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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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意地 〜トピ〜

「記憶はいつからないんだ?」


ティアは一瞬眉根を寄せて考え込んだが、すぐに顔を上げた。


「足の関節を外したところまでだ」


ティアの足はすでにはまっている。つまり僕に抱きついたくだりは覚えていないわけだな。少し寂しい気も…いや、気のせいだ。


「おい、行くぞ」


ティアが足を止めた馬の腹を再び蹴る。不満げにいなないた栗毛の馬、ダンミットは足を進めない。


「名を呼んでやれ」

「名があるのか?」


ああ。それも覚えていないのか。


「ティアの栗毛がダンミット。僕の黒毛がティックだ」

「よろしく、ダンミット」


再び首を掻かれて、ダンミットが満足げな声を上げた。そして足を進める。


「なるほどね。馬はここが気持ちいいんだな」


ん?


「ティア、もしかして馬に乗るのは初めてか?」

「もしかしなくても初めてだよ」


全く意に介さない様子でティアが言う。それに大した問題を感じていないようだ。


「そう言うことは先に言えよ」


呆れた声を隠せない。てっきり乗った経験くらいあると思っていた。


「だけど、どうにかなっているだろ?」


確かに否定できない。適応力があるんだな。


「これからも馬に乗ることはあるだろうからね。トピが馬術を教えてくれるととても助かるのだけれど」


何気なくティアが言った。


「そう言うのは、お願いしますって言うんだよ」


ティアが不意に目を合わせてきた。


「私に、馬術を教えてください。トピ」


怖いほど真剣な目だ。


「…分かった」


そう答えるしかなかった。不意にティアが破顔する。


「なんだか、お前に教えられる事ばかりだな。私はこんなに物を知らなかったのかと驚くよ。知らなくていいからって、知ってはいけない事にはならないと思うんだけどね。その時間すらなかったのかな」


真っ直ぐ前を向いたティアは、その目に何を映しているのだろう。僕も思い出した。隠れていかがわしい界隈にまで足を運び、非合法の店を覗き見する術を学んだ時。


あの時は自分のしている事に疑問を持つことすらなかった。見つからなければ勝ちの、かくれんぼの延長くらいに思っていたのだ。何故、そんな事が出来たのだろう。何故無邪気に信じてしまっていたのだろう。あの頃の自分のことを思うと、嫌悪感すら覚える。ティアが口を開いた。


「トピ、馬でさえ名前があるのに、どうして私達は番号だったんだろうね」


僕は何も答えられない。はっとしたようにティアが振り向いた。


「つまらない話だったね、ごめん」

「だけど、今は僕があげた名があるだろう?僕にも、お前がくれた名がある。ちゃんと馬に追いついたじゃないか」


にやっと笑って茶化すとティアも笑い返してきた。明るく、それでもどこか困ったように。


「ところで、何故『仮面』を使ったんだ?わざわざ僕の妹なんかにならなくても良かっただろう?」


街に行くのは初めてでもないわけだし。


「小僧と小娘が馬なんか借りていたらどう考えても怪しいだろう。足の悪い妹のために兄貴が馬を借りてやるって方がいい。私はどうも演技が苦手でね。それに…」


目が合う。


「慣れておいた方がいいと思うんだ。今後のために。ほら、戻ってきた時の立ち直りが格段に早くなっているだろう?」


覚悟を決めた声だった。沈黙が落ちる。


「よし、走ろう」


気まずい雰囲気を壊したくて、そう持ちかける。


「は?」


ティアが怪訝そうな顔をした。


「はっ!」


掛け声をかけて馬の腹を蹴る。


「おい待てよ!」


ティアが後ろからかけてくる。初めてとは思えないほどの騎乗っぷりだ。さらに加速すると、ティアも遅れずについて来る。振り向くと目に力を込めて、必死に振り落とされまいとしている。前言撤回。適応力が高い訳ではなく、負けず嫌いなんだな。いや、その結果上達が早いのならやっぱり適応力が高いのか…


(どっちでもいいや)


向かい風に負けないように、僕はもう一度掛け声をかけた。


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