自分の意思 〜ティア〜 挿絵有り
前足を上げ、ダンミットがいななく。(危ない危ない)馬の上で体勢を立て直し、手綱を繰って落ち着かせる。
「だいぶ馬の扱いにも慣れたな」
トピが振り返って笑った。今は無意識に手綱を引いてしまっていた様だ。
「そうか?落馬もしたし、色々と大変だったが」
馬ってのはこんな風に動くんだな。
「落馬?ティア、馬が棹立ちになった瞬間に、後方宙返りをして何事もなかったように立っているのは、落馬とは言わないんだよ」
呆れ返った口調で言われると、こっちにだって言い分はある。
「じゃあなんて言うんだ」
「曲芸」
「あれは私の意思じゃない。体が勝手に動いたんだ」
「なおさら始末が悪いわ」
笑みを含んだ毒舌。彼の十八番だ。こっちの方がよほど始末が悪い。
「落馬の仕方なんて誰も決めてない。私が落馬と言えば落馬なんだ」
「無茶苦茶な理屈だな」
いつのまにか大声になっていたようで、ダンミットが再び立ち止まった。
「ごめん、ごめん」
首を掻いてやると、鼻息を吹き出し、再び歩き始める。しょうがないから歩いてやっていると言わんばかりだ。へいへい、お前は最高だよ。トピの顔を見ると、こちらを向いて苦笑していた。彼は笑うと眉が下がる。一緒に暮らし始めて知った事の一つだ。
「やっぱり、馬に慣れているな」
笑い顔のままトピが言った。
「私の人柄がいいからだろう」
冗談で返すと、
「ほざけ」
トピが鼻で笑った。(冗談とはいえほざけ、もないだろう)全く、気の利かないやつだ。まあ、そうじゃなきゃつまらんからな。これでいいのかも知れない。
「ティア、並足」
そらきた。彼はいきなり課題を出すのがお好みらしい。お陰で連日筋肉痛だが、それはトピが知らなくてもいい情報だ。それに自分の馬術が上達している事はたしかだろう。まあ、感謝しておくかな。ダンミットの腹を蹴ると、ティックの脇につける。
「前から疑問に思っていたんだが」
トピの横顔に訊く。
「貸し馬は盗まれたりしないのか?」
「ああ、盗まれる事もある。だから馬借屋もいろいろと手立てはこうじているんだ。例えばたてがみ。ちょっと変なふうになっているだろう?これはあえてそういうふうに刈ってあるんだ。これは馬借屋の馬です、ってな。それから蹄鉄。正規の鍛冶屋は皆、馬借屋と手を組んでいる。馬借屋の馬は専用の蹄鉄をつけているんだ」
「蹄鉄は素人には作ったり付け替えたりできないものなのか?」
「出来るよ。ただ、鍛治はこっそりと対極にある職業だし、組合に入った方が信頼ができる。馬借屋の馬は蹄にもどこの馬借屋の馬か彫ってあるからね」
詳しいな。彼は要点が分かるように話すのが上手い。さすが状況を整理しろと口うるさく言うだけある。それなのに、すらすらと諳んじるように答える彼がなぜか悲しかった。そんなことまで学ばなくてはならなかったのか。私達は、ナダッサは、皇帝の、移住民のために存在しているのか?私達は、普通に生きて行く道を持たないの?そこまで考えて、(私達は、私は、まだナダッサの一員なのだろうか?)ふとそこへ考えが至った。逃げて、もうナダッサには戻れない。それは確信だった。私達は村の外で名を受け取った。私達は自分の意思がある。ナダッサの一族がどんなものか、知ってしまっている。意思を殺し、服従が第一で、彼らは暗殺兵器だった。私も、そうなるところだった。意思を持たなかった頃は自分が誰だか考える必要がなかった。考えようとも思わなかった。だけど今は違う。こんなことを疑う日が来るなんて。(私たちは、『何』なんだろう)
「ティア、駆けろ!」
トピが言うその声で我に返った。その声にすがりついて、私はトピの後を駆けた。考えてはならない事を考えてしまったようで、怖かった。




