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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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意地 〜ティア〜

「今夜は野宿かな」


トピが言う。


「そうだね」


少し行くと森がわずかに開けていた。


「ここにしよう」


馬から飛び降りて木につなぐ。わずかにトピが顔をしかめた様に見えた。手早く火口に火をつけて焚き火を起こす。耳をすませるとかすかに水の流れる音が聞こえた。


「川があるみたいだね」


トピに声をかけると、


「水を汲んでこようか」


トピが立ち上がる。いや、


「私が行くよ」


どのくらいの川なのか見ておきたい。皮で出来た水筒は空になりそうだ。音を頼りに歩いて行くと、程なくして川に出た。思っていたより大きい。一際深くなっている所に目をおとすと、魚影が見えた。思わず微笑む。トピに短剣を借りよう。足取り軽く戻ると、トピが鳴子を張っていた。


「鳴子なんてどこで手に入れたんだ?」

「街で買った」


なかなか手際がいい。トピに短剣を借りて木を削ると、即席の銛ができた。


「すぐ戻る」


そう言うと


「わかった。火を大きくしておく」


トピが答えた。どことなく声がぼんやりしている。



川について服を脱いだ。


(さすがにトピがいたらまずいよな)


身につけているのは肌着のみだ。するりと水の中に入る。初めはその冷たさに身をこわばらせたものの、すぐになれた。一度頭を出し、さっきの淵を確認する。大きく息を吸って再び水に潜ると小魚がちろちろと泳ぐのが見えた。そして…


「はあ!」


息が限界になり、浮かび上がった。唇に会心の笑みが浮かぶ。ほんの一目だったが、確かに岩陰にいたのはマスだった。小柄ではあるが、私達二人には十分過ぎるほどだ。岸に上がると銛を手に取る。


(ああ、しまった!)


トピが買ってきた革紐を、袋に入れたまま置いてきてしまった。あれがあった方が良かったのに。私とした事がなんたる失態!これからは腰紐に通して、身につけておくことにしよう。一つ頷くと今度はマスだけを目当てに淵に沈む。狙いを定めて思いっきり突くと、体をひねる様にしてマスを川底に押し付けた。そのまま銛をたどって両手でマスを掴む。もう限界だ。銛を口にくわえて川底を蹴り、浮き上がる。息が上がっている。体が重い。かろうじて服を着るとトピの元へ戻る。



「お帰り、ティア」


短剣を受け取ると素早く頭を落とす。火は赤々と燃えて、冷え切った体を温めてくれる。


「今夜の飯には十分すぎるね。どうしようか」


黙々とマスを捌きながらトピが言う。その手がかすかに震えていた。


「細切れにして乾燥させればいいんじゃないか?」

「なるほどね」


彼が切ったものを串にさす。火で炙ると、まもなくいい匂いがしてきた。


「トピ。手を見せろ」


魚を取ろうとした手を強引に掴み、甲を返す。そのまま額に手を当てた。


「熱がある。何故先に言わない?傷も化膿しているじゃないか」

「大丈夫だと思ったんだ」

「馬鹿野郎。薬草はちゃんと使わないとだめだ。横になれ、今すぐ」


命令口調になっているのはわかっていたが、そんなことは大した問題じゃない。どうせ具合が悪い事を意地になって隠していたんだろう。私にも覚えがある。水を汲んでサラシを浸し、彼の額に載せる。ソナミネはまだあったから、それも載せた。傷口を洗うとトピがかすかに呻いた。休憩のたびに薬草を集めておいて本当によかった。熱に効く薬を煎じて飲ませる。


「んっ」


むせる。吐き出そうとするのを手で押しとどめた。恨めしそうにトピが私を睨む。


「まずいのはわかっている。わかっているから大人しく飲め」


彼がわずかに微笑む。


「薬で…殺されるかと、思った、よ」

「このくらいじゃ人は死なない。ついでに言っておくと、トピくらいの症状でも人は死なない。少しでも早く治りたかったら下らないこと言ってないで早く寝ろ」


頼むから。


「ティア」

「ん?」

「ありが、と、う」


その目が潤んで見えたのは、きっと熱のせいだろう。私はため息をつくと、額のサラシをそっと取り替えた。

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