争いごとに出会いたい訳じゃないのに、そうは行かないみたいだ。僕達を襲っても大したものは持っていないのに、何故それが分からないんだろう。剣を抜いて構える。闘う事に恐怖を感じる自分と、何故かやる気になっている自分がいる。全身に冷徹な緊張がみなぎり、殺気がぶつかり合う。と、
「!」
ティアが柄を振り抜いた。折れた矢が地面に落ちる。
「馬から降りろ!」
「分かっている」
みすみす標的になったりはしないさ。一瞬軽く頷いて、
「行くよ」
ティアが馬から飛び降りた。乗り手を失ったダンミットが駆けていく。怯えているのだろう。泡を吹いていなないたその姿はみるみる小さくなっていった。ティックも殺気に暴れ始める。僕も馬から飛び降り、
「行け!」
ティックの尻を叩いて声をかけると、ティアの後を追った。姿勢を低くし、足音を消して走る彼女の背中を追いかける。暗殺者の走り方だ。自分の全身を、熱くたぎるものが駆け巡っている。もう怖いとは感じなかった。今度こそ、僕は殺されるかもしれない。今度こそ、僕は、人を殺すかもしれない。そうなったら、僕は一体どうするのだろう。分からない。迷う事など何もない。だって僕は暗殺の徒として育てられたんだから。
頭を振って考えを振り払った僕は闘いの場に身を躍らせた。降ってくる刃を交わし、受ける。力任せに叩きつけられた刃を躱し、背中に蹴りを入れた。横殴りに襲いかかってくる剣を受け、勢いで地面を転がる。転がったまま足を斬りつけた。男が咆哮をあげる。ティアがどうしているかは分からない。気にかける暇もなかった。数と体格で分が悪い。
本能のままに剣を振り回し、細かいことはすぐに分からなくなった。ここにはむき出しの闘志と生への執着、それに獰猛な獣の心しかない。生きるために、生きなければならない。もう、人を殺す事を躊躇ったりはしない。自分を守る時に躊躇っちゃならない。一瞬たりとも。




